コントレイルとちぎれ雲

葉月凛

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「───」

 気まずく鳴り続ける着信音に、英司の眉間に皺が寄る。

「……出たら?」

 ため息をついた英司が、立ち上がって背を向けた。たったそれだけの動作に、薫の胸はまた苦しくなる。英司の背中が窓際に遠ざかると、喉の塊がまた大きくなった。

「……ああ。今から帰る。じゃ」

 ほそぼそと喋る通話が終わると、英司が振り向く前に、薫は全く減っていない麦茶のグラスを持って立ち上がった。

 黙ってキッチンに持って行くと、英司が追ってきた。

「情緒不安定になってんだよ、あいつ。マタニティーブルーてやつ? まぁ、お前には関係ないだろうけど」

 黙って、麦茶をシンクに流す。
 その背に、英司の手が伸びてきた。

「なぁ。そんなにつれなくするなよ、薫──」
「っ、触るな!」

 勢いよく振り返って英司の手を払うと、その弾みで堪えていた涙が零れた。

 英司が、あっ、と息を呑む。
 次の瞬間、薫は英司に抱きしめられていた。

「ごめん! ……薫、ごめん」

 ぎゅっと腕に力を入れられて、懐かしい英司の香りが薫を包む。

「………」

 英司が結婚すると聞いてから、初めて謝られた。 久しぶりの英司の腕の中は、苦しいくらいに懐かしかった。

 もう抵抗する気力もなくて、謝る英司に、ただ抱きしめられていた。

「ごめん……また、連絡する」

 しばらく抱きしめていた英司は、最後にぎゅっと力を入れて、薫を放した。

 俯く薫を置いて、ソファーに投げていた鞄を拾い、玄関に向かう気配がする。

 しばらくして、ドアの開く音が聞こえ──ガチャリと、閉まる音が響いた。

「──っ」

 キッチンのシンクにしがみつく腕が震える。
 ──まだ、こんなに好きだった。

 ひと月経って、新しい環境に身を置いてもう考えない日も増えてきたのに、こんなにあっさりと引き戻される。

 君島英司は、残酷な男だ。

 ソファーの陰に、英司の荷物らしきものが見えた。忘れ物かと見に行くと、土産に持ってきた紙袋だと気付く。

 開けてみると、英司のお気に入りのブランドのマフラーだった。

 去年の冬、ちくちくする肌触りが苦手な薫が英司のマフラーだけは大丈夫で、よく借りて巻いていた。英司は笑って、今度プレゼントすると言って、そのままになっていた。それを覚えていたのだと、すぐに分かった。

 でも、彼はそれを──新婚旅行で、買って来た。

「………」

 薫はマフラーを紙袋に戻すと、クローゼットの隅に入れた。
 玄関の鍵を閉めて、静かなリビングに戻る。

 櫻井の顔が、見たくなった。

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