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運命
貴方が居なくなったあと、私は母の遠い親戚の家に引き取られました。
田舎の小さな村でしたが、しっかり噂は伝わっているらしく、家でも村内でも視線は冷たいままでした。
どうして私を引き取ったのか、親戚の夫婦が言い争っていたのを聞いたこともありました。
…その時は辛かったです。
一日のうち話しかけられることはほとんど無かったので、ずっと本を読んでいました。
村の子供たちも親から言い聞かせられているのか、私が近付いただけで逃げていきました。
…孤独でした。
ある夜、妙に胸が騒いでベッドから起き上がりました。
居間へと降りていくと、夫婦が四、五人の兵士と何やら話していました。
その兵士は、私を見るやいなや、担ぎ上げて表の荷馬車に載せられました。
続いて、夫婦も表に連れ出されました。
兵士の一人が荷馬車に乗ってきて、夫婦の背後に立つ兵士に合図しました。
夫は何かしら早口でまくし立てました。
話が違う。誰にも言わないと。
二人は殺されました。
まず夫が、次に妻が。
兵士が二人の首を撥ねたのです。
馬車に乗った兵士が、私の顔を掴み、無理やりそちらに顔を向けさせました。
『見ろ。これがお前の母親が犯した罪だ。』
その兵士は言いました。
『そして、今から向かうのが、お前の母親がもたらした幸福だ。』と。
初めはどういう意味か分かりませんでしたが、城に着くと分かりました。
そこには豪華絢爛な空間が広がっていました。
夢にも出てこなかったような美しい絵画や調度品。
天まで届くような天井。
途方もない数の使用人。
全ては体験したことなどない世界でした。
そこで始めて豪華なドレスを着せられ、ぽんと王の部屋…父の部屋に置いていかれました。
父は思ったよりも歳をとっていて、私を見るなり抱き締めてきました。
私の中に、憎しみの感情がなかった訳ではありません。
実際、その瞬間にも首元へ噛みつきたい衝動に駆られました。
しかし、王の、父が初めに吐いたのは、謝罪の言葉と愛に溢れた言葉でした。
私がどうかしていた。
本当の子供を、どうして辺境の地で過ごさせようか、と。
…不幸自慢ではありませんが、誰にも愛された記憶が無い私にとって、初めての言葉ばかりでした。
そして、心の中の憎しみが、呆気なく消えていったのです。
…馬鹿馬鹿しいと思いますか?
その後は、辛い日々が続きましたが、私にとってはしあわせでした。
父は私を神の翼の器として育てようとしていました。
近々の戦に備えてのことでしょう。
あるいは、自身の王家の保身の為か。
それでも、自分が努力した分だけ、父は私を愛してくれたことは、嬉しかった。
だから、私は努力した。
父の望む私になるために。
でも、神の翼が選んだのは、私じゃなかった。
貴方だった。
戴冠式の日、男が衛兵に扮して北の塔に入り込んで、翼を背中に生やして飛び去ったと聞いた時、頭が真っ白になりました。
今までの努力を、恩を、愛情を、全て否定された気持ちになったのです。
勿論父は泥棒に神の翼を奪われたことは公表せず、戴冠式も中止になりました。
民衆には、金に目が眩んだ泥棒が神の翼を盗んだと伝えました。
神の翼を信仰する人々は驚き、嘆きました。
しかし何より苦しんだのは父でした。
卑しい泥棒に神の翼の器を奪われたと思ったのでしょう。
実際、私もそう思いました。
何より、父の嘆き悲しむ姿はとても見てはいられませんでした。
戴冠式が中止になった翌日、私はこっそり城を出ました。
神の翼を取り返すと書き置きをして。
いえ、表面ではそう言い聞かせてきましたが、本当は、逃げたかったのかも知れません。
父から、城から。
そして、私の運命から。
森に入って、道に迷っていたらあの化け…野人に出会い、逃げているうちにどんどん奥へ入っていきました。
そして、記憶を消され…貴方に会った。
少女は一呼吸置いて、バルドゥル、いや、ディークを見た。
ディークもまた、少女ーフレッタを見つめた。
「俺は…お前を守れなかった。親からも、その運命からも。それが俺の呪いだ。今でさえ、こんななりの盗っ人さ。国なんて救えるわけがねえ。…それでも俺を、勇者と呼ぶのか?」
「…私が子供の頃読んだ物語の勇者の話を聞いてください。」
フレッタは静かに言った。
「その勇者は、恵まれない家庭に育ちながらも、愛溢れる人間で、人々を厄災から守り抜きました。その勇者が最後に言った言葉です。『千里を駆ける脚も、大きな山を持ち上げられる腕も、鉄の槍でも死なない心臓も、勇者には要らない。ただ、守りたい人があるだけだ。』その勇者は、力こそ弱いが、懸命に戦い続けた。そして、勝利したのです。その勇者の名前は…バルドゥル・トスカヴェーナ。」
フレッタは、ディークの手を握りしめた。
「バルドゥル…一緒に戦ってください。民のために、国のために…私のために。」
「愛する我が兄。どうか、妹達を、守ってください…。」
漸く木々の上から差し込んできた燃えるような朝日に、静かに泉が照らされた。
