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「お待たせして、すみません! 高嶺は所用で出ておりまして、私は副支配人の柳田と申します」
「初めまして、櫻井音楽事務所、代表の櫻井です」
少し時間に遅れてやって来た柳田は、50歳を過ぎたくらいの小太りの男性で、にこにこと愛想が良かった。櫻井もそれに倣うように、にっこりと笑顔を浮かべながら挨拶を交わす。
「マネージャーの本城と、音響の相川です」
櫻井に紹介され、それぞれが柳田と名刺を交わすと、促されて全員が席に着いた。
ホテル・メルローズの応接室は少しひんやりとしていて、革張りのソファが冷たく感じた。そのせいなのか……奈津は何となく、居心地が悪かった。
「ああ、貴方が相川さんですか。支配人から聞いていますよ、何でもメルマリーの成瀬チーフお墨付きの音響さんだって。そんな人に来てもらえると、嬉しいですね」
柳田は、にこにこと奈津を褒めた。
奈津は驚いて目を見開く。
「えっ、あの、」
「ありがとうございます! 相川も、まだまだこれからなんですけどね。ご期待に添えるよう、がんばりますので。ね?」
「っ、はい、もちろんです……」
うっかり漏らしそうになった弱気な発言を遮るような櫻井のフォローに、奈津は気を取り直して何とか頷いた。
「よろしくお願いしますね」
そんな奈津に柳田はにこにこと頷いて、持参したファイルから書類を取り出し、櫻井に向き直って約款の説明に入った。
──やっぱり、おかしい。
奈津は昨日の晩、成瀬にメッセージを入れた。
『来月から、メルローズの音響に入ることになりました。成瀬さんからお口添えいただいたのでしょうか。ありがとうございます』
すると、間髪入れずに電話が掛かってきたのだ。成瀬はかなり驚いた様子だった。
『櫻井さん、本店に入るのか? 来月から? それは急な話だな……お前は、行かないよな?』
『いえ、おそらく僕が行くことになると思うんですけど』
『は? 何で? 他の奴に行かせればいいだろう』
『でも、自社の系列で慣れてる人がいいらしくて……』
『そんなの、他にもいるだろう! 本城さんだっているじゃないか』
『でっ、でも! 僕に、来て欲しいってっ』
『はぁ? 誰がっ』
『支配人の、高嶺さんが!』
『……高嶺さん?』
『高嶺さんがそう言ったって、うちの社長が言ってました』
『………』
『あの、成瀬さん?』
『……お前、高嶺さんに会ったのか?』
『え? いえ、会ったことないですけど……あの、成瀬さんが僕のことを推薦してくれたんじゃないんですか?』
『何でわざわざお前を本店に渡すようなこと、俺がするんだよ。お前はうちで仕事したくないのか』
『そんな訳ないじゃないですか。あれ? じゃあ、何で僕なんでしょうね?』
『……分かった。こっちから本店に聞いておく。……大きな声出して、悪かったな』
結局、それ以上のことは何も分からないまま、電話は切れた。
でも、成瀬の推薦でないことは確かだ。推薦されていなくて喜ぶのも変な話だが、その事実に奈津は少しほっとしたのだった。
「お待たせして、すみません! 高嶺は所用で出ておりまして、私は副支配人の柳田と申します」
「初めまして、櫻井音楽事務所、代表の櫻井です」
少し時間に遅れてやって来た柳田は、50歳を過ぎたくらいの小太りの男性で、にこにこと愛想が良かった。櫻井もそれに倣うように、にっこりと笑顔を浮かべながら挨拶を交わす。
「マネージャーの本城と、音響の相川です」
櫻井に紹介され、それぞれが柳田と名刺を交わすと、促されて全員が席に着いた。
ホテル・メルローズの応接室は少しひんやりとしていて、革張りのソファが冷たく感じた。そのせいなのか……奈津は何となく、居心地が悪かった。
「ああ、貴方が相川さんですか。支配人から聞いていますよ、何でもメルマリーの成瀬チーフお墨付きの音響さんだって。そんな人に来てもらえると、嬉しいですね」
柳田は、にこにこと奈津を褒めた。
奈津は驚いて目を見開く。
「えっ、あの、」
「ありがとうございます! 相川も、まだまだこれからなんですけどね。ご期待に添えるよう、がんばりますので。ね?」
「っ、はい、もちろんです……」
うっかり漏らしそうになった弱気な発言を遮るような櫻井のフォローに、奈津は気を取り直して何とか頷いた。
「よろしくお願いしますね」
そんな奈津に柳田はにこにこと頷いて、持参したファイルから書類を取り出し、櫻井に向き直って約款の説明に入った。
──やっぱり、おかしい。
奈津は昨日の晩、成瀬にメッセージを入れた。
『来月から、メルローズの音響に入ることになりました。成瀬さんからお口添えいただいたのでしょうか。ありがとうございます』
すると、間髪入れずに電話が掛かってきたのだ。成瀬はかなり驚いた様子だった。
『櫻井さん、本店に入るのか? 来月から? それは急な話だな……お前は、行かないよな?』
『いえ、おそらく僕が行くことになると思うんですけど』
『は? 何で? 他の奴に行かせればいいだろう』
『でも、自社の系列で慣れてる人がいいらしくて……』
『そんなの、他にもいるだろう! 本城さんだっているじゃないか』
『でっ、でも! 僕に、来て欲しいってっ』
『はぁ? 誰がっ』
『支配人の、高嶺さんが!』
『……高嶺さん?』
『高嶺さんがそう言ったって、うちの社長が言ってました』
『………』
『あの、成瀬さん?』
『……お前、高嶺さんに会ったのか?』
『え? いえ、会ったことないですけど……あの、成瀬さんが僕のことを推薦してくれたんじゃないんですか?』
『何でわざわざお前を本店に渡すようなこと、俺がするんだよ。お前はうちで仕事したくないのか』
『そんな訳ないじゃないですか。あれ? じゃあ、何で僕なんでしょうね?』
『……分かった。こっちから本店に聞いておく。……大きな声出して、悪かったな』
結局、それ以上のことは何も分からないまま、電話は切れた。
でも、成瀬の推薦でないことは確かだ。推薦されていなくて喜ぶのも変な話だが、その事実に奈津は少しほっとしたのだった。
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