38 / 41
救済
しおりを挟む
ゆっくりと落ちて行く視界の中で捉えたのは、黒だった。
腕輪に入ったヒビから、黒い液体のような、気体のようなものが溢れ出している。
それはやがてディークを包み込み、呑み込んだ。
その黒い塊に包み込まれ、ディークは身体の感覚が、四肢の感覚が、無くなっていくのが分かった。
指先から手首、腕、そして肩。
やがて、全身が一つとなってーーー。
「何が起こった?」
カルダン王とその家臣達は後ずさる。
彼らの前には、形を変えながら渦を巻く黒い何かがあるばかり。
不意に、カルダン王が倒れた。
草むらに崩れ落ちたカルダン王の首からは、鮮血が迸っていた。
代わりに兵士の前に躍り出たのは、一匹の大きな犬だった。
深い緑色の長い毛を靡かせ、その犬は次々と兵士に飛びかかった。
刹那、デアハラムに恐ろしい雄叫びが響き渡った。
何重にも重なるその声は、デアハラムの更に奥ーーー嘗て人々が畏れ崇めた森、緑の精の森から聴こえたのであった。
そして声の反響が尾を引くなか、地響きと共に、おぞましい生き物達が一斉に森から走り出てきた。
森の民だ。
民達は敵兵を薙ぎ払い、ある者は火を吹き、ある者は岩を投げつけ、またある者は人々に噛みつき、次々と兵士を倒していった。
何が起こったのか全く理解出来ずに立ち尽くす兵に、民達は容赦なく襲いかかった。
呆然としていたフレッタに、一匹の小人が走り寄った。
『よお嬢ちゃん、また会ったな!』
「あなたは…へグレタ!」
へグレタは石のハンマーを得意げに持ち替えまくし立てた。
『名前を覚えていてくれるとはな。嬉しいよ。ところで嬢ちゃん、何でこんなところにいるんだい?もしかして名無し子の奴、戦に女を連れ込むようになっちまったのか?こんな所にいたら危ないぜとにかく安全な場所へ。』
「へグレタ、教えて。あなた達は、どうしてここへ?」
『本当は森の外へは行っちゃいけないんだが、碧眼の君直々のお達しだ。参戦して我々の森を守れとさ。初めはぶーたれてる民達もいたんだが、俺たちの森を焼こうとした奴らってんなら話は別だ。』
へグレタはハンマーで近くの敵の脛を軽い身のこなしで打ち砕き、フレッタに振り向いた。
「碧眼の君…。」
『さあ。とにかく森の中は安全だ。ちょっと焼けちまったがな。まあ、ここよりはマシだぜ。ほら、こっちだ。』
へグレタに導かれるまま森へ向かおうとしたフレッタは、ふと何かを思い出して振り返った。
「ディーク!ディークは?王はどうなったの?」
『ディーク?誰だか知らんが、王様を討つ役はフルダムが買って出てる。碧眼の君の飼い犬だ。まあ負けることはないだろう。』
フルダムは近くの兵士をあらかた倒すと、黒い塊に駆け寄り、叫んだ。
『汝、我の声を受けよ!叫びの怨霊、お前達との契約はもはや無くなったはず!直ぐにその人間を離せ!敵なら討てただろう!』
しかし、フルダムの声は叫びの怨霊の塊には届かなかった。
『…そのまま負の魔力の餌食にするつもりか。』
フルダムは塊に飛びかかり、噛み付いた。
鋭い牙が黒黒とした肉に食い込み、ディークから引き剥がす。
タキシムは悲痛な叫び声をひとつあげ、ばらばらとディークから剥がれていった。
しかし、ディークの四肢は途中で千切れ、皮膚の至る所に黒い斑点が出来、翼は大きくひしゃげていた。
気を失っているらしく、タキシムが身体から離れた瞬間、ディークは倒れ込んだ。
『名無し子!』
フルダムの呼びかけにぴくりとも反応しない。
『負の力に身体を蝕まれている。このままでは…。』
フルダムは何やら呪文を唱えると、骨格がみるみるうちに変化し、人間のそれへと変わっていった。
暫くすると、そこに居た墓場の番犬は見る影もなく、深緑の髪と服を身につけた男が立っていた。
『碧眼の君の命だ。少々癪だが、お前を死なせるわけにはいかない。持ちこたえろ。』
フルダムはディークを抱え上げ、全速力で走りだした。
腕輪に入ったヒビから、黒い液体のような、気体のようなものが溢れ出している。
それはやがてディークを包み込み、呑み込んだ。
その黒い塊に包み込まれ、ディークは身体の感覚が、四肢の感覚が、無くなっていくのが分かった。
指先から手首、腕、そして肩。
やがて、全身が一つとなってーーー。
「何が起こった?」
カルダン王とその家臣達は後ずさる。
彼らの前には、形を変えながら渦を巻く黒い何かがあるばかり。
不意に、カルダン王が倒れた。
草むらに崩れ落ちたカルダン王の首からは、鮮血が迸っていた。
代わりに兵士の前に躍り出たのは、一匹の大きな犬だった。
深い緑色の長い毛を靡かせ、その犬は次々と兵士に飛びかかった。
刹那、デアハラムに恐ろしい雄叫びが響き渡った。
何重にも重なるその声は、デアハラムの更に奥ーーー嘗て人々が畏れ崇めた森、緑の精の森から聴こえたのであった。
そして声の反響が尾を引くなか、地響きと共に、おぞましい生き物達が一斉に森から走り出てきた。
森の民だ。
民達は敵兵を薙ぎ払い、ある者は火を吹き、ある者は岩を投げつけ、またある者は人々に噛みつき、次々と兵士を倒していった。
何が起こったのか全く理解出来ずに立ち尽くす兵に、民達は容赦なく襲いかかった。
呆然としていたフレッタに、一匹の小人が走り寄った。
『よお嬢ちゃん、また会ったな!』
「あなたは…へグレタ!」
へグレタは石のハンマーを得意げに持ち替えまくし立てた。
