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悪夢のベッドルーム
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現場に着いたアーネストは、異様な空気に少したじろいだ。
いつもは静かな住宅街であるはずのこの場所は、無数の野次馬とパトカーでごった返していた。
なんとか問題のアパートに着いたものの、あまりの人の多さに、部屋の前に立つ頃には、すっかり疲労困憊していた。
アパートは石造りの3階建てで、古いが雰囲気はある建物だった。
そのアパートの三階で事件は起きた。
部屋のドアの前には、アーネストの部下であり相棒のクレイグ・ブルームフィールドが待ち受けていた。
「アーネストさん。大丈夫ですか?調子の方は。」
「脳味噌がミキサーにかけられた気分だ。」
そう言うと、なぜかクレイグは顔をしかめた。
「どうした?」
「いえ、現場はこの奥のベッドルームです。」
クレイグはドアを開き、アーネストを先に入れた。
部屋の中は意外と綺麗で、白い壁とタイルの空間だった。
家具は殆どなく、シンプルな椅子とサイドテーブル、大きな姿見が三角形を描くように置いてあった。
しかし、アーネストは敏感に『その気配』を感じ取っていた。
真っ白な空間の奥、同じく白のドアの向こう。
彼はそのドアの向こうに、この部屋の空間が引き込まれるような錯覚を覚えた。
部屋を横切り、そのドアに近づくほど濃くなる、むせかえるような死のかおり。
ドアノブに手を掛け、静かに引いた。
クレイグが微妙に視線をそらせる。
アーネストが、そのベッドルームで最初に見たものは、『赤』だった。
元々は白かったであろう壁一面に赤がぶちまけられていた。
その壁の下のベッドに、彼女はいた。
アーネストが彼女を見たとき、彼女と目が合った。
彼女はアーネストを見つめていたし、アーネストも彼女の目を見つめる事しか出来なかった。
なぜなら彼女の顔は、その目しかなかったからだ。
口、鼻、瞼、眉といった本来人の顔にあるべきパーツは、肉ごと剥ぎ取られ、どす黒いくぼんだ顔に、目だけが残されていた。
髪は頭皮ごと硫酸のようなもので溶かされ、ヘドロのように頭にこびりついていた。
全てが血の海の中に、形を留めぬまま沈んでいるなか、彼女の青い瞳だけは原形を留め、アーネストを見つめていた。
アーネストは軽い目眩がしてきた。
あまりにも常軌を逸脱している惨状を前に、何が正常で何が異常か分からなくなってきたのだ。
アーネストは一旦ドアに向き直った。
ドアの前にはクレイグが立っていたが、アーネストの顔を見て、道を譲った。
また真っ白な空間に戻ると、彼は目頭をおさえた。
狂気の景色の後で、ひどく目が疲れていた。
しかし逃げることは許されない。
この狂気を受け入れなければいけない。
それが彼の仕事なのだ。
アーネストは軽く首を振り、溜めていた息を吐き出すと、またベッドルームに入っていった。
それからのアーネストが見た光景は、到底文字になど出来るものではなかった。
いつもは静かな住宅街であるはずのこの場所は、無数の野次馬とパトカーでごった返していた。
なんとか問題のアパートに着いたものの、あまりの人の多さに、部屋の前に立つ頃には、すっかり疲労困憊していた。
アパートは石造りの3階建てで、古いが雰囲気はある建物だった。
そのアパートの三階で事件は起きた。
部屋のドアの前には、アーネストの部下であり相棒のクレイグ・ブルームフィールドが待ち受けていた。
「アーネストさん。大丈夫ですか?調子の方は。」
「脳味噌がミキサーにかけられた気分だ。」
そう言うと、なぜかクレイグは顔をしかめた。
「どうした?」
「いえ、現場はこの奥のベッドルームです。」
クレイグはドアを開き、アーネストを先に入れた。
部屋の中は意外と綺麗で、白い壁とタイルの空間だった。
家具は殆どなく、シンプルな椅子とサイドテーブル、大きな姿見が三角形を描くように置いてあった。
しかし、アーネストは敏感に『その気配』を感じ取っていた。
真っ白な空間の奥、同じく白のドアの向こう。
彼はそのドアの向こうに、この部屋の空間が引き込まれるような錯覚を覚えた。
部屋を横切り、そのドアに近づくほど濃くなる、むせかえるような死のかおり。
ドアノブに手を掛け、静かに引いた。
クレイグが微妙に視線をそらせる。
アーネストが、そのベッドルームで最初に見たものは、『赤』だった。
元々は白かったであろう壁一面に赤がぶちまけられていた。
その壁の下のベッドに、彼女はいた。
アーネストが彼女を見たとき、彼女と目が合った。
彼女はアーネストを見つめていたし、アーネストも彼女の目を見つめる事しか出来なかった。
なぜなら彼女の顔は、その目しかなかったからだ。
口、鼻、瞼、眉といった本来人の顔にあるべきパーツは、肉ごと剥ぎ取られ、どす黒いくぼんだ顔に、目だけが残されていた。
髪は頭皮ごと硫酸のようなもので溶かされ、ヘドロのように頭にこびりついていた。
全てが血の海の中に、形を留めぬまま沈んでいるなか、彼女の青い瞳だけは原形を留め、アーネストを見つめていた。
アーネストは軽い目眩がしてきた。
あまりにも常軌を逸脱している惨状を前に、何が正常で何が異常か分からなくなってきたのだ。
アーネストは一旦ドアに向き直った。
ドアの前にはクレイグが立っていたが、アーネストの顔を見て、道を譲った。
また真っ白な空間に戻ると、彼は目頭をおさえた。
狂気の景色の後で、ひどく目が疲れていた。
しかし逃げることは許されない。
この狂気を受け入れなければいけない。
それが彼の仕事なのだ。
アーネストは軽く首を振り、溜めていた息を吐き出すと、またベッドルームに入っていった。
それからのアーネストが見た光景は、到底文字になど出来るものではなかった。
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