コントレイルとちぎれ雲

葉月凛

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          ◆

 11月に入ると、秋の気配がより濃く感じられた。

 さらさらと流れる未夏川の水面は、時折色づいた落ち葉を運んでくるようになった。

 見上げる真っ青な空に、ちぎれたような雲がふわふわと浮かんでいた。その間を、ひと筋の飛行機雲が走る。ちぎれたようにふわふわした薫の心を引っ張ってくれていた櫻井に、無性に会いたくなった。

 今日は静かな1日だった。

 薫は今、音響マニュアルを作成中だ。
 美奈子が言うには、今後は音響で入る披露宴が増えていくとのことだった。

 美奈子としては生演奏を推していきたいところだが、時代の流れは如何ともしがたい。
 現に今営業をかけている来年秋オープンのホテルも、披露宴の生演奏をパック売りするつもりはなく、せいぜいがオプションだ。それでも、ラウンジやイベントでの生演奏はもちろん需要があるので、食い込む余地は十分にあるが。

 事務所としては、音響スタッフを育てる今後に備えて分かりやすいマニュアル作りが必須だった。過去に島崎に頼んだことがあるらしいが、出来上がったそれは難解すぎて、美奈子も絵里もさっぱり分からなかったらしい。

 島崎にとって当たり前すぎる仕組みも、彼女らからすると不可解そのものだ。島崎にしてみると、何が分からないのかが分からず、噛み砕き方が分からないのだろう。その点、音響初心者である薫は逆に適任だった。

 レッスンもなく外出もしない今日の美奈子は、昼から防音室にこもってピアノを弾いている。鍵盤楽器はキーボードから入った彼女曰く、ピアノはまだまだ納得のいく腕前ではないのだそうだ。時間ができると、このように防音室で何時間でもピアノを弾いている。

 薫からするとキーボードもピアノも同じように思うのだが、そういう単純な話ではないらしい。

 櫻井音楽事務所に来るようになって、人の演奏を耳にする機会も増えた薫だが、正直なところ上手い下手は分からない。明らかに音が外れたりするとさすがに分かるが、プロの奏者は間違いさえも上手くごまかして弾いてしまうので気が付かない。

 美奈子が『ミスタッチが多い!』と呆れる奏者の演奏を聴いても、どこが間違っているか分からなかったりする。たまに演奏の感想を求められると、いつも言葉に窮する薫だった。

 今日も、櫻井は来なかった。

 6時になり、薫は1人事務所を後にした。

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