85 / 113
85
しおりを挟む
◇
その親友とは、中学生の時に知り合ったらしい。
転校生だった彼が隣の席になったことをきっかけに、気が合った2人の距離はあっという間に縮まった。
高校も櫻井と同じ進学校に進んだ彼だったが、どうしても諦めきれなかった音楽の道に進みたくて、その親友は親の反対を押し切って音大への進学を決めたそうだ。
「あいつは子供の頃からバイオリンをやっていてね。でも親から楽器はもうやめろって言われてて、隠れてこっそり弾いてたんだよ。あいつの部屋で俺が窓見てて、親が帰って来たって教えたら、ヤバッて言いながら『天国と地獄』をすっげぇ早さで弾くんだよ。それがもう、可笑しくて」
思い出したらしい櫻井は、ははっと笑って、やっぱり寂しそうな顔をした。
「美奈子とは、音大で知り合ったそうだ」
4つ年上の美奈子は、1年間の海外留学を経て、当時4年生だった。
親友は、あっという間に恋に落ちたのだそうだ。
高校卒業後は医大に進んだ櫻井とは会う頻度こそ減ったものの、その友情は変わらなかった。
律儀に恋の進捗状況を報告する親友を、櫻井は後押しした。時に美奈子を入れて3人で飲み明かし、つぶれた親友を美奈子が抱えて帰って行くこともあった。
彼の面倒を見る役目は櫻井から美奈子に変わったが、それでも2人は親友だった。
「あいつに病気が見つかったのは、大学4年の時だ」
発覚した時には、もう手遅れだったそうだ。
櫻井は、医学の道に進んでおきながら気付けなかった友の病気に、自分を責めた。何とか助かる方法をと、血眼になっている時──美奈子の妊娠が発覚した。
「美奈子は、もちろん生むと言ったよ。そこに何の迷いもなかった」
子供の存在を知った親友は、激しく動揺したそうだ。その頃にはもう自分の寿命を悟っていた彼は、子供の顔を見ることができない現実を理解していた。
ある日見舞いに訪れた病室で、彼は櫻井に言ったそうだ。
美奈子と結婚してくれ、と。
子供を頼みたい、と。
「あいつは美奈子に執着してた。自分が死んで……誰かが美奈子と一緒になるのは、耐えられなかったんだ」
「……知らなかったの? その人。あんたが、その」
「俺がゲイだって? 知ってたよ。だからだよ。俺なら、美奈子を抱くことはないから」
「っ、」
「自分以外の男が美奈子を抱くことは我慢ならないって、言ったんだ。死んでも死にきれないって」
「そんな、そんなの」
それは──あまりに勝手すぎる。
いくら今際の際の頼みだからって、いや、そんな時だからこそ余計にたちが悪いのではないか。
「……社長は」
「美奈子はもちろん反対したよ、あいつを説得しようとした。一生誰とも結婚しないから、俺を巻き込んじゃだめだって。でも、あいつは納得しなかった。それで、最後には受け入れたんだ……もう、時間もなかったからね」
その親友とは、中学生の時に知り合ったらしい。
転校生だった彼が隣の席になったことをきっかけに、気が合った2人の距離はあっという間に縮まった。
高校も櫻井と同じ進学校に進んだ彼だったが、どうしても諦めきれなかった音楽の道に進みたくて、その親友は親の反対を押し切って音大への進学を決めたそうだ。
「あいつは子供の頃からバイオリンをやっていてね。でも親から楽器はもうやめろって言われてて、隠れてこっそり弾いてたんだよ。あいつの部屋で俺が窓見てて、親が帰って来たって教えたら、ヤバッて言いながら『天国と地獄』をすっげぇ早さで弾くんだよ。それがもう、可笑しくて」
思い出したらしい櫻井は、ははっと笑って、やっぱり寂しそうな顔をした。
「美奈子とは、音大で知り合ったそうだ」
4つ年上の美奈子は、1年間の海外留学を経て、当時4年生だった。
親友は、あっという間に恋に落ちたのだそうだ。
