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Red And Flower
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「ドゥランテ美術館での素人画家の展覧会がありましたよね。…はい、おそらくそれです。ええ、それの目録はありますでしょうか。…はい、そのなかに、『Red And Flower』という絵はありましたか?……」
クレイグが電話をしている最中、アーネストは自身のデスクに並べた被害者の写真を眺めていた。
瞳、髪、脚、そして……。
「くそっ。」
そこが思い出せない。
脳をふるいにかけているみたいだ。
これが『先生』の最後の作品だと言ったモーリー。
取り調べの最中だが、全く口を割る気は無いらしい。
おそらく犯人は異常なまでの作品への執着と、恐ろしいほどの冷静さ、残虐性を持ち合わせている。
そんな男がロンドンにいるのか?
ふと、アーネストは思った。
そんな男が簡単に本性を見破れるような人物だろうか。
「警部!ありました!」
唐突にアーネストが叫んだ。
椅子から立ち上がり、次の言葉を待つ。
「2000年に素人作品展示会を行った際にその題名の作品が一つだけありました。」
「作者の名前は?」
クレイグは一瞬言葉に詰まった。
アーネストが目で促すと、言葉を押し出すように言った。
「作者は…ーーーーー。」
アーネストはその名前に戦慄した。
何故。俺は。
「くそ!奴の会社に行くぞ!」
数秒後に2人は、オフィスを飛び出していた。
その会社までは車で約20分。
しかし、クレイグの手にかかれば、そんな時間は無いに等しい。
けたたましいサイレンを鳴らしながらパトカーは夜のロンドンを走った。
と、突然アーネストの携帯電話が振動した。
データ解析のプロ、オリヴァーだった。
「先程美術館関係者から折り返し電話がありました。その展覧会の目録を写真付きで電子化して保存していたようで例の作品も写真が見つかりました。」
「どこだ!」
「は?」
「女の身体だ!どこが見える?」
「ええと…」
その質問は予想していなかったのだろう。
しばしの間画像を確認しているらしい間の後、ようやく答えた。
「目と、頭部、太ももからすねの辺り、あと…肩から先ですね。」
「何?」
「肩から先です。腕全体。」
腕。次は腕か。いや、次なんてない。あってはならない。
男の最後の作品。完成させてたまるか。
『この絵、綺麗ね。』
唐突に、ドナの声が蘇った。
『どれだ?』
『ほらこれ。』
アーネストのワイシャツの裾を軽く引いて指さした先に居た、あの絵。
『でも、何だか寂しそう。』
そう言ってドナは頬に手を当てた。
その白い手には、白金の指輪があった。
そう、その白い手に。
「もうすぐ着きますよ。」
意識の遠い彼方でクレイグが言った。
なんだ?何を思い出そうとしている?
今はそれどころじゃないだろ。
『それでね、その私の動画を観てるって人が料理を教えて欲しいんですって。』
1度だけアーネストは、ドナの動画を見たことがある。
【ドライフルーツ入のスコーンの作り方】
画面には、ドナの手元が写っていた。
てきぱきと動くその腕。
白く、美しい手。
まさか。
『…警部?あの、』
気が付くと、アーネストはオリヴァーの通話を切り、代わりにドナの番号を押していた。
指が震えていた。
クレイグが口を開きかけた瞬間、電話が繋がった。
もしもし、あなた?
