ブライダル・ラプソディー

葉月凛

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「──プレッシャーだよな。初めは俺も一緒に行くから。まぁ、初っぱなからメルマリーと被ってたら難しいけど」

 黙りこくった奈津に、本城が優しく声を掛けた。顔を上げた奈津が、何か言おうと口を開くと、

「あっ! やだ、こんな時間!」

 壁の時計を見た櫻井が、勢いよく立ち上がった。

「あとね、明日、契約でメルローズに行くから。会場も見せてくれるっていうから、2人とも来てちょうだいね。本城くん、ミキサーの写真、撮っておいて。10時の約束だから……9時45分に、現地集合で。メルローズ、分かるわね?」
「あ、はい……」

 ばたばたと出掛ける準備をしながら、櫻井が時計を気にしている。

「裏口よ、裏口! 正面から行くとちょうど反対側らしいから、回ってね。今日は直帰するから、あとよろしく。あ、そのお菓子、食べ切ってね! 置いとけないから。じゃ、行ってきます!」
「……行ってらっしゃい」

 言いたいことを捲し立てて、櫻井は風のように出て行った。

 彼女は、いつもこんな調子だ。
 言いたいことははっきり言うが、サバサバしていて嫌味なところは全くない。

 それに比べて、奈津はどうでもいいようなことをうじうじと悩んでしまうタイプだし、本城は意外と根に持つタイプで、昔のことをぐずぐずと引きずるところがある。

 この3人の中では、櫻井が一番男らしい(?)性格かもしれない。

「……そんな顔するなって。大丈夫だから」

 本城が、せっせとお菓子を消費しながら、奈津に声を掛ける。奈津と同じで、結構な甘い物好きだ。

「いえ、本当に、何で僕なのかなって……成瀬さんに、特に褒められたこともないと思うんですけど」

 それは、悲しいけれど事実だった。成瀬は自分に対しても、決して甘くない。

「お前はよくやってるよ。成瀬さんも、ちゃんと見てるってことだろう」
「そうでしょうか……」
「お前なぁ、落ち込むなよ! 指名されたんだぞ? 喜べって」
「……はい」

 苦笑いする本城に手渡されたお菓子の包みを開けながら、奈津は力なく頷いた。

 音響の仕事で指名されるのは初めてのことだから、ありがたい気持ちは当然ある。それでもやっぱり腑に落ちなくて、あとで成瀬に聞いてみよう、と思ったのだった。

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