転生令嬢と王子の恋人

ねーさん

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「やめろ!ローズ!」
 舞台に飛び乗ったローズは制止しようとしたクリストファーの手をドレスの隠しから取り出した小さなナイフで斬りつけた。
「…お前さえいなければ!」
 ローズはナイフを振りかざし、黒いドレスに駆け寄る。
「リザ!」
 ローズを追って走るロイドが叫ぶ。
 リザは黒いドレスを纏い壇上にいた。
 ローズがナイフを振り下ろすと、金属音が響いて、リザはそれを短剣で受け止めた。
「なっ」
「…こんにちは。ヒロインさん」
 リザは顔の前にかざした短剣でローズのナイフを防ぎながらニッコリと笑った。
 ローズはまたナイフを振り下ろす。何度も。カンカンと短剣が音を立てた。
「お前…」
「悪役令嬢だからって易々と殺されるなんて御免だもの。だから短剣を扱う練習を始めたの。毒物の勉強もしてるわ」
 貴族令嬢が持つ短剣の使い道は主に護身だ。自らの身に危機が迫った時、相手を威嚇する、逃げる、または自らの命を断つために忍び持っている物だ。
 リザは薬を盛られてから、咄嗟の時に行動できるよう、短剣の扱いを修練していたのだ。
「……お前はだ」
 ローズはナイフを握りしめてる手に力を込めて言う。
「バグをなくせば!シナリオ通り、殿下に愛される!」
「バグじゃないわよ。失礼ね。それに、私がいなくなっても、貴女は殿下には愛されないわ」
「何を!?」
「確かに、この世界は貴女の大好きだったゲームの世界なんだと思うわ。でもここにいる人は攻略対象者でも悪役令嬢でもない。モブなんていない。皆んな痛かったり悲しかったり苦しかったりする生身の人間なのよ」
「何…を…」
 視線を彷徨わせるローズ。
「生身の人間だからこそ、貴女の思い通りになんて絶対ならないわ。悪役令嬢が断罪されてヒロインだけハッピーエンドなんて、そんなエンディング、迎えさせない!私は認めない!」
「私が!ヒロインなのに!」
 ローズが噛み付くように言うと、リザは落ち着いた口調でで言った。
「ロイド殿下も転生者よ」
 リザの言葉にローズの動きが止まる。
「…え?」
 ローズの手から力が抜けた。リザはローズの手からナイフを取ると、手の届かない位置まで床を滑らせて遠ざけた。
「転生者にはゲームの強制力が働かないの。だから殿下は貴女を好きにならないし、私も悪役令嬢にはならないわ」
「強制力が、働かない?」
「そうよ」
「そんな…」
 ローズは崩れるように床にうずくまる。
「せっかくヒロインなのに…」
 うずくまったままぶつぶつと呟く。
 …笑顔……見れない?……だったら…
 そして、床をドンッと叩いて、顔を上げると叫んだ。

「こんな世界、いらない!!」

 瞬間。
 世界が白一色に染まった。

-----

 ここはどこ…?

 リザの意識は白い世界の中で彷徨っていた。
「ローズ…」
 ロイドの声が聞こえた。
 甘い声。
 ぼんやりとロイドの姿が見える。
 黒の夜会服。熱い瞳が自分を見ていた。
 ロイド殿下、と呼び掛けようとして、声が出せない事に気付く。
「アレクサンドラ、お前との婚約を破棄する」
 ロイドは前を向くと、そう言った。

 ここはゲームの世界?
 
 リザがそう思った途端、ロイド以外の周りの景色がハッキリと見えた。
 卒業パーティーの会場だ。
 遠巻きにこちらを見ている着飾った生徒たち。ロイドの後ろに生徒会の面々が揃って並ぶ。ゴヴァンもいた。
 赤い髪の女性が怒りの表情でわなわなと震えているのが見える。
 リザはロイドに肩を抱かれ、ロイドの真剣な表情を見つめる。
 ロイドとふと目が合って「大丈夫だ」と言われた。
 
 違うわ。ロイド殿下が見ているのは、私じゃない。

 …ここはローズの心の中なの?

 リザはローズの心の中にいて、ゲームのエンディングを追体験しているのかと思った。
 いや、ローズの迎えるエンディングはではない。ここでは悪役令嬢はリザではなく、ロイドはアレクサンドラとの婚約を破棄をするのだ。

 これは、ローズがエンディングだ。

 場面が変わり、リザは王宮のロイドの私室にいた。
 ソファで、隣にロイドが座り、リザの、いやローズの手を取った。
 指先に口付けると、ロイドは笑った。

 この、笑顔が見たくて私はヒロインに転生したのよ。
 
 リザの胸にローズの思考が流れて来る。
 ロイドはローズの頬に手を当てた。 
「ローズ…愛してる…」
 囁くような甘い声。蕩ける瞳。
 
 ゆっくりと、顔が近付いて…

 い や だ !

 リザが強く思うと、世界が弾けた。
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