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脚
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「…被害者はアルバータ・マクレイヤー。21歳。ニューウェイ大学に通う学生です。」
クレイグがメモに目を落として告げる。
3度目の殺人。もはやアーネストは目の前の惨劇に恐ろしさも感じなくなった。
現場は例によってアパートの2階だった。
更に例によって白い空間に1面だけ真っ赤に塗られた壁。
そしてその前に横たわる『彼女』。
ウェディングドレスに身を包み、裾をまくり上げた状態で彼女は寝かせられていた。
脚を軽く組み、絵画のモデルのように仰向けになっている。
ただ。もしこんな絵が存在しているなら、作者は相当なカニバリズム信者なのだろう。
腹は割かれ、おどろおどろしい色の蔵物がはみ出ている。
腕が肩から切断されており、ミロのヴィーナスのように身体をうねらせている。
しかし、それよりもアーネストが気になったのは、彼女の口に(正確には、口があったと思われる顔の穴に)赤いメッセージカードが入れられていた事だ。
手袋を付けて、それを慎重に取り出した。
『愚鈍な警察諸君へ
そろそろ私の芸術達は完成を迎える。
全ては永遠という美のままに。
無限という完成な美しさのままに。』
「これは…」
「つまり、もうすぐこの連続殺人は終了する、という意味でしょうか?」
「さあな。」
「ああ、そうだろう。」
声のする方を見やると、デイヴィが立っていた。
「今度はスイートピーだな。」
デイヴィが見せたビニール袋に入っていたのは薄いピンクの花弁だった。
アーネストが目で続きを促す。
「花言葉は『門出』とか『祝福』だ。今までの傾向から見て、おそらくカードの内容は真実だろう。」
「そうか、だが…『この事件で終わる』という意味では無いのかもしれない。あくまで『もうすぐ終わる』ということかもしれん。」
「そう言うと?何か心当たりでもあるのか?」
アーネストは一瞬言葉に詰まったが、直ぐに思い直した。
「いや、あくまで可能性に過ぎない。これで一連の事件が無くなれば万々歳さ。」
ただ、アーネスト自身が見つけた偶然は、あまりにも辻褄が合いすぎている。
絵に描かれていた部位を、犯人が現実の物にしているとしたら。
そして、その最後の部分を完成させようとしているなら。
現場検証が終わりデイヴィと別れると、アーネストは相棒に言った。
「クレイグ。モデール通りにあった美術館を知っているか?」
「ドゥランテ美術館ですか?」
「多分そうだ。今はどうなっている?」
クレイグはメモ帳を捲り、言った。
「2003年に閉館していて、未だに取り壊しや立て直しの目処はたっていません。」
よく行っていたので、とメモに対する言い訳のような事をしてから、クレイグはアーネストの言葉を待った。
「そうか、いや、何でもない。」
「警部…?」
「アーネスト警部。」
野次馬を抜けたところで、レックスに捕まった。
「遂に3度目の殺人ですか。ウチとしても腕がなります。」
「もう嗅ぎ回るなと言っただろ?」
「そう言われても困ります。こっちだって仕事ですから。」
新聞社のロゴが入った車に軽く寄りかかり、レックスは言った。
「こちらも仕事でやっているんだ。さあ帰れ。」
「警部、ここは私が。」
クレイグが空気を察して割って入ったが、レックスが良しとしなかった。
「お固いこと言わずに。百戦錬磨のアーネスト警部なら分かるでしょ?我々の存在意義が。」
アーネストは沈黙を守った。
「どうせこのネタももうすぐ尽きるんだし、最後の情けってもんを下さいよ。」
「…?」
アーネストは不意に何らかの違和感を感じた。
「何故、この事件がもうすぐ終わる事を知っている?」
「………」
今度はレックスが黙る番だった。
「ついさっき明らかになった事を、何故お前は知っている?」
レックスは、つまらない映画を観ているように、片眉を釣り上げ、腕を組んだ。