いつ通りのドナの声が耳に入ったなら。
全ては思い過ごしだと笑い飛ばせたなら。
…有り得ないことが現実にさえならなければ。
アーネストはどれほど救われただろう。
しかし、現実は彼を見放した。
『もしもし?愚鈍な警部さん?』
アーネストの思考が止まった。
クレイグが何かを察して、路肩にパトカーを止めた。
「……ダリル・ホーストン。お前なのか。」
全ての時が止まった気がした。
あの大企業の若きリーダーの声が頭の中で一致したが、脳が頑なにそれを拒んだ。
『先日はどうも。それにしても、まさかこの人が警部の関係者なんて、さすがに驚きました。』
「ドナはどこだ。無事なのか」
怒りも不安も通り抜けて、押し殺すように問う。
『…へえ、ドナっていうんですね。いい名前だ。』
「無事かと聞いている。」
『さあ?』
「なぜお前はこんなことをする。」
『こっちが聞きたいぐらいです。』
「何?」
『警部。僕はそろそろこれを終わらせようと思います。僕はもう疲れた。だからあなたが彼女を見つけてあげてください。僕が存在した証の場で。』
切れた。
アーネストは暫く電話を耳に当てたままだったが、クレイグの言葉で身が覚めた。
「警部!ダリルは何と?」
「クレイグ、ドゥランテ美術館へは車で何分だ。」
「…おそらく10分かと。」
ギアを目にも止まらぬ早さで操作し、答えた。
パトカーのサイレンがまた夜の街に響いた。
男は通話を切り、バッグに戻した。
女は漸く薄く目を開けたが、すぐにまた閉じた。
もう、終えよう。全てを。
機械を片付ける余裕は無い。
警部が鈍感であっても、油断はできない。
「…ドナ。その美しい姿を、最愛の人に見てもらえるよ。嬉しいだろう?」
ドナは何も言わない。
彼女を目に焼き付けてから、ゆっくりとその場を後にした。
今日はいい夜だな。
アーネストとクレイグがパトカーから飛び出すと、目の前にかつての美術館がそびえ立っていた。
外壁は剥がれ落ち、薄い石が貼り付けてある柱は後ろのコンクリートが剥き出しになっていた。
ドアを開けると、埃っぽい匂いが立ち込めた。
しかし2人はなにも言わずに、その中へ駆け出した。
アーネストの中は騒音で一杯だった。
身体中が波打っているような感覚に囚われ、壁に手をつく。
と、通路の先から光が漏れているのに気がついた。
すると、アーネストのごちゃごちゃした記憶が、一気にはっきりとし、あの日が目の前で蘇った。
あの日はあまり人がいなくてドナは喜んだ。
壁に手をつけてアーネストは進んだ。
自身は芸術にあまり明るくなく、前日に本で必死に知識を詰め込んだ。
足が窪みにとられてよろけた。
アーネストが良いと思った作品を、ドナは『ありきたり過ぎない?』と笑った。
壁の塗料がはげかけている所で手を切った。
そして、
光のある場所にアーネストは着いた。
ドナはその部屋の一番奥にあった絵を指さして言った。
『この絵、綺麗ね。』
その絵があった場所にドナは居た。
いや、ドナがあった。
壁全体がドナの首から出た血液で赤く染められていた。
表情も読み取れないほど潰された顔。
真っ赤なウェディングドレス。
そして、床一面にばらまかれた、赤い花々。
しかし、アーネストが最初に目に入ったのは、彼女の白く輝く二本の白い腕だった。
クレイグが電話をしている最中、アーネストは自身のデスクに並べた被害者の写真を眺めていた。
瞳、髪、脚、そして……。
「くそっ。」
そこが思い出せない。
脳をふるいにかけているみたいだ。
これが『先生』の最後の作品だと言ったモーリー。
取り調べの最中だが、全く口を割る気は無いらしい。
おそらく犯人は異常なまでの作品への執着と、恐ろしいほどの冷静さ、残虐性を持ち合わせている。
そんな男がロンドンにいるのか?
ふと、アーネストは思った。
そんな男が簡単に本性を見破れるような人物だろうか。
「警部!ありました!」
唐突にアーネストが叫んだ。
椅子から立ち上がり、次の言葉を待つ。
「2000年に素人作品展示会を行った際にその題名の作品が一つだけありました。」
「作者の名前は?」
クレイグは一瞬言葉に詰まった。
アーネストが目で促すと、言葉を押し出すように言った。
「作者は…ーーーーー。」
アーネストはその名前に戦慄した。
何故。俺は。
「くそ!奴の会社に行くぞ!」
数秒後に2人は、オフィスを飛び出していた。
その会社までは車で約20分。
しかし、クレイグの手にかかれば、そんな時間は無いに等しい。
けたたましいサイレンを鳴らしながらパトカーは夜のロンドンを走った。
と、突然アーネストの携帯電話が振動した。
データ解析のプロ、オリヴァーだった。
「先程美術館関係者から折り返し電話がありました。その展覧会の目録を写真付きで電子化して保存していたようで例の作品も写真が見つかりました。」
「どこだ!」
「は?」
「女の身体だ!どこが見える?」
「ええと…」
その質問は予想していなかったのだろう。
しばしの間画像を確認しているらしい間の後、ようやく答えた。
「目と、頭部、太ももからすねの辺り、あと…肩から先ですね。」
「何?」
「肩から先です。腕全体。」
腕。次は腕か。いや、次なんてない。あってはならない。
男の最後の作品。完成させてたまるか。
『この絵、綺麗ね。』
唐突に、ドナの声が蘇った。
『どれだ?』
『ほらこれ。』
アーネストのワイシャツの裾を軽く引いて指さした先に居た、あの絵。
『でも、何だか寂しそう。』
そう言ってドナは頬に手を当てた。
その白い手には、白金の指輪があった。
そう、その白い手に。
「もうすぐ着きますよ。」
意識の遠い彼方でクレイグが言った。
なんだ?何を思い出そうとしている?