『名前を覚えていてくれるとはな。嬉しいよ。ところで嬢ちゃん、何でこんなところにいるんだい?もしかして名無し子の奴、戦に女を連れ込むようになっちまったのか?こんな所にいたら危ないぜとにかく安全な場所へ。』
「へグレタ、教えて。あなた達は、どうしてここへ?」
『本当は森の外へは行っちゃいけないんだが、碧眼の君直々のお達しだ。参戦して我々の森を守れとさ。初めはぶーたれてる民達もいたんだが、俺たちの森を焼こうとした奴らってんなら話は別だ。』
へグレタはハンマーで近くの敵の脛を軽い身のこなしで打ち砕き、フレッタに振り向いた。
「碧眼の君…。」
『さあ。とにかく森の中は安全だ。ちょっと焼けちまったがな。まあ、ここよりはマシだぜ。ほら、こっちだ。』
へグレタに導かれるまま森へ向かおうとしたフレッタは、ふと何かを思い出して振り返った。
「ディーク!ディークは?王はどうなったの?」
『ディーク?誰だか知らんが、王様を討つ役はフルダムが買って出てる。碧眼の君の飼い犬だ。まあ負けることはないだろう。』
フルダムは近くの兵士をあらかた倒すと、黒い塊に駆け寄り、叫んだ。
『汝、我の声を受けよ!叫びの怨霊、お前達との契約はもはや無くなったはず!直ぐにその人間を離せ!敵なら討てただろう!』
しかし、フルダムの声は叫びの怨霊の塊には届かなかった。
『…そのまま負の魔力の餌食にするつもりか。』
フルダムは塊に飛びかかり、噛み付いた。
鋭い牙が黒黒とした肉に食い込み、ディークから引き剥がす。
タキシムは悲痛な叫び声をひとつあげ、ばらばらとディークから剥がれていった。
しかし、ディークの四肢は途中で千切れ、皮膚の至る所に黒い斑点が出来、翼は大きくひしゃげていた。
気を失っているらしく、タキシムが身体から離れた瞬間、ディークは倒れ込んだ。
『名無し子!』
フルダムの呼びかけにぴくりとも反応しない。
『負の力に身体を蝕まれている。このままでは…。』
フルダムは何やら呪文を唱えると、骨格がみるみるうちに変化し、人間のそれへと変わっていった。
暫くすると、そこに居た墓場の番犬は見る影もなく、深緑の髪と服を身につけた男が立っていた。
『碧眼の君の命だ。少々癪だが、お前を死なせるわけにはいかない。持ちこたえろ。』
フルダムはディークを抱え上げ、全速力で走りだした。
0
あなたにおすすめの小説
妻からの手紙~18年の後悔を添えて~
Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。
妻が死んで18年目の今日。
息子の誕生日。
「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」
息子は…17年前に死んだ。
手紙はもう一通あった。
俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。
------------------------------
貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。
黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。
この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。
復讐のための五つの方法
炭田おと
恋愛
皇后として皇帝カエキリウスのもとに嫁いだイネスは、カエキリウスに愛人ルジェナがいることを知った。皇宮ではルジェナが権威を誇示していて、イネスは肩身が狭い思いをすることになる。
それでも耐えていたイネスだったが、父親に反逆の罪を着せられ、家族も、彼女自身も、処断されることが決まった。
グレゴリウス卿の手を借りて、一人生き残ったイネスは復讐を誓う。
72話で完結です。
【完結】あなたに知られたくなかった
ここ
ファンタジー
セレナの幸せな生活はあっという間に消え去った。新しい継母と異母妹によって。
5歳まで令嬢として生きてきたセレナは6歳の今は、小さな手足で必死に下女見習いをしている。もう自分が令嬢だということは忘れていた。
そんなセレナに起きた奇跡とは?
(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」
音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。
本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。
しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。
*6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。
お飾りの妻として嫁いだけど、不要な妻は出ていきます
菻莅❝りんり❞
ファンタジー
貴族らしい貴族の両親に、売られるように愛人を本邸に住まわせている其なりの爵位のある貴族に嫁いだ。
嫁ぎ先で私は、お飾りの妻として別棟に押し込まれ、使用人も付けてもらえず、初夜もなし。
「居なくていいなら、出ていこう」
この先結婚はできなくなるけど、このまま一生涯過ごすよりまし
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる
