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彼女の名
しおりを挟むアーネストは一通り現場を見た後、鑑識班と入れ替わるように部屋を出た。
様々な機器や道具を運び入れる鑑識班の姿に、ようやく現場の凄惨な風景が現実味を帯びてきた。
クレイグはいつものようにせわしなく手帳をめくりながら、アーネストに被害者の情報を伝えた。
「女の名前はアディ・マヘル。年齢は32歳。市内のアパートに住む看護師です。」
「女は独身か?」
「いえ、まだそこまでは…」
クレイグは、黙って手帳に何か書き出していった。
クレイグ・ブルームフィールドは、書きながら考える男だ。
被害者の身元。交遊関係。犯人像。おおよそ文字にできること全てを紙に書き付け、頭に叩き込む。
そういうスタイルで彼は、多くの事件を解決に導いてきた。
アーネストから見ても、有能な部下であった。
欠点を言うとするならば、その細かすぎる性格で女受けが悪いぐらいだろうか。
しばらくして、鑑識のデイヴィ・マークが二人に近づいてきた。
「デイヴィ。死亡推定時刻は?」
アーネストが問うとデイヴィは話し出した。
「あくまでも推定だが、長くても1、2日ぐらいだろう。しかし詳しくは分からん。」
「珍しいな。お前が弱気なんて。」
「状況が状況だ。遺体の皮膚は小振りのナイフのようなもので剥ぎ取られている。更に手足は切断され、頭頂部は強い酸性の液体で溶かされている。1、2日の誤差に縮められただけでも感謝して欲しいね。」
「そうか。じゃあ、切り取られた手足は?見つかったのか?」
「いいや。まだだ。近くのごみ捨て場か海の中か、はたまたホシの手の中か…。」
デイヴィは軽く頭を掻き、今言えることはこれだけだと言って、話を締めくくって離れていった。
アーネストは、クレイグがメモを取り終えるまでしばらく待ってから言った。
「異常なヤツが居たもんだぜ。まるでアガサ・クリスティかコナン・ドイルだ。」
「ただ、そんな作品に出てくるような名探偵なんて存在しないことが辛いんですけどね。」
「ああ。その通りだ。」
アーネストは苦笑し、すぐさま警察の顔になって言った。
「クレイグ。お前は被害者の身辺を徹底的に洗え。言うまでもないが、慎重にな。ただでさえ最近目新しい事件もなくあえいでいるメディアの事だ。少しでもなにか漏らすと捜査に支障をきたす。俺は本部に報告してくる。何か分かったら…」
「すぐに報告するように。ですね。」
「そうだ。頼んだぞ。」
「了解!」
アーネストはクレイグと別れ、車に乗り込んだ。
そして、またそのアパートを見上げた。
ベッドルームの窓は、ブルーシートで覆われていたが、時々光るカメラのフラッシュは透けて見えていた。
女は最期に何を見たのだろう。
苦痛と恐怖、悲しみに震えながら。
女の顔にぽっかりと浮かんでいた、あの青い瞳が、アーネストの脳裏に焼き付いて離れなかった。
アクセルを踏み込み、アーネストは思った。
女の瞳は、何を伝えようとしたのだろう。
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