今はそれどころじゃないだろ。
『それでね、その私の動画を観てるって人が料理を教えて欲しいんですって。』
1度だけアーネストは、ドナの動画を見たことがある。
【ドライフルーツ入のスコーンの作り方】
画面には、ドナの手元が写っていた。
てきぱきと動くその腕。
白く、美しい手。
まさか。
『…警部?あの、』
気が付くと、アーネストはオリヴァーの通話を切り、代わりにドナの番号を押していた。
指が震えていた。
クレイグが口を開きかけた瞬間、電話が繋がった。
もしもし、あなた?
いつ通りのドナの声が耳に入ったなら。
全ては思い過ごしだと笑い飛ばせたなら。
…有り得ないことが現実にさえならなければ。
アーネストはどれほど救われただろう。
しかし、現実は彼を見放した。
『もしもし?愚鈍な警部さん?』
アーネストの思考が止まった。
クレイグが何かを察して、路肩にパトカーを止めた。
「……ダリル・ホーストン。お前なのか。」
全ての時が止まった気がした。
あの大企業の若きリーダーの声が頭の中で一致したが、脳が頑なにそれを拒んだ。
『先日はどうも。それにしても、まさかこの人が警部の関係者なんて、さすがに驚きました。』
「ドナはどこだ。無事なのか」
怒りも不安も通り抜けて、押し殺すように問う。
『…へえ、ドナっていうんですね。いい名前だ。』
「無事かと聞いている。」
『さあ?』
「なぜお前はこんなことをする。」
『こっちが聞きたいぐらいです。』
「何?」
『警部。僕はそろそろこれを終わらせようと思います。僕はもう疲れた。だからあなたが彼女を見つけてあげてください。僕が存在した証の場で。』
切れた。
アーネストは暫く電話を耳に当てたままだったが、クレイグの言葉で身が覚めた。
「警部!ダリルは何と?」
「クレイグ、ドゥランテ美術館へは車で何分だ。」
「…おそらく10分かと。」
ギアを目にも止まらぬ早さで操作し、答えた。
パトカーのサイレンがまた夜の街に響いた。
男は通話を切り、バッグに戻した。
女は漸く薄く目を開けたが、すぐにまた閉じた。
もう、終えよう。全てを。
機械を片付ける余裕は無い。
警部が鈍感であっても、油断はできない。
「…ドナ。その美しい姿を、最愛の人に見てもらえるよ。嬉しいだろう?」
ドナは何も言わない。
彼女を目に焼き付けてから、ゆっくりとその場を後にした。
今日はいい夜だな。
アーネストとクレイグがパトカーから飛び出すと、目の前にかつての美術館がそびえ立っていた。
外壁は剥がれ落ち、薄い石が貼り付けてある柱は後ろのコンクリートが剥き出しになっていた。
ドアを開けると、埃っぽい匂いが立ち込めた。
しかし2人はなにも言わずに、その中へ駆け出した。
アーネストの中は騒音で一杯だった。
身体中が波打っているような感覚に囚われ、壁に手をつく。
と、通路の先から光が漏れているのに気がついた。
すると、アーネストのごちゃごちゃした記憶が、一気にはっきりとし、あの日が目の前で蘇った。
あの日はあまり人がいなくてドナは喜んだ。
壁に手をつけてアーネストは進んだ。
自身は芸術にあまり明るくなく、前日に本で必死に知識を詰め込んだ。
足が窪みにとられてよろけた。
アーネストが良いと思った作品を、ドナは『ありきたり過ぎない?』と笑った。
壁の塗料がはげかけている所で手を切った。
そして、
光のある場所にアーネストは着いた。
ドナはその部屋の一番奥にあった絵を指さして言った。
『この絵、綺麗ね。』
その絵があった場所にドナは居た。
いや、ドナがあった。
壁全体がドナの首から出た血液で赤く染められていた。
表情も読み取れないほど潰された顔。
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そして、床一面にばらまかれた、赤い花々。
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