そうして数秒間沈黙したあと、観念したというように、息を吐き出した。
「あーあ。もう少し楽しみたかったんですが…どうやら神の御加護もここまでですね。」
そして、抵抗する気は無い事を示すためか、ゆっくりと車のトランクに回り込み、中から黒いボストンバッグを取り出した。
「良いでしょう。これでこいつを捨てる手間も省けましたし。」
ファスナーを開け、中身を地面にぶちまけた。
それに気づいた数人の野次馬が悲鳴を上げた。
レックスは、そんなに驚くものでもないだろう、よくある事さ、とでも言うように、足元に転がっている血にまみれた両手を足先で転がした。
ぎょっとした顔で、引き上げかけていた警官が走り寄って来たが、事態が読み込めず、3人から10メートル程離れた所で成り行きを見守っている。
「レックス・モーリー。お前がやったのか?」
さすがにアーネストも緊張を隠しきれなかった。
「いいえ?私は『先生』のお手伝いをしていただけですよ。まあ、信じるかはそちら次第ですがね。」
「先生だと?」
「ええ、彼の『芸術』は美しい。偶然彼の作品を見つけてから、私は彼の作品の虜だ。あの人ほど人の『美』を引き出せるお人は居ない。」
「何が芸術だ。只の無差別殺人じゃないか。」
クレイグが怒鳴るように言う。
「あなたには先生の作品を理解出来る頭を持っていないというだけの話です。彼の芸術を理解出来るのは、選ばれた人間だけだ。」
「先生というのは誰だ!」
たまらずアーネストが叫ぶ。
「愚鈍な警察に私が言うと?まあ、ヒントぐらいならあげてもいいでしょう。」
レックスは芝居役者のように両手を大きく広げ告げた。
「アーネスト・バッカス警部。あなたは大事な事が分かっちゃいない。先生の美の頂点を。そして、その美の原点を。」
一呼吸おいて、レックスはアーネストの目をまっすぐ見詰め、呟いた。
恐らくそれは、その場にいた人物の中でアーネストただ1人にしかとどかないものだったろう。
「アーネスト。あなたに先生は止められない。
……全ては赤と花から始まる。
…Red and Flower」
沈黙した住宅街に、男の狂ったような笑い声だけがこだました。
クレイグがメモに目を落として告げる。
3度目の殺人。もはやアーネストは目の前の惨劇に恐ろしさも感じなくなった。
現場は例によってアパートの2階だった。
更に例によって白い空間に1面だけ真っ赤に塗られた壁。
そしてその前に横たわる『彼女』。
ウェディングドレスに身を包み、裾をまくり上げた状態で彼女は寝かせられていた。
脚を軽く組み、絵画のモデルのように仰向けになっている。
ただ。もしこんな絵が存在しているなら、作者は相当なカニバリズム信者なのだろう。
腹は割かれ、おどろおどろしい色の蔵物がはみ出ている。
腕が肩から切断されており、ミロのヴィーナスのように身体をうねらせている。
しかし、それよりもアーネストが気になったのは、彼女の口に(正確には、口があったと思われる顔の穴に)赤いメッセージカードが入れられていた事だ。
手袋を付けて、それを慎重に取り出した。
『愚鈍な警察諸君へ
そろそろ私の芸術達は完成を迎える。
全ては永遠という美のままに。
無限という完成な美しさのままに。』
「これは…」
「つまり、もうすぐこの連続殺人は終了する、という意味でしょうか?」
「さあな。」
「ああ、そうだろう。」
声のする方を見やると、デイヴィが立っていた。
「今度はスイートピーだな。」
デイヴィが見せたビニール袋に入っていたのは薄いピンクの花弁だった。
アーネストが目で続きを促す。
「花言葉は『門出』とか『祝福』だ。今までの傾向から見て、おそらくカードの内容は真実だろう。」
「そうか、だが…『この事件で終わる』という意味では無いのかもしれない。あくまで『もうすぐ終わる』ということかもしれん。」
「そう言うと?何か心当たりでもあるのか?」
アーネストは一瞬言葉に詰まったが、直ぐに思い直した。
「いや、あくまで可能性に過ぎない。これで一連の事件が無くなれば万々歳さ。」
