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「頭から落下していたのが、途中の木に衝突したお陰で勢いが弱まり足からの落下になったようです。そのまま頭から地面に衝突していれば恐らく…」
 即死だったろう。医師はそう含んで言葉を濁した。
「左大腿部の解放骨折に、左上腕の骨折、左手首の骨折。大きな内蔵損傷はなさそうですが、小さな物はまだ分かりません。木に当たった事による頭部の裂傷。全身打撲…打撲や擦過傷などは数え切れない程です」
 翌日の昼前、処置を終えて処置室から出て来た医師はライナスにそう説明をする。
「今は状態は落ち着いていますが意識はありません。いつ急変するか、予断は全く許されません」
「はい」
「傷の治療をしながら様子を見る事しか今はできませんので…」
「はい。ありがとうございます。よろしくお願いします」
 近くのベンチに座ったサイラス、遠くのベンチに座ったカイルとライアンは医師とライナスの会話を黙って聞いていた。

「会えますか?」
 ライナスがそう医師に聞くと
「お身内の方なら…」
 と医師は言った。
 ライナスは振り向いて「カイル」と呼んだ。敬称のない、幼なじみの呼び方だ。
「え?」
 俯いていたカイルは顔を上げ、ぼんやりとライナスを見た。
「先生、カイル殿下は妹の婚約者なんです。身内ですよね?」
「そうですね」
「ほら。カイル、来い」
 ライナスが手招きをする。
「は…」
 立ち上がろうとしてカクンと膝から力が抜ける。
「おっと」
 倒れかけたカイルの腕をライアンが掴む。
「しっかり歩け」
 ライアンはカイルの腰の辺りを軽く叩いた。

 カイルとライナスが処置室へ入って行き、扉が閉じられると、サイラスは
「はあ~」
 と長いため息を吐いた。
「サイラス」
 ライアンが立ち上がってサイラスの隣へ座る。
「キャロライン嬢からの手紙とやらを見せろ」
「あ、ああ」
 俯いたままのサイラスに言われ、ライアンはポケットから折り畳まれた紙を取り出す。紙と一緒に指輪が出てきてカチンと音を立てて床に落ちた。
「あ」
「指輪?」
「ああ…洗濯したけど入ったままだったんだな…」
 ライアンは一人暮らしなので、洗濯前にポケットを確認してくれるような使用人などはいないのだ。
 ライアンは紙をサイラスに渡し、指輪を拾うと、少し眺める。
「…それで?キャロライン嬢の話を聞いて、心境の変化はあったのか?」
 指輪をまたポケットに戻す。
「正直に言えば、頭が混乱してて分からん」
「そうか」
 サイラスは受け取った紙を開いた。

【強制力が働かない者が居る。】
【自身の感情を疑え。】

 この二文のみが書かれていた。

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 キャロラインは涙を流すカイルの顔と髪を丁寧に拭くと、ポケットから新しいハンカチを出してカイルに持たせる。
「カイル殿下、私が今から言う事、不敬だと思っても最後まで聞いてくださいますか?」
「…ああ」
「私がライアンに渡した手紙ってお読みになりましたか?」
「いや」
 アリスは覗き込んでいたが、カイルは中は見ていない。
「私はあの手紙に『強制力が働かない者が居る』『自身の感情を疑え』と書きました。そうよね?ライアン」
 キャロラインはちらっとライアンを見る。
「あ、ああ」
 廊下に立ったままのライアンは頷いた。
「強制力…?」
「そうです」
 キャロラインは深く頷くと、言った。
「私は、カイル殿下やアンソニー・フォスター、フレディ・ダスティン、サミュエル・セイモアがアリス・ヴィーナスに恋愛的に惹かれたのは、強制力が働いたせいだと考えています」
「……」
 キャロラインの言葉にカイルは目を見開く。
「キャロライン?何言ってるんだ?」
 ライアンが一歩キャロラインに近付くと、キャロラインはジロリとライアンを見た。
「ああ、ついでにライアン・ハミルトンも」
「なっ…」
 キャロラインはふいっとライアンから視線を外すと、またカイルを見る。
「強制力で、アリスに惹かれた、とは?」
「はい。随分前の話ですが、学園の生徒会役員が侯爵令嬢殺害未遂事件を起こした事があります」
「…殺害未遂?」
 カイルが呟く。
「それは、五代前の王の時代だな?」
 サイラスが言うと、キャロラインはサイラスの方を向いて頷いた。
「サイラス殿下よくご存知ですね」
「その侯爵令嬢は当時の第二王子の婚約者で、後に王弟妃となった令嬢だからな。俺もそういう事件があったと言う事だけは知っている」
 第二王子の婚約者?…レイラと同じ?

「私はその当時の生徒会役員の家を訪ね、当時の日記や家の記録などが残っていれば見せて頂きました」
「キャロライン…その無駄な行動力はどこから出て来るんだ?」
 ライアンが呆れたように言う。
 キャロラインはライアンを睨み付け、ふいと視線を逸らした。
「そしてそれらを総合的に考察した結果、生徒会役員五名中四名が、一人の男爵令嬢に好意を抱いていたと。当時の第二王子は生徒会役員の中でただ一人、その男爵令嬢に好意を抱いていなかったと言う結論に達しました」
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