悪役令嬢に転生したと気付いたら、咄嗟に婚約者の記憶を失くしたフリをしてしまった。

ねーさん

文字の大きさ
12 / 52

11

しおりを挟む
11

 俺が部室の奥にある椅子から立ち上がると、フローラが不思議そうに俺を見上げて来た。
「アレク様?」
「図書館へ…そうだ、調べる事があって植物遺伝学の本を探しに行こうと思っていたんだ」
 これは本当だ。
 別にクリスティナとユージーンが二人で図書館へ入って行ったのが気になる訳じゃない。
「…あの、私も一緒に行ってもいいですか?」
 フローラも立ち上がる。
「ああ」
 フローラと二人、並んで廊下を歩いていると、クリスティナの友人キャロル・バルツァー子爵令嬢が教室から出て来た。
 こちらに気付いたバルツァー子爵令嬢が小さく礼をする。この令嬢はクリスティナの友人だがフローラを虐める輪に入った事はない。それでもフローラは少し怯えたように俺の服の裾を握った。
「大丈夫だフローラ」
 庇護欲を唆る仕草に、思わずフローラの肩を抱く。
 するとバルツァー子爵令嬢が俺の手が置かれたフローラの肩辺りを一瞥し、それから視線を逸らした。
 バルツァー子爵令嬢はそれから何も言うでもなく、俺たちが来た方向へと歩いて行く。

「私…あの方苦手です」
 バルツァー子爵令嬢が角を曲がり、完全に見えなくなってからフローラが小声で言った。
「苦手?」
 何故だ?
 クリスティナやクリスティナの取り巻きの令嬢たちはフローラに嫌がらせをしていたし、苦手で当然だけど、バルツァー子爵令嬢は何もしていないだろうに。
 俺がそう言うと、フローラはふるふると首を横に振る。
「だからです。クリスティナ様やその他の方は私を『敵』だと認識してくれた」
「敵?」
 認識して?とは?
 首を傾げる俺を見て、フローラはふふっと笑った。
「おかしな言い方ですよね?…私、男爵家でも学園でも『半平民半貴族』って、平民の方からも貴族の方からもに自分たちとは違う種類みたいに見られてて。でもクリスティナ様は私を『敵』だって。それってアレク様を巡るライバルだって認めてくれたようなものなんです」
「ライバル…そういうものかな?」
「そういうものです。でもあの方…キャロル・バルツァー様は、何も言わないし、何もしないし……そうしたら、まるで私がどこにも存在していないみたいに思えるんです」
「フローラ…」

 話している内に図書館へ着いた。
 中へ入ると、真っ直ぐに植物学関連の書籍が置かれた棚の方へと行く。
 と、机についたクリスティナの姿と、その斜め前に座るユージーンの背中が見えた。
「クリスティナ嬢は…アレクシス殿下を忘れてしまいたいと思う程、そして実際に忘れてしまう程、アレクシス殿下の不貞に傷付いていたんですね」
 ユージーンの声が聞こえて、足が止まる。
 不貞。
 浮気などより重いその言葉がズシンと胸に響いた。
「……」
 クリスティナはほんの僅かに唇を震わせると、ポロリと涙を溢す。
 クリスティナが……泣いた?
 クリスティナの見開いたからポロポロと涙が溢れて頬を流れた。
「クリスティナ嬢」
 ユージーンがクリスティナの方へ手を伸ばす。
 ───触るな!
「…っ」
 叫びそうになるが、グッと堪えた。
「……ありがとうございます。すみません、何だかわからないんですけど、こう…刺さったみたいで」
 クリスティナが自分の胸元に人差し指を当てて苦笑いを浮かべる。
 ユージーンはハンカチを差し出していた。
 クリスティナはそのハンカチを断ると、自分の制服のポケットからハンカチを取り出して、目元にそっと当てる。
「こちらこそ。覚えていないからと無神経な事を申し上げました」
 断られたハンカチをまたポケットへしまってユージーンは頭を下げた。

「アレク様?」
 フローラが俺にしか聞こえない声で呼ぶと、そっと俺の手に触れる。
 それで俺は両手を強く握り込んでいた事に気付いた。
「…行こうか」
 手を開くと、爪の痕がついた手の平でフローラの背中を今来た方向へと押す。
「調べ物はいいんですか?」
「ああ。また今度にするよ」

 クリスティナが泣くなんて。
 泣き顔なんか初めて見た。
 泣きながら苦笑いする顔も。
 俺には見せた事のない顔を、他の者の前でする。
 何故?
 クリスティナの婚約者は俺だろう?
 いや、クリスティナは傷付いていた。
 俺の「不貞」で。
 俺の事を、忘れてしまう程に。
 傷付けたのは、俺だ。

