Red And Frower

斗弧呂天

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遠い記憶

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事件につきっきりだったアーネストは自宅でも考えを纏めようと必死に頭を回した。
何か大切なことを忘れている気がしてならなかった。
ソファーに身を沈めたまま、物思いにふけるうち、漸くドナに話しかけられている事に気がついた。
「あなた、何かあったの?仕事の事?」
「…あ、ああ、何でもない。」
「…そう?それでね、その私の動画を観てるって人が料理を教えて欲しいんですって。だから…」
自分の手元に視線を置いたままでいると、ドナは突然アーネストの右頬にキスをした。
驚いて右を向くと、ドナはいたずらっぽく笑った。(その中に少し呆れの色が混じっていたが、アーネストはそれに気づくほど繊細ではない。)
「ほら、やっと目が合った。」
やっぱり何かあるんでしょう?と首に腕を回しながらドナは言う。
彼女の白い手が頬に触れた。
アーネストは小さく笑って誤魔化した。
「あなたはいつも哲学者みたいな顔をしてるのね。」
「哲学者もこんな問題はお手上げだろうけどね。」
鼻が触れ合うような距離で2人は囁くように笑った。
そしてアーネストは、ドナを優しく抱き抱えるようにして、ゆっくりと押し倒していった。
事件を忘れたいというのもあったが、純粋にドナに心配をかけたくないという方が大きかった。
しかし結局のところ、アーネストは一連の事件が忘れられなかった。
行為の最中も、死体や犯人の事が脳裏にちらついた。
ドナにもそれが伝わったのかは分からないが、お互いに求めていた小さな心の窪みが満たされることは無かった。


翌朝ドナは朝早くに、用事があると言って出掛けた。
何でも、自分の動画のファンに会いに行くというのだ。
「でも本当に大丈夫なのか?」
「大丈夫よ。前にも会ったことある人だもの。」
資料を纏めながらアーネストが問うと、ドナはにっこり笑いながら答えた。
「そうそう、」
玄関のドアを開けてからドナは言った。
「帰ってきたら、美術館に行かない?ここからすぐの所に新しく出来たらしいの。」
「ああ、教会を建て替えたってあれか。確かに面白そうだ。」
「そう。美術館に行くのって何年ぶりかしら。じゃあ、行ってくるわね。」
「気をつけて。」
玄関のドアが完全に締め切ってから、アーネストはリビングに戻った。
今日は久しぶりの休みだが、心は全く休まらなかった。
被害者の女の姿を忘れようとすればする程、より鮮明に頭にこびり付いた。
考えを振り払うように、ドナの言っていた美術館について考えるようにした。
最後に2人で美術館に行ったのはいつだったか。
確か、2人が結婚してすぐの時だった。
その時は素人画家の展覧会をやっていた。
絵にあまり詳しくないが、ドナに誘われて行ったんだったな。
ドナが綺麗だと言った絵はどんなだっただろう。
花をモチーフにした絵。
後、女性がー1人ー花と一緒にー………。

「あ…………。」
手にしていた資料の束が床に散らばった。
アーネストは頭をぶん殴られたような衝撃を感じ、その場に突っ立っていた。

女。花。
いや、それだけならどこにでもあるようなモチーフだ。
もっと、印象に残るようなこと。
何だ。何が描かれていた?
身体。白い肌。
違う。もっと部分的な。
部分的?そうだ。その女の身体は、赤い花で埋もれていた。
所々、白い肌がその花の中から覗いていた。
そこは、そこは、
アーネストは自分の思考についていけず、よろよろと辺りを歩き出した。
床に散らばった紙を踏んでいることも気が付かずに。

違う違う!どこだ?どこが描かれていた?

「…目。………青い瞳。」
そう。そうだ。
「髪…金色の……」
ここからだ。どこだ?
思い出せ思い出せ思い出せ思い出せ思い出せ思い出せ思い出せ思い出せ思い出せ思い出せ

「…脚…そして………」

突然アーネストの電話が鳴った。
いつの間にか資料の中で座り込んでいたアーネストは、無意識のうちに通話ボタンを押していた。

ダクストンからだった。
「俺だ。……直ぐにフレイザー通りに向かってくれ。」
最後にこう付け加えた。
「奴だ。」
アーネストには、それで充分だった。

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