ブライダル・ラプソディー

葉月凛

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          ◇

 ぬるめに張った湯は、乳白色に濁っていた。

「薬湯なんだ。傷とか打ち身にいいらしい。沁みるか?」
「大丈夫……」

 入った時はところどころ沁みたのだが、すぐに慣れて痛みは消えた。

 ただ、浴室に入る際、改めて見た自分の体には驚いた。あちこちに、噛み付かれた跡があったのだ。自分はこんなことまで成瀬にねだったのかと、顔を伏せる奈津を横目で見た成瀬は、けろりといった。

「あ、悪い。お前が噛めと言ったのは乳首だけだったんだが、止まらなくなった」
「………」

 血が滲む程噛み付かなくても良さそうなものだが……奈津は湯船に浸かりながら、無言でいちばん酷く跡のついている太ももの内側を、湯の中でそっと撫でたのだった。

 体の痛みはさることながら、ひとしきり泣いた瞼が腫れぼったい。──でも、心は少しだけ楽になった。

「ほら、こっちに来い」

 バスタブの中で、背中から抱きかかえられるように座らされ、肩から腕を回される。タオルを湯に浸すと、体にそっと当てていった。

「寒くないか?」
「いえ、ちょうどいいです」

 成瀬がゆっくりと、奈津の首筋にタオルを滑らせる。

「──話があるんだ」

 静かな、ゆっくりとした口調は、それでいて成瀬の緊張が伝わるようだった。

「昔……高嶺さんと、付き合ってた」

 ぴくりと揺れた奈津の体を、成瀬がそっと抱きしめた。

 そうかもしれないと、思っていた。高嶺は成瀬を名前で呼ぶし……自分のもののようにも、話していた。

「隠すつもりはなかったんだが、何て言ったらいいか、分からなくてな。……いや、違うな。お前に知られて、嫌われたくなかっただけだ」
「………」
「メルマリーができる前だから、もう3年近く前のことだよ」

 俯く奈津の首筋を、温かいタオルが滑ってゆく。

「あの人は感情の分かりにくい人でな……初めは目を掛けてくれてる、くらいに思っていたんだ。よく飲みに行くようになって、2人で会う回数も増えて、そのうち親密になって……ある時、香坂を連れてきた」
「香坂さん? 香坂さんて、その……支配人の……?」

 昨夜、あの部屋の前に立っていた香坂を思い出す。

「あの2人の関係は、どう言ったらいいのか……でも、そうだな。恋人って言っていいんだと思う。あの人は、香坂を交えて、俺と3人で……」
「え」

 奈津は、身を固くした。

「──まさか」
「あの人は、自分の大切なものを誰かと共有することが、最大の愛情表現だと思ってるんだ。それで、香坂を、俺と共有した。一度や二度じゃない」

 奈津は、息を呑んだ。

『あと1人、来るから』

 あの時の、高嶺の声が蘇る。

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