高校卒業後は医大に進んだ櫻井とは会う頻度こそ減ったものの、その友情は変わらなかった。
律儀に恋の進捗状況を報告する親友を、櫻井は後押しした。時に美奈子を入れて3人で飲み明かし、つぶれた親友を美奈子が抱えて帰って行くこともあった。
彼の面倒を見る役目は櫻井から美奈子に変わったが、それでも2人は親友だった。
「あいつに病気が見つかったのは、大学4年の時だ」
発覚した時には、もう手遅れだったそうだ。
櫻井は、医学の道に進んでおきながら気付けなかった友の病気に、自分を責めた。何とか助かる方法をと、血眼になっている時──美奈子の妊娠が発覚した。
「美奈子は、もちろん生むと言ったよ。そこに何の迷いもなかった」
子供の存在を知った親友は、激しく動揺したそうだ。その頃にはもう自分の寿命を悟っていた彼は、子供の顔を見ることができない現実を理解していた。
ある日見舞いに訪れた病室で、彼は櫻井に言ったそうだ。
美奈子と結婚してくれ、と。
子供を頼みたい、と。
「あいつは美奈子に執着してた。自分が死んで……誰かが美奈子と一緒になるのは、耐えられなかったんだ」
「……知らなかったの? その人。あんたが、その」
「俺がゲイだって? 知ってたよ。だからだよ。俺なら、美奈子を抱くことはないから」
「っ、」
「自分以外の男が美奈子を抱くことは我慢ならないって、言ったんだ。死んでも死にきれないって」
「そんな、そんなの」
それは──あまりに勝手すぎる。
いくら今際の際の頼みだからって、いや、そんな時だからこそ余計にたちが悪いのではないか。
「……社長は」
「美奈子はもちろん反対したよ、あいつを説得しようとした。一生誰とも結婚しないから、俺を巻き込んじゃだめだって。でも、あいつは納得しなかった。それで、最後には受け入れたんだ……もう、時間もなかったからね」
0
あなたにおすすめの小説
僕と教授の秘密の遊び (終)
325号室の住人
BL
10年前、魔法学園の卒業式でやらかした元第二王子は、父親の魔法で二度と女遊びができない身体にされてしまった。
学生達が校内にいる時間帯には加齢魔法で老人姿の教授に、終業時間から翌朝の始業時間までは本来の容姿で居られるけれど陰茎は短く子種は出せない。
そんな教授の元に通うのは、教授がそんな魔法を掛けられる原因となった《過去のやらかし》である…
婚約破棄→王位継承権剥奪→新しい婚約発表と破局→王立学園(共学)に勤めて生徒の保護者である未亡人と致したのがバレて子種の出せない体にされる→美人局に引っかかって破産→加齢魔法で生徒を相手にしている時間帯のみ老人になり、貴族向けの魔法学院(全寮制男子校)に教授として勤める←今ここ を、全て見てきたと豪語する男爵子息。
卒業後も彼は自分が仕える伯爵家子息に付き添っては教授の元を訪れていた。
そんな彼と教授とのとある午後の話。
邪神の祭壇へ無垢な筋肉を生贄として捧ぐ
零
BL
鍛えられた肉体、高潔な魂――
それは選ばれし“供物”の条件。
山奥の男子校「平坂学園」で、新任教師・高尾雄一は静かに歪み始める。
見えない視線、執着する生徒、触れられる肉体。
誇り高き男は、何に屈し、何に縋るのか。
心と肉体が削がれていく“儀式”が、いま始まる。
Take On Me
マン太
BL
親父の借金を返済するため、ヤクザの若頭、岳(たける)の元でハウスキーパーとして働く事になった大和(やまと)。
初めは乗り気でなかったが、持ち前の前向きな性格により、次第に力を発揮していく。
岳とも次第に打ち解ける様になり…。
軽いノリのお話しを目指しています。
※BLに分類していますが軽めです。
※他サイトへも掲載しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる