コントレイルとちぎれ雲

葉月凛

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 今朝、ホテルの支配人から報告の電話を受けた美奈子は、寝耳に水だった。

『え? 相川が、ですか? ブルームーンで? え?』

 相川が音響で入ったホテル・メルローズのバーラウンジ・ブルームーンは、演奏者の質が高いことで有名だ。ここ1年は眼鏡にかなう者がいなかったのか奏者を入れていなかったが、以前は櫻井音楽事務所からも何人かオーディションを受け、ことごとく落ちたと聞いている。

 ブルームーンがまた奏者を置くことも聞いていなければ、自分のあずかり知らぬところで進んでいる話に、美奈子は驚いた。

 支配人との通話を切った美奈子は、その手で相川に電話をかけ、今に至る。

 いつも些細なことでも報告してくる相川にしては珍しいが、きっと何か事情があるのだろうと、薫はあまり心配していない。
 
 それでも、あいつは何をやっているんだと肩を竦めつつ、時計を見る。10時をまわった。

 ──櫻井は本当に帰って来るのだろうか?
 普段通りの事務所で、苛々はしているもののある意味普段通りの美奈子に、あのメッセージは見間違いかとさえ思う。

「遅い! いつまで寝てんのよっ!」

 やっと、相川が電話に出たようだ。

「あんたねぇ、勝手にオーディション受けてんじゃないわよっ」

 美奈子は思ったことをはっきりと言うタイプだ。それでいて、サバサバとして嫌味な感じがない。おそらくこの事務所の3人の中では一番、男前な性格だ。

「まぁ、受かったからいいんだけどね!」

 美奈子が興奮しているのは、相川が勝手にオーディションを受けたことより、あのブルームーンに自分のところの奏者が入ることの方がはるかに大きいようだ。

「あんたねぇ、怖気づいてんじゃないわよっ。あそこで弾けるってことがどんなにすごいことか分かってんの? 絶対に落とすんじゃないわよ! 寝てる暇があったらピアノ練習しなさいピアノ! じゃ、そういうことで」

 12月は試用期間でまだ本決まりではないらしく、どうやら今さら弱気になっている相川に容赦のない発破をかけて、通話は終わった。

 状況はよく分からないが、本人は軽い気持ちで1曲弾いたら、実はそれがオーディションだったらしい。
 それにしても、そんなレベルの高いラウンジのオーディションに一発で受かるとは、相川のピアノの腕は相当なものなのだろう。改めて、可愛い後輩を見直す薫だった。

 時計を見る。 10時半。 
 櫻井は、もう日本にいるのだろうか。

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