雲一つない空だった。
田舎の小さな村でしたが、しっかり噂は伝わっているらしく、家でも村内でも視線は冷たいままでした。
どうして私を引き取ったのか、親戚の夫婦が言い争っていたのを聞いたこともありました。
…その時は辛かったです。
一日のうち話しかけられることはほとんど無かったので、ずっと本を読んでいました。
村の子供たちも親から言い聞かせられているのか、私が近付いただけで逃げていきました。
…孤独でした。
ある夜、妙に胸が騒いでベッドから起き上がりました。
居間へと降りていくと、夫婦が四、五人の兵士と何やら話していました。
その兵士は、私を見るやいなや、担ぎ上げて表の荷馬車に載せられました。
続いて、夫婦も表に連れ出されました。
兵士の一人が荷馬車に乗ってきて、夫婦の背後に立つ兵士に合図しました。
夫は何かしら早口でまくし立てました。
話が違う。誰にも言わないと。
二人は殺されました。
まず夫が、次に妻が。
兵士が二人の首を撥ねたのです。
馬車に乗った兵士が、私の顔を掴み、無理やりそちらに顔を向けさせました。
『見ろ。これがお前の母親が犯した罪だ。』
その兵士は言いました。
『そして、今から向かうのが、お前の母親がもたらした幸福だ。』と。
初めはどういう意味か分かりませんでしたが、城に着くと分かりました。
そこには豪華絢爛な空間が広がっていました。
夢にも出てこなかったような美しい絵画や調度品。
天まで届くような天井。
途方もない数の使用人。
全ては体験したことなどない世界でした。
そこで始めて豪華なドレスを着せられ、ぽんと王の部屋…父の部屋に置いていかれました。
父は思ったよりも歳をとっていて、私を見るなり抱き締めてきました。
私の中に、憎しみの感情がなかった訳ではありません。
実際、その瞬間にも首元へ噛みつきたい衝動に駆られました。
しかし、王の、父が初めに吐いたのは、謝罪の言葉と愛に溢れた言葉でした。
私がどうかしていた。
本当の子供を、どうして辺境の地で過ごさせようか、と。
…不幸自慢ではありませんが、誰にも愛された記憶が無い私にとって、初めての言葉ばかりでした。
そして、心の中の憎しみが、呆気なく消えていったのです。
…馬鹿馬鹿しいと思いますか?
その後は、辛い日々が続きましたが、私にとってはしあわせでした。
父は私を神の翼の器として育てようとしていました。
近々の戦に備えてのことでしょう。
あるいは、自身の王家の保身の為か。
それでも、自分が努力した分だけ、父は私を愛してくれたことは、嬉しかった。
だから、私は努力した。
父の望む私になるために。
でも、神の翼が選んだのは、私じゃなかった。
貴方だった。
戴冠式の日、男が衛兵に扮して北の塔に入り込んで、翼を背中に生やして飛び去ったと聞いた時、頭が真っ白になりました。
今までの努力を、恩を、愛情を、全て否定された気持ちになったのです。
勿論父は泥棒に神の翼を奪われたことは公表せず、戴冠式も中止になりました。
民衆には、金に目が眩んだ泥棒が神の翼を盗んだと伝えました。
神の翼を信仰する人々は驚き、嘆きました。
しかし何より苦しんだのは父でした。
卑しい泥棒に神の翼の器を奪われたと思ったのでしょう。
実際、私もそう思いました。
何より、父の嘆き悲しむ姿はとても見てはいられませんでした。
戴冠式が中止になった翌日、私はこっそり城を出ました。
神の翼を取り返すと書き置きをして。
いえ、表面ではそう言い聞かせてきましたが、本当は、逃げたかったのかも知れません。
父から、城から。
そして、私の運命から。
森に入って、道に迷っていたらあの化け…野人に出会い、逃げているうちにどんどん奥へ入っていきました。
そして、記憶を消され…貴方に会った。
少女は一呼吸置いて、バルドゥル、いや、ディークを見た。
ディークもまた、少女ーフレッタを見つめた。
「俺は…お前を守れなかった。親からも、その運命からも。それが俺の呪いだ。今でさえ、こんななりの盗っ人さ。国なんて救えるわけがねえ。…それでも俺を、勇者と呼ぶのか?」
「…私が子供の頃読んだ物語の勇者の話を聞いてください。」
フレッタは静かに言った。
「その勇者は、恵まれない家庭に育ちながらも、愛溢れる人間で、人々を厄災から守り抜きました。その勇者が最後に言った言葉です。『千里を駆ける脚も、大きな山を持ち上げられる腕も、鉄の槍でも死なない心臓も、勇者には要らない。ただ、守りたい人があるだけだ。』その勇者は、力こそ弱いが、懸命に戦い続けた。そして、勝利したのです。その勇者の名前は…バルドゥル・トスカヴェーナ。」
フレッタは、ディークの手を握りしめた。
「バルドゥル…一緒に戦ってください。民のために、国のために…私のために。」
「愛する我が兄。どうか、妹達を、守ってください…。」
漸く木々の上から差し込んできた燃えるような朝日に、静かに泉が照らされた。
雲一つない空だった。
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