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「伯父上、伯母上、俺を殴ってください」
「カ、カイル?」
 レイラに伴ってハミルトン伯爵家を訪れたカイルは、父ブライアンと母スーザンの前に出るなり、跪いて拳を床につけた。
「いい覚悟だな。カイル」
「お父様!?」
「親指は中に折り込むと威力が増すんだったかしら?」
「お母様!?」
「いやスーザン、親指を握り込んで殴ると折れるぞ?親指は外だ」
「そうなのね」
「お父様!お母様!やめてください!」
 慌てて言うレイラに、ブライアンとスーザンは顔を見合わせて笑い出した。
「今更殴らないさ」
「レイラったら慌てちゃってかわいいわねぇ」
「え?」
「さあ、カイル。顔を上げなさい。カイルはいずれ私の息子になるんだ。敬語は使わないぞ」
 ブライアンはカイルに手を差し出す。
「そうね。カイル。フィッシュケーキ好きだったでしょ?沢山作ったのよ。楽しみにしてて」
 カイルは顔を上げると
「しかし…俺はレイラを傷付けました」
 と言う。
「反省して、これから大切にしてくれれば良いさ。…大切にしてくれるんだろう?」
 ブライアンがカイルの手を取って、立つように促す。
「はい!ものすごく大切にします!」
 カイルは力を込めて言った。

「レイラ、久しぶり。随分元気になったな。あと左足だけか?」
「ライナス兄様!」
「レイラちゃん」
 ライナスの後ろからライナスの妻マリエルが大きなお腹を抱えながら部屋に入って来る。
「お義姉様!私が怪我をした時ライナス兄様が王都にいたのは赤ちゃんが出来たのをお義姉様の実家に報告に行っていたからって後から聞いたんですけど、もうそんなに大きくなったんですね!」
「ふふ。安定期に入ってから実家へ行ったから。来月には生まれるわよ」
「うわあ~楽しみ!でも夏期休暇まで会えないわね。元気で生まれて来てね」
 レイラはマリエルのお腹に話し掛ける。
 その様子を家族の皆が微笑ましく見ていた。

「ライアンは?帰って来てないのか?」
 ライナスが言うと、レイラは頷いた。
「今、ライアン兄様は毎日キャロライン様の所に通ってるの」
「仲直りしたのか?」
「まだよ。ライアン兄様は『毎日通ってたら、本を読む邪魔になるからいつか折れてよりを戻してくれるんじゃないか』って言うんだけど…」
「それは…逆効果じゃないのか?」
「私もそう思う」
 うんうん。と家族の皆が頷いた。

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 夜、自分の部屋から外を見たレイラは庭にカイルが立っているのに気付く。
「カイル?」
 そっと庭に出たレイラは空を見上げているカイルに声を掛けた。
「レイラ。そんな薄着で…」
 カイルはレイラを引き寄せると、緩く抱き込む。
「レイラ、暖かいな」
「もう夜中よ?何してたの?」
「兄上から聞いた星座が見えるかと。でもオリオン座しか分からないな」
「星?」
「…最近ずっとレイラと一緒だったから、明日俺だけ王都に帰るんだと思うと淋しくて」
 カイルはレイラの髪に軽く頬擦りする。
「俺は学園を卒業したから、寮生活のレイラと会う機会も減るしな」
「そうね…」
 レイラもカイルの背中に手を回し、カイルの胸元に頬を擦り寄せた。
「レイラ…」
 カイルが顔を近付けて、軽く唇同士が触れ合った。
 ぱちぱちと瞬きをするレイラの唇をカイルは親指で撫でる。
「卒業パーティーが終わって、強制力が完全に失くなったと確信できるまではしないと決めていたんだ」
「…アリスとは、したのよね?」
「知ってたのか」
 カイルはレイラの肩に額を着ける。
「ゲームの、イベントだから…」
 画面では、その場面も見た。自分がヒロインとしてゲームをしている時には嬉しかったイベントも、綺麗なスチルも、今思い出せば胸が痛い。
「そうか…ごめんな」
「謝る事じゃないわ」
「嫌な思いばかりさせた」
「カイルのせいじゃないもの」
「…レイラ」
「ん?」
 カイルが顔を上げてレイラをじっと見る。
「レイラ」
 カイルの顔が近付いて、さっきよりしっかりと唇が重なった。

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