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普段は歓談などで和やかなフォスター家のサロンだが、今はピンと張り詰めた空気に覆われている。
家長であるイライザたちの父が一人掛けのソファに座り、その隣のソファには母、父の斜め前の一人掛けソファにはアドルフ、長ソファにはイライザとブリジットが並んで座る。
皆の中央にあるテーブルの、それぞれの前にはティーカップが置かれ、湯気を立てているが、まだそれに口を付ける者はいない。
「アンリはイライザの隣に座ると良い」
父が優しい口調で言うと、イライザの後ろに立っていたアンリがふるふると首を振った。
「私はまだ養子縁組をされている訳ではありませんので…」
アンリがそう言うと、母も微笑んで頭を振る。
「家族会議なのよ、アンリ。正式に手続きするのはまだ先でも家族になるのだから。ね?」
「そうよアンリ」
イライザが振り向いて手を伸ばし、アンリの手を握った。
「…はい」
緊張した面持ちのアンリの手を引き、自分の隣へとイライザは誘導する。所在なげにソファに浅く腰掛けたアンリは膝の上で拳を握りしめた。
イライザがアンリの片方の拳の上に手を置いて、少し撫でると、アンリはイライザの方へ視線を向ける。
「ふふ。何て顔をしてるの」
「…お嬢様ぁ」
眉を下げたアンリを見てイライザは笑う。アンリも笑うイライザを見て少し安心したように息を吐いた。
「アンリ、これから父上も母上もアンリを本当の娘のようにかわいがってくれる。それは私が保証するよ」
アドルフがそう言うと、イライザとブリジットが大きく頷き、その場の空気が緩んだ。
「今日は私が皆に集まってもらったのだが、そもそもこんなに深刻になる話しではないんだ」
アドルフが頭を掻きながら言う。
「決めたのか?」
父が言うと、アドルフは頷いた。
「私はサクソン公爵家に行きます」
決意を感じさせるハッキリとした口調でアドルフが言う。
「そうか」
父と母が頷くと、アドルフはソファから立ち上がった。
「そして、ブリジットを私の妻として娶るお許しをいただけますよう、お願いいたします」
頭を下げるアドルフ。
ブリジットも立ち上がって両親の方へ頭を下げた。
「もちろんそのつもりだ。ただ公爵家の方はどうなんだ?」
アドルフの従兄弟に当たるサクソン公爵家の嫡男はアドルフより二つ歳上の二十二歳だった。
アドルフの両親が死去した時、祖父がアドルフを「何の関係もない」と切り捨てたのは、その時すでに自身の後継の後継が存在していたからなのだ。
「…亡くなった従兄弟は、弟妹もいない独り子だったので、当主である祖父に随分と大切にされていたそうで…つまり少しでも危険な可能性のある行動は全て禁じられて、とても窮屈な思いをしていたそうです。そして幼い内に婚約者を決められ学園を卒業したら直ぐに結婚し後継をもうける事を決められていたそうで…」
「え?でもその従兄弟の方、独身でしたよね?」
イライザが言うと、アドルフは頷く。
「ああ。従兄弟が学園を卒業する前に、祖父が脳溢血で倒れたんだそうだ。それで祖父に後遺症が残り、伯父上が爵位を継いだ。するとそれまで押さえ付けられていた従兄弟は反発し、婚約は解消。自由を満喫したくて『まだ結婚はしない』と言っていたんだそうだ」
「そうなんですか…」
「伯父上は自分が父に逆らえず、息子を伸び伸びと育ててやれなかった事を悔いておられた。だから私にしろ、エドモンド殿下にしろ、公爵家を継いでくれる者が選ぶ伴侶に口出しするつもりはないと仰いました」
アドルフは父の方を見ながら言った。
「そうか。それなら良い」
父が頷くと、母が口元に指を当てて言う。
「あら。現当主の伯父様は良い人のようだけど…ではアドルフに公爵家に戻れと言いに来た、あのいけ好かない使者は?前当主の遣いでしょう?今でも前当主の発言権が強いのなら、アドルフとブリジットをサクソン公爵家へやるのは心配だわ」
確かに。お母様の言う通り、あのお祖父さんにお兄様とブリジットが虐められたりしたら嫌だわ。
母の言葉にイライザもうんうんと頷いた。
「あの使者を差し向けたのは確かに祖父の独断だそうです。伯父上は時期を見てフォスター家の当主である父上へ正式に申し入れようとしていたらしいですが…しかしこの件を受けて、祖父の公爵家での権限を全て剥奪し、近侍の者も全員入れ替えたと」
「では、アドルフやブリジットが前公爵に傷付けられる恐れはないのね?」
「はい」
アドルフが力強く頷く。
イライザが「良かった」とブリジットを見ると、ブリジットは嬉しそうに笑った。
普段は歓談などで和やかなフォスター家のサロンだが、今はピンと張り詰めた空気に覆われている。
家長であるイライザたちの父が一人掛けのソファに座り、その隣のソファには母、父の斜め前の一人掛けソファにはアドルフ、長ソファにはイライザとブリジットが並んで座る。
皆の中央にあるテーブルの、それぞれの前にはティーカップが置かれ、湯気を立てているが、まだそれに口を付ける者はいない。
「アンリはイライザの隣に座ると良い」
父が優しい口調で言うと、イライザの後ろに立っていたアンリがふるふると首を振った。
「私はまだ養子縁組をされている訳ではありませんので…」
アンリがそう言うと、母も微笑んで頭を振る。
「家族会議なのよ、アンリ。正式に手続きするのはまだ先でも家族になるのだから。ね?」
「そうよアンリ」
イライザが振り向いて手を伸ばし、アンリの手を握った。
「…はい」
緊張した面持ちのアンリの手を引き、自分の隣へとイライザは誘導する。所在なげにソファに浅く腰掛けたアンリは膝の上で拳を握りしめた。
イライザがアンリの片方の拳の上に手を置いて、少し撫でると、アンリはイライザの方へ視線を向ける。
「ふふ。何て顔をしてるの」
「…お嬢様ぁ」
眉を下げたアンリを見てイライザは笑う。アンリも笑うイライザを見て少し安心したように息を吐いた。
「アンリ、これから父上も母上もアンリを本当の娘のようにかわいがってくれる。それは私が保証するよ」
アドルフがそう言うと、イライザとブリジットが大きく頷き、その場の空気が緩んだ。
「今日は私が皆に集まってもらったのだが、そもそもこんなに深刻になる話しではないんだ」
アドルフが頭を掻きながら言う。
「決めたのか?」
父が言うと、アドルフは頷いた。
「私はサクソン公爵家に行きます」
決意を感じさせるハッキリとした口調でアドルフが言う。
「そうか」
父と母が頷くと、アドルフはソファから立ち上がった。
「そして、ブリジットを私の妻として娶るお許しをいただけますよう、お願いいたします」
頭を下げるアドルフ。
ブリジットも立ち上がって両親の方へ頭を下げた。
「もちろんそのつもりだ。ただ公爵家の方はどうなんだ?」
アドルフの従兄弟に当たるサクソン公爵家の嫡男はアドルフより二つ歳上の二十二歳だった。
アドルフの両親が死去した時、祖父がアドルフを「何の関係もない」と切り捨てたのは、その時すでに自身の後継の後継が存在していたからなのだ。
「…亡くなった従兄弟は、弟妹もいない独り子だったので、当主である祖父に随分と大切にされていたそうで…つまり少しでも危険な可能性のある行動は全て禁じられて、とても窮屈な思いをしていたそうです。そして幼い内に婚約者を決められ学園を卒業したら直ぐに結婚し後継をもうける事を決められていたそうで…」
「え?でもその従兄弟の方、独身でしたよね?」
イライザが言うと、アドルフは頷く。
「ああ。従兄弟が学園を卒業する前に、祖父が脳溢血で倒れたんだそうだ。それで祖父に後遺症が残り、伯父上が爵位を継いだ。するとそれまで押さえ付けられていた従兄弟は反発し、婚約は解消。自由を満喫したくて『まだ結婚はしない』と言っていたんだそうだ」
「そうなんですか…」
「伯父上は自分が父に逆らえず、息子を伸び伸びと育ててやれなかった事を悔いておられた。だから私にしろ、エドモンド殿下にしろ、公爵家を継いでくれる者が選ぶ伴侶に口出しするつもりはないと仰いました」
アドルフは父の方を見ながら言った。
「そうか。それなら良い」
父が頷くと、母が口元に指を当てて言う。
「あら。現当主の伯父様は良い人のようだけど…ではアドルフに公爵家に戻れと言いに来た、あのいけ好かない使者は?前当主の遣いでしょう?今でも前当主の発言権が強いのなら、アドルフとブリジットをサクソン公爵家へやるのは心配だわ」
確かに。お母様の言う通り、あのお祖父さんにお兄様とブリジットが虐められたりしたら嫌だわ。
母の言葉にイライザもうんうんと頷いた。
「あの使者を差し向けたのは確かに祖父の独断だそうです。伯父上は時期を見てフォスター家の当主である父上へ正式に申し入れようとしていたらしいですが…しかしこの件を受けて、祖父の公爵家での権限を全て剥奪し、近侍の者も全員入れ替えたと」
「では、アドルフやブリジットが前公爵に傷付けられる恐れはないのね?」
「はい」
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