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「パティこのドレスにロータスの刺繍を入れてくれる?」
「アレン…これ…」
 王宮のアレンの私室に置かれたトルソーに着せられたドレスは、艶々したベルベットのような生地に繊細なレースとリボンを飾られた紫色のAラインのシンプルなデザインの物だった。
「パティに贈る卒業パーティーのドレスだ」
「綺麗…」
 トルソーの前に立つパトリシアの後ろに立ったアレンは、肩に手を乗せてパトリシアの髪にキスを落とした。
「でもロータスの刺繍は…まだ私はアレンの婚約者ではないのに…」
「ロータスが俺を表してる事はパティと俺とアランとエリザベスしか知らないだろ?」
 私のドレスにロータスアレンの刺繍…要するに「私はアレンの恋人です」って表明よね?
 いくら私たちしか知らないとは言え恥ずかしいわ。
 それに今度の卒業パーティーは…
「全面的にじゃなくても、端にでも良いから俺のしるしをパティの手で入れて欲しいんだ」
「…端に、なら」
 このドレスはもちろんアレンがデザインした物。それをわかっていて身に纏うだけでパトリシア的には充分自分はアレンの物だとアピールしている気分なのだが。
「ああ。それで良い」
 蕩ける様なアレンの笑顔にパトリシアも微笑む。

「そういえば、どうしてアレンはロータスで、アランはオーキッドなの?」
 ソファに移動してお茶を飲みながらパトリシアはアレンに聞く。
「ああ…ちょっと待って」
 アレンは部屋の隅にあるライティングビューローから紙とペンを持って来ると、パトリシアの前に置く。
「俺の前世の名前、書いて?」
 にっこり笑うアレン。
 パトリシアは頬を赤くしてアレンを軽く睨んだ。 
「また書かせようとする…」
「パティが俺の名前を書いてくれるのが嬉しいんだ」
「もう。下手なのに~」
 ニコニコと嬉しそうに笑うアレンに、パトリシアも少し頬を染めてペンを手に取った。

 ぎこちなく、書き順もめちゃくちゃだけど、パティが俺の名前を覚えて、空で書ける様になるまで練習したのを想像すると、とてつもなく嬉しい。
「亜蓮」
 と書かれた紙をアレンは満足気に眺めた。
「この『蓮』と言う字がロータスの花という意味なんだ。前世の言葉でははす
「はす」
 パトリシアがアレンの発音を真似る。
「そう。そして、アランの名前を前世の漢字に当てはめるとこうかな、と」
 アレンはパトリシアが「亜蓮」と書いた紙の下の部分に「亜蘭」と書き込んだ。
「これも複雑ね」
「アランの名前は覚えなくて良いからな?」
「ふふ。わかったわ。じゃあこの字がオーキッドって意味なのね?」
 パトリシアは「蘭」という字を指差した。

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「エリザベス様のドレスはどうされたんですか?今まではアレン殿下が贈られていたんですよね?」
 パトリシアの侍女マールがドレスに刺繍を施すパトリシアの前に紅茶のカップを置きながら言う。
「アランとフェアリ様が共同でイメージを伝えてアレンにデザインを頼んだんですって」
「アラン殿下とフェアリ様のエリザベス様のイメージ…何だか擦り合わせるのが大変そうですけど」
「それが意外と一致してるらしいわ。華やかさの中のかわいさ、みたいな感じで」
「意外ですね。でもフェアリ様は卒業パーティーには出席されないんですよね?」
「そうね。あれから学園へも来られてないし」

「…パトリシア様」
「なあに?マール」
 話しながらも針を動かし続けているパトリシア。卒業パーティーまであと二か月、当日までドレスは寮に持って行けないので、最近の週末休みはずっとこうしてデンゼル侯爵家に戻って刺繍に充てているのだ。
「フェアリ様は私を好きだったのに!私を攫う様な真似をしておいて、こんなにすぐにエリザベス様に心変わりするなんてどういう事!?」
「え?」
 パトリシアは思わず顔を上げる。
「とは、お思いにならないんですか?」
 マールは無表情で言う。
「…思わないわよ?」
 そもそもフェアリ様は前前世の記憶で私に執着していたそうだし、それも「俺がパティを幸せにするのが一番手っ取り早くて確実だと思ってた」ってこの間お会いした時仰ってて…つまり少し歪んでいるけど、私が幸せになれば満足みたいだし、私はアレンと想いが通じるきっかけをくれたからある意味フェアリ様に感謝する気持ちも無きにしも非ずだし…
 要するに、フェアリ様に本当に好きな方ができたなら、それは「良かった」としか思わないわ。

「私はパトリシア様が怖い目に遭わされた上にフェアリ様に振られたみたいで少し悔しいです」
 マールは無表情ながら眉を少し顰めている。
「マール、私…アレンと両想いになれて、ある意味フェアリ様に感謝している部分もあるの」
 パトリシアの言葉にマールは少し笑う。
「それは、パトリシア様がフェアリ様を利用した様に聞こえなくもないので他所では口にされない方がよろしいかと」
「そうね。だからマールにしか言わないわ」
 パトリシアとマールは目を合わせて微笑んだ。




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