 混乱する頭を必死で整理しようとしながら図書館を出た。
「今日は寮に戻るよ」
 立ち止まって額に手を当てながら言うと、フローラが心配そうな表情で俺を見上げる。
「顔色が良くないです」
「ああ…ごめんね。フローラ」
 口角を上げると、フローラもニコリと笑った。
「いいんです。ゆっくり休んでくださいね」
「ありがとう」
 そのままフローラと別れて寮へ戻るべく歩き出す。

「……何で…」
 フローラの声が聞こえた気がして振り向くが、もうフローラはその場から立ち去っていた。



しおりを挟む
感想 41

あなたにおすすめの小説

白い結婚の末、離婚を選んだ公爵夫人は二度と戻らない』

鍛高譚
恋愛
白い結婚の末、「白い結婚」の末、私は冷遇され、夫は愛人を溺愛していた――ならば、もう要らないわ」 公爵令嬢 ジェニファー・ランカスター は、王弟 エドワード・クラレンス公爵 のもとへ政略結婚として嫁ぐ。 だが、その結婚生活は冷たく空虚なものだった。夫は愛人 ローザ・フィッツジェラルド に夢中になり、公爵夫人であるジェニファーは侮辱され、無視され続ける日々。 ――それでも、貴族の娘は耐えなければならないの? 何の愛もなく、ただ飾り物として扱われる結婚に見切りをつけたジェニファーは 「離婚」 を決意する。 しかし、王弟であるエドワードとの離婚は容易ではない。実家のランカスター家は猛反対し、王宮の重臣たちも彼女の決断を 「公爵家の恥」 と揶揄する。 それでも、ジェニファーは負けない。弁護士と協力し、着々と準備を進めていく。 そんな折、彼女は北方の大国 ヴォルフ公国の大公、アレクサンダー・ヴォルフ と出会う。 温かく誠実な彼との交流を通じて、ジェニファーは 「本当に大切にされること」 を知る。 そして、彼女の決断は、王都の社交界に大きな波紋を呼ぶこととなる――。 「公爵夫人を手放したことを、いつか後悔しても遅いわ」 「私はもう、あなたたちの飾り人形じゃない」 離婚を巡る策略、愛人の凋落、元夫の後悔――。 そして、新たな地で手にした 「愛される結婚」。

記憶を失くした悪役令嬢~私に婚約者なんておりましたでしょうか~

Blue
恋愛
マッツォレーラ侯爵の娘、エレオノーラ・マッツォレーラは、第一王子の婚約者。しかし、その婚約者を奪った男爵令嬢を助けようとして今正に、階段から二人まとめて落ちようとしていた。 走馬灯のように、第一王子との思い出を思い出す彼女は、強い衝撃と共に意識を失ったのだった。

白い結婚を捨てた王妃は、もう二度と振り向かない ――愛さぬと言った王子が全てを失うまで』

鍛高譚
恋愛
「私は王妃を愛さない。彼女とは白い結婚を誓う」 華やかな王宮の大聖堂で交わされたのは、愛の誓いではなく、冷たい拒絶の言葉だった。 王子アルフォンスの婚姻相手として選ばれたレイチェル・ウィンザー。しかし彼女は、王妃としての立場を与えられながらも、夫からも宮廷からも冷遇され、孤独な日々を強いられる。王の寵愛はすべて聖女ミレイユに注がれ、王宮の権力は彼女の手に落ちていった。侮蔑と屈辱に耐える中、レイチェルは誇りを失わず、密かに反撃の機会をうかがう。 そんな折、隣国の公爵アレクサンダーが彼女の前に現れる。「君の目はまだ死んでいないな」――その言葉に、彼女の中で何かが目覚める。彼はレイチェルに自由と新たな未来を提示し、密かに王宮からの脱出を計画する。 レイチェルが去ったことで、王宮は急速に崩壊していく。聖女ミレイユの策略が暴かれ、アルフォンスは自らの過ちに気づくも、時すでに遅し。彼が頼るべき王妃は、もはや遠く、隣国で新たな人生を歩んでいた。 「お願いだ……戻ってきてくれ……」 王国を失い、誇りを失い、全てを失った王子の懇願に、レイチェルはただ冷たく微笑む。 「もう遅いわ」 愛のない結婚を捨て、誇り高き未来へと進む王妃のざまぁ劇。 裏切りと策略が渦巻く宮廷で、彼女は己の運命を切り開く。 これは、偽りの婚姻から真の誓いへと至る、誇り高き王妃の物語。

