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男性衣装室のドアの前で、奈津は深呼吸していた。
(やだな……まさか、2人っきりにならないよな? 誰か、衣装室の人がいるよな……)
話し声など全く聞こえない部屋の前で、奈津は祈りながら、ドアを軽くノックする。
「すみません、成瀬さんいらっしゃいますか? 音響の相川です」
「──どうぞ」
しばらくして、成瀬の声が聞こえた。思い切ってドアを開ける。
「失礼します」
1歩入ると、大きな鏡の前に立っていた成瀬が、少し驚いたような顔で振り返るようにこちらを見ていた。
「──本当に相川か。どうした?」
成瀬の着替えはほとんど終わっていて、先程まで身につけていたオフホワイトのタキシードは、側のマネキンハンガーにきれいに着せ掛けてあった。いつもの仕事用のシャツに袖を通して、胸のボタンに手を掛けている。
「っ、」
……成瀬の他には、誰もいない。
衣装室のスタッフは新婦のドレスの後処理に掛かり切りなのだろうと、今更ながら思い至るが、開けてしまったものは仕方がない。奈津が思い切って更に1歩部屋の中に入ると、ドアが後ろで静かに閉まった。
「あ、あの、本城からこの書類を。今日の曲目リストと別件で見積書も入っています」
思わず目が泳ぎながら早口で告げる奈津に、成瀬は気付かない様子で鏡に目線を戻した。
「ああ、ありがとう。そこに置いておいてくれ。本城さんは? 帰ったのか?」
そこ、と指されたところに歩み寄るために靴を脱いで上がる。衣装室は土足厳禁だ。
「はい、すみません。急用ができてしまって……成瀬さんによろしく伝えてくださいとのことでした」
「そうか」
成瀬は鏡越しに、奈津にちらりと視線を送った。
「──そうだ。先月末の披露宴、覚えてるだろ? お前に何度も打ち合わせに来てもらった」
「はい、もちろん覚えてます」
「あの2人、昨日来たんだ。挨拶に」
「そうなんですか」
「ああ。それで」
成瀬が、鏡越しにゆるく口角を上げる。
「2人共、『音響の相川さんにくれぐれもお礼言っておいてください』って言ってたよ。すげぇ喜んでた」
「え、本当ですか? それは良かったです!」
奈津は、パッと笑顔になった。褒められると、素直に嬉しい。
(やだな……まさか、2人っきりにならないよな? 誰か、衣装室の人がいるよな……)
話し声など全く聞こえない部屋の前で、奈津は祈りながら、ドアを軽くノックする。
「すみません、成瀬さんいらっしゃいますか? 音響の相川です」
「──どうぞ」
しばらくして、成瀬の声が聞こえた。思い切ってドアを開ける。
「失礼します」
1歩入ると、大きな鏡の前に立っていた成瀬が、少し驚いたような顔で振り返るようにこちらを見ていた。
「──本当に相川か。どうした?」
成瀬の着替えはほとんど終わっていて、先程まで身につけていたオフホワイトのタキシードは、側のマネキンハンガーにきれいに着せ掛けてあった。いつもの仕事用のシャツに袖を通して、胸のボタンに手を掛けている。
「っ、」
……成瀬の他には、誰もいない。
衣装室のスタッフは新婦のドレスの後処理に掛かり切りなのだろうと、今更ながら思い至るが、開けてしまったものは仕方がない。奈津が思い切って更に1歩部屋の中に入ると、ドアが後ろで静かに閉まった。
「あ、あの、本城からこの書類を。今日の曲目リストと別件で見積書も入っています」
思わず目が泳ぎながら早口で告げる奈津に、成瀬は気付かない様子で鏡に目線を戻した。
「ああ、ありがとう。そこに置いておいてくれ。本城さんは? 帰ったのか?」
そこ、と指されたところに歩み寄るために靴を脱いで上がる。衣装室は土足厳禁だ。
「はい、すみません。急用ができてしまって……成瀬さんによろしく伝えてくださいとのことでした」
「そうか」
成瀬は鏡越しに、奈津にちらりと視線を送った。
「──そうだ。先月末の披露宴、覚えてるだろ? お前に何度も打ち合わせに来てもらった」
「はい、もちろん覚えてます」
「あの2人、昨日来たんだ。挨拶に」
「そうなんですか」
「ああ。それで」
成瀬が、鏡越しにゆるく口角を上げる。
「2人共、『音響の相川さんにくれぐれもお礼言っておいてください』って言ってたよ。すげぇ喜んでた」
「え、本当ですか? それは良かったです!」
奈津は、パッと笑顔になった。褒められると、素直に嬉しい。
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