コントレイルとちぎれ雲

葉月凛

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 あれから櫻井は2度程、事務所を訪れていた。

 先日約束したラーメン屋に誘ってみるものの、『今日はそれより腹が減ってるから』とか『今は和食の気分だな』と、なかなか奢らせてもらえない。

 英司のことを櫻井に相談してみようかと、一瞬考えて、やめた。もう、ひと月も前に終わったことだ。 女々しいと思われたくない。
 櫻井と過ごす時間があることは、ありがたかった。彼といると、自分も前に進めそうな気がする。

 ショッピングセンターで必要な買い物を済ませて、大きな書店で音響についてのマニュアル本を幾つか見ていると、つい時間が経ってしまった。時計を見た薫は、慌てて分かりやすそうな本を選び、自分用に1冊購入する。外に出ると、もう辺りは暗くなりかけていた。

 帰宅ラッシュが始まりかけた電車内をやり過ごし、事務所までの道を急ぐ。
 川沿いに歩いていると、店じまいを始める花屋が見えた。店先に溢れた花々を、店内へと移動している。

「社長、戻ってるかも」 

 ちょっとのんびりしすぎたか、と薫は小走りで花屋の横を通り過ぎ、エレベーターに急いだ。

 4階に着いて事務所のドアノブを捻ると、閉めてきた筈の鍵が、開いていた。やはり、美奈子が戻っているようだ。

 何故か電気をつけていないようで、ブラインドを上げたままの室内は薄暗い。少し不思議に思いながら部屋に入ると、奥の方に人の気配がした。

 数歩進んだ薫は、薄闇の中に佇む人影を認めて──心臓がばくりと跳ねた。

「っ、」

 櫻井が、美奈子を抱きしめている。

 櫻井の胸元に顔を埋めてしがみつく美奈子の背に、彼が両腕を回している。大きな手が美奈子の背を庇うように覆い、小柄な美奈子の体は、櫻井の胸の中にすっぽりと収まっている。

 体中の血液が、ザッと瞬時に頭に上った。
 一瞬、時が止まったかのように立ち竦んだ薫は、無意識に1歩後退った。

 すると薫の気配に気が付いたのか、美奈子の耳の辺りに顔を寄せていた櫻井の頭が、ごそりとこちらを向くように動いた。

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