『悪役令嬢は、二度目の人生で無言を貫く。~処刑回避のために黙っていただけなのに、なぜか冷徹宰相様から「君こそ運命の人だ」と溺愛さています~』

放浪人
恋愛
「もう、余計なことは喋りません(処刑されたくないので!)」 王太子の婚約者エリスは、無実の罪を着せられた際、必死に弁解しようと叫び散らした結果「見苦しい」と断罪され、処刑されてしまった。 死に戻った彼女は悟る。「口は災いの元。二度目の人生は、何があっても口を閉ざして生き延びよう」と。 しかし、断罪の場で恐怖のあまり沈黙を貫いた結果、その姿は「弁解せず耐え忍ぶ高潔な令嬢」として称賛されてしまう。 さらに、人間嫌いの冷徹宰相クラウスに「私の静寂を理解する唯一の女性」と盛大な勘違いをされ、求婚されてしまい……!? 「君の沈黙は、愛の肯定だね?」(違います、怖くて固まっているだけです!) 「この国の危機を、一目で見抜くとは」(ただ臭かったから鼻を押さえただけです!) 怯えて黙っているだけの元悪役令嬢と、彼女の沈黙を「深遠な知性」と解釈して溺愛する最強宰相。 転生ヒロインの妨害も、隣国の陰謀も、全て「無言」で解決(?)していく、すれ違いロマンティック・コメディ! 最後はちゃんと言葉で愛を伝えて、最高のハッピーエンドを迎えます。

王子様への置き手紙

あおた卵
恋愛
フィオナは王太子ジェラルドの婚約者。王宮で暮らしながら王太子妃教育を受けていた。そんなある日、ジェラルドと侯爵家令嬢のマデリーンがキスをする所を目撃してしまう。ショックを受けたフィオナは自ら修道院に行くことを決意し、護衛騎士のエルマーとともに王宮を逃げ出した。置き手紙を読んだ皇太子が追いかけてくるとは思いもせずに⋯⋯

婚約者に愛する人が出来たので、身を引く事にしました

Blue
恋愛
 幼い頃から家族ぐるみで仲が良かったサーラとトンマーゾ。彼が学園に通うようになってしばらくして、彼から告白されて婚約者になった。サーラも彼を好きだと自覚してからは、穏やかに付き合いを続けていたのだが、そんな幸せは壊れてしまう事になる。

断罪される令嬢は、悪魔の顔を持った天使だった

Blue
恋愛
 王立学園で行われる学園舞踏会。そこで意気揚々と舞台に上がり、この国の王子が声を張り上げた。 「私はここで宣言する!アリアンナ・ヴォルテーラ公爵令嬢との婚約を、この場を持って破棄する!!」 シンと静まる会場。しかし次の瞬間、予期せぬ反応が返ってきた。 アリアンナの周辺の目線で話しは進みます。

婚約破棄されたので、自由に生きたら王太子が失脚しましたあ

鍛高譚
恋愛
名門アーデン公爵家の令嬢 ロザリー・フォン・アーデン は、王太子 エドワード・カミル・レグノード の婚約者として誰もが認める完璧な貴族令嬢だった。 しかしある日、王太子は突如 “聖女” を名乗る平民の少女 セシリア・ブランシュ に夢中になり、ロザリーに無情な婚約破棄を言い渡す。 「これは神の導きだ! 私の本当の運命の相手はセシリアなんだ!」 「ロザリー様、あなたは王太子妃にふさわしくありませんわ」 ──ふたりの言葉を前に、ロザリーは静かに微笑んだ。 「……そうですか。では、私も自由に生きさせていただきますわね?」 だが、これがロザリーの “ざまぁ” 逆転劇の幕開けだった! 神託と称して王太子を操る “聖女” の正体は、なんと偽者!? さらに王室財政を私物化する 汚職貴族との黒い繋がり も発覚!? 次々と暴かれる陰謀の数々に、王宮は大混乱。 そして、すべての証拠が王の手に渡ったとき──王太子 エドワードは王太子の地位を剥奪され、偽の聖女と共に国外追放 となる! 「ロザリー様を捨てた王太子は大馬鹿者だ!」 「やっぱり王妃にふさわしかったのはロザリー様だったのよ!」 社交界ではロザリーへの称賛が止まらない。 そしてそんな彼女のもとに、なんと隣国の 若き王クラウス・アレクサンドル から正式な求婚が──!? 「私はあなたの聡明さと誇り高き心に惹かれました。私の王妃になっていただけませんか?」 かつての婚約破棄が嘘のように、今度は 本物の愛と自由を手にするチャンス が巡ってくる。 しかし、ロザリーはすぐに頷かない。 「私はもう、誰かに振り回されるだけの人生は選びません」 王妃となる道を選ぶのか、それとも公爵家の令嬢として新たな未来を切り開くのか──?

処理中です...