ただ、アーネスト自身が見つけた偶然は、あまりにも辻褄が合いすぎている。
絵に描かれていた部位を、犯人が現実の物にしているとしたら。
そして、その最後の部分を完成させようとしているなら。
現場検証が終わりデイヴィと別れると、アーネストは相棒に言った。
「クレイグ。モデール通りにあった美術館を知っているか?」
「ドゥランテ美術館ですか?」
「多分そうだ。今はどうなっている?」
クレイグはメモ帳を捲り、言った。
「2003年に閉館していて、未だに取り壊しや立て直しの目処はたっていません。」
よく行っていたので、とメモに対する言い訳のような事をしてから、クレイグはアーネストの言葉を待った。
「そうか、いや、何でもない。」
「警部…?」
「アーネスト警部。」
野次馬を抜けたところで、レックスに捕まった。
「遂に3度目の殺人ですか。ウチとしても腕がなります。」
「もう嗅ぎ回るなと言っただろ?」
「そう言われても困ります。こっちだって仕事ですから。」
新聞社のロゴが入った車に軽く寄りかかり、レックスは言った。
「こちらも仕事でやっているんだ。さあ帰れ。」
「警部、ここは私が。」
クレイグが空気を察して割って入ったが、レックスが良しとしなかった。
「お固いこと言わずに。百戦錬磨のアーネスト警部なら分かるでしょ?我々の存在意義が。」
アーネストは沈黙を守った。
「どうせこのネタももうすぐ尽きるんだし、最後の情けってもんを下さいよ。」
「…?」
アーネストは不意に何らかの違和感を感じた。
「何故、この事件がもうすぐ終わる事を知っている?」
「………」
今度はレックスが黙る番だった。
「ついさっき明らかになった事を、何故お前は知っている?」
レックスは、つまらない映画を観ているように、片眉を釣り上げ、腕を組んだ。
そうして数秒間沈黙したあと、観念したというように、息を吐き出した。
「あーあ。もう少し楽しみたかったんですが…どうやら神の御加護もここまでですね。」
そして、抵抗する気は無い事を示すためか、ゆっくりと車のトランクに回り込み、中から黒いボストンバッグを取り出した。
「良いでしょう。これでこいつを捨てる手間も省けましたし。」
ファスナーを開け、中身を地面にぶちまけた。
それに気づいた数人の野次馬が悲鳴を上げた。
レックスは、そんなに驚くものでもないだろう、よくある事さ、とでも言うように、足元に転がっている血にまみれた両手を足先で転がした。
ぎょっとした顔で、引き上げかけていた警官が走り寄って来たが、事態が読み込めず、3人から10メートル程離れた所で成り行きを見守っている。
「レックス・モーリー。お前がやったのか?」
さすがにアーネストも緊張を隠しきれなかった。
「いいえ?私は『先生』のお手伝いをしていただけですよ。まあ、信じるかはそちら次第ですがね。」
「先生だと?」
「ええ、彼の『芸術』は美しい。偶然彼の作品を見つけてから、私は彼の作品の虜だ。あの人ほど人の『美』を引き出せるお人は居ない。」
「何が芸術だ。只の無差別殺人じゃないか。」
クレイグが怒鳴るように言う。
「あなたには先生の作品を理解出来る頭を持っていないというだけの話です。彼の芸術を理解出来るのは、選ばれた人間だけだ。」
「先生というのは誰だ!」
たまらずアーネストが叫ぶ。
「愚鈍な警察に私が言うと?まあ、ヒントぐらいならあげてもいいでしょう。」
レックスは芝居役者のように両手を大きく広げ告げた。
「アーネスト・バッカス警部。あなたは大事な事が分かっちゃいない。先生の美の頂点を。そして、その美の原点を。」
一呼吸おいて、レックスはアーネストの目をまっすぐ見詰め、呟いた。
恐らくそれは、その場にいた人物の中でアーネストただ1人にしかとどかないものだったろう。
「アーネスト。あなたに先生は止められない。
……全ては赤と花から始まる。
…Red and Flower」
沈黙した住宅街に、男の狂ったような笑い声だけがこだました。
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