Red And Frower

斗弧呂天

文字の大きさ
14 / 20

遠い記憶

しおりを挟む
事件につきっきりだったアーネストは自宅でも考えを纏めようと必死に頭を回した。
何か大切なことを忘れている気がしてならなかった。
ソファーに身を沈めたまま、物思いにふけるうち、漸くドナに話しかけられている事に気がついた。
「あなた、何かあったの?仕事の事?」
「…あ、ああ、何でもない。」
「…そう?それでね、その私の動画を観てるって人が料理を教えて欲しいんですって。だから…」
自分の手元に視線を置いたままでいると、ドナは突然アーネストの右頬にキスをした。
驚いて右を向くと、ドナはいたずらっぽく笑った。(その中に少し呆れの色が混じっていたが、アーネストはそれに気づくほど繊細ではない。)
「ほら、やっと目が合った。」
やっぱり何かあるんでしょう?と首に腕を回しながらドナは言う。
彼女の白い手が頬に触れた。
アーネストは小さく笑って誤魔化した。
「あなたはいつも哲学者みたいな顔をしてるのね。」
「哲学者もこんな問題はお手上げだろうけどね。」
鼻が触れ合うような距離で2人は囁くように笑った。
そしてアーネストは、ドナを優しく抱き抱えるようにして、ゆっくりと押し倒していった。
事件を忘れたいというのもあったが、純粋にドナに心配をかけたくないという方が大きかった。
しかし結局のところ、アーネストは一連の事件が忘れられなかった。
行為の最中も、死体や犯人の事が脳裏にちらついた。
ドナにもそれが伝わったのかは分からないが、お互いに求めていた小さな心の窪みが満たされることは無かった。


翌朝ドナは朝早くに、用事があると言って出掛けた。
何でも、自分の動画のファンに会いに行くというのだ。
「でも本当に大丈夫なのか?」
「大丈夫よ。前にも会ったことある人だもの。」
資料を纏めながらアーネストが問うと、ドナはにっこり笑いながら答えた。
「そうそう、」
玄関のドアを開けてからドナは言った。
「帰ってきたら、美術館に行かない?ここからすぐの所に新しく出来たらしいの。」
「ああ、教会を建て替えたってあれか。確かに面白そうだ。」
「そう。美術館に行くのって何年ぶりかしら。じゃあ、行ってくるわね。」
「気をつけて。」
玄関のドアが完全に締め切ってから、アーネストはリビングに戻った。
今日は久しぶりの休みだが、心は全く休まらなかった。
被害者の女の姿を忘れようとすればする程、より鮮明に頭にこびり付いた。
考えを振り払うように、ドナの言っていた美術館について考えるようにした。
最後に2人で美術館に行ったのはいつだったか。
確か、2人が結婚してすぐの時だった。
その時は素人画家の展覧会をやっていた。
絵にあまり詳しくないが、ドナに誘われて行ったんだったな。
ドナが綺麗だと言った絵はどんなだっただろう。
花をモチーフにした絵。
後、女性がー1人ー花と一緒にー………。

「あ…………。」
手にしていた資料の束が床に散らばった。
アーネストは頭をぶん殴られたような衝撃を感じ、その場に突っ立っていた。

女。花。
いや、それだけならどこにでもあるようなモチーフだ。
もっと、印象に残るようなこと。
何だ。何が描かれていた?
身体。白い肌。
違う。もっと部分的な。
部分的?そうだ。その女の身体は、赤い花で埋もれていた。
所々、白い肌がその花の中から覗いていた。
そこは、そこは、
アーネストは自分の思考についていけず、よろよろと辺りを歩き出した。
床に散らばった紙を踏んでいることも気が付かずに。

違う違う!どこだ?どこが描かれていた?

「…目。………青い瞳。」
そう。そうだ。
「髪…金色の……」
ここからだ。どこだ?
思い出せ思い出せ思い出せ思い出せ思い出せ思い出せ思い出せ思い出せ思い出せ思い出せ

「…脚…そして………」

突然アーネストの電話が鳴った。
いつの間にか資料の中で座り込んでいたアーネストは、無意識のうちに通話ボタンを押していた。

ダクストンからだった。
「俺だ。……直ぐにフレイザー通りに向かってくれ。」
最後にこう付け加えた。
「奴だ。」
アーネストには、それで充分だった。

しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか? そのほかに外伝も綴りました。

さようなら婚約者

あんど もあ
ファンタジー
アンジュは、五年間虐げられた婚約者から婚約破棄を告げられる。翌日、カバン一つを持って五年住んだ婚約者の家を去るアンジュ。一方、婚約者は…。

つまらない妃と呼ばれた日

柴田はつみ
恋愛
公爵令嬢リーシャは政略結婚で王妃に迎えられる。だが国王レオニスの隣には、幼馴染のセレスが“当然”のように立っていた。祝宴の夜、リーシャは国王が「つまらない妃だ」と語る声を聞いてしまい、心を閉ざす。 舞踏会で差し出された手を取らず、王弟アドリアンの助けで踊ったことで、噂は一気に燃え上がる――「王妃は王弟と」「国王の本命は幼馴染」と。 さらに宰相は儀礼と世論を操り、王妃を孤立させる策略を進める。監視の影、届かない贈り物、すり替えられた言葉、そして“白薔薇の香”が事件現場に残る冤罪の罠。 リーシャは微笑を鎧に「今日から、王の隣に立たない」と決めるが、距離を取るほど誤解は確定し、王宮は二人を引き裂いていく。 ――つまらない妃とは、いったい誰が作ったのか。真実が露わになった時、失われた“隣”は戻るのか。

妻からの手紙~18年の後悔を添えて~

Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。 妻が死んで18年目の今日。 息子の誕生日。 「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」 息子は…17年前に死んだ。 手紙はもう一通あった。 俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。 ------------------------------

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

【完】はしたないですけど言わせてください……ざまぁみろ!

咲貴
恋愛
招かれてもいないお茶会に現れた妹。 あぁ、貴女が着ているドレスは……。

可愛らしい人

はるきりょう
恋愛
「でも、ライアン様には、エレナ様がいらっしゃるのでは?」 「ああ、エレナね。よく勘違いされるんだけど、エレナとは婚約者でも何でもないんだ。ただの幼馴染み」 「それにあいつはひとりで生きていけるから」 女性ながらに剣術を学ぶエレナは可愛げがないという理由で、ほとんど婚約者同然の幼馴染から捨てられる。 けれど、 「エレナ嬢」 「なんでしょうか?」 「今日の夜会のパートナーはお決まりですか?」  その言葉でパートナー同伴の夜会に招待されていたことを思い出した。いつものとおりライアンと一緒に行くと思っていたので参加の返事を出していたのだ。 「……いいえ」  当日の欠席は著しく評価を下げる。今後、家庭教師として仕事をしていきたいと考えるのであれば、父親か兄に頼んででも行った方がいいだろう。 「よければ僕と一緒に行きませんか?」

冷遇王妃はときめかない

あんど もあ
ファンタジー
幼いころから婚約していた彼と結婚して王妃になった私。 だが、陛下は側妃だけを溺愛し、私は白い結婚のまま離宮へ追いやられる…って何てラッキー! 国の事は陛下と側妃様に任せて、私はこのまま離宮で何の責任も無い楽な生活を!…と思っていたのに…。

処理中です...