ブライダル・ラプソディー

葉月凛

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 そんな折、わずか2年足らずで勤めた会社が倒産してしまい職を失った奈津は、本城の口利きでまた演奏の仕事をするようになる。

『焦らず次の就職先を探せばいい』と言ってくれ、レギュラーの演奏先をいくつか世話してもらえたので、しばらくはそれで生活ができたのだった。

 しかしそれも長くは続かず、ある時、レギュラーで弾きに行っていたラウンジ会場の仕事が立て続けになくなってしまった。不景気の昨今、経費削減の矛先はピアノの生演奏にも向けられる。いや、真っ先に向けられるのかもしれない。

 ちょうどその頃、櫻井音楽事務所では新たにフューネラル事業に進出することが決まった。本城がその窓口として動くことになり、ブライダルのフォロー要員として奈津に正社員の話が巡ってきたことは、ありがたいタイミングだった。

 フューネラル──葬儀。
 婚礼とは対極にあるイベントのように思うが、両方扱う事務所は少なくない。でも、やはり線引きは必要だろうということで、ゆくゆくはフューネラルを本城が、ブライダルを奈津が、それぞれ担当する予定だ。

 櫻井音楽事務所の中でも、フューネラル部門は『さくら企画』の名称で、司会と演奏を請け負うことが決まっている。ただ、具体的なフューネラルの始動は来年からなので、今は奈津の育成が本城の主な仕事だった。

 奈津のピアノの腕を気に入った代表の櫻井に比べて、本城は内面を重視している。自分ではよく分からないが、奈津の素直な性格と資質の良さ(?)を見込んでくれたらしく、自身の後任に推してくれたのも彼だと聞いている。ブライダル未経験の奈津は初めこそ戸惑ったものの、本城に助けられながら、今ではやりがいを持って仕事に取り組んでいるのだった。

「お前が休むなんて珍しいからな。この前の披露宴で、てっきり何かやらかしたのかと思ったよ」

 本城が、冗談まじりに笑う。

「っ、いえ、失敗という程のものはその、していません。……と、思うんですけど、タイミング的な、その」

 最後はゴニョゴニョと付け加える。やらかした、という程ではないにしろ、注意を受けたことには違いない。

「ああ、分かってるって。成瀬さんが言ってたよ、お前はよくやってるってな。あの人がそんなこと言うの、珍しいからなぁ」

 本城はくすりと笑いながら、しみじみと奈津を眺めた。

「これからもよろしく頼むよ。メルマリーは、お前に任せるから」
「………」

 本城に肩をポンと叩かれて、奈津は黙ったまま俯いた。

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