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第一章 勇者の聖剣が呪われてた
洞窟の魔物
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大型魔術二輪が停まったのは鬱蒼とした林の一角であった。
林の奥には小さな洞窟。今日は洞窟に縁のある日だなぁ、なんて現実逃避気味のミズイロである。
「何か臭くないですか?」
ちなみにミズイロは鼻がいい。それは細かな配合が多い薬師をしていて培われた物で、臭いで相手の気持ちを読み取ったり隙が見えたりは、当然しない。ただ嗅覚がいいだけだ。アズラルトも風の臭いを嗅いでみたようだが、黙って首を振った。わからなかったようだ。
「何か……腐ったような……」
この不快な腐臭が伝わらないなんて。ただミズイロの鼻でさえうっすら感じる程度の腐臭を嗅覚は常人のアズラルトが感じるのは現状不可能だろう。
この腐臭の出所が目の前の洞窟じゃないといいなぁ、と思うけれど十中八九洞窟から漂っている。
「……行くぞ」
「うぅ……はい……」
行きたくない、が本音のミズイロではあるが連れ去られた町娘を放置は出来ない。泣く泣くアズラルトの服の裾を握ってついて行く。本当は禁域の洞窟みたいに目を瞑っていたいくらいだ。けれど、ミズイロの命大事に根性がここは危険だと全力で叫んでいるから目を瞑って歩くなんて危険な真似は出来ない。
それに未だ剣の腕前を見せてくれないアズラルトではあるけれど、今この場で絶対的戦力はアズラルトなのだ。彼の足を引っ張るとそれ即ち自分自身の危機である。そんなわけでミズイロは命綱代わりにアズラルトの服の裾をつかんで歩く。
洞窟の中は夜というのも相まって足元すら見えない暗闇だ。アズラルトが点けた頭部式魔術光源の明かりしか光源のない中、アズラルトは慎重に、ミズイロはおっかなびっくり進む。腐臭はいよいよ誤魔化しの利かない程になってきて、流石のアズラルトも一旦足を止めた。
「くっせぇ……」
敢えて言わないけれど。これは恐らく魔物の残した“残飯”の臭いなのではないか。早くしないとあの少女が“残飯”の仲間入りをしてしまう。手遅れになっていない事を祈りつつ、あまりの臭気に鼻を布で覆った二人がまたそろり、と足を踏み出した瞬間ーー
「王子様!!!」
命大事に根性で野性的な勘が働いたミズイロがアズラルトの背に飛びついて地面に倒すと同時に、頭上をブン、と大きな物が風を切って通り過ぎる音がした。
背中のミズイロを弾き飛ばし起き上がり様振り返ったアズラルトの目には巨大出刃包丁を振りかざす大きな体躯が映る。
でっぷりと突き出た腹。
大きな牙は二重に連なり、ボタボタと涎がたれ流れている。
立派な牙があるのに手には東洋のどこかの国で使いそうな出刃包丁を握りしめ、しかもご丁寧に変色した何かがこびりついている。
暗闇で正確な色はわからないがその肌は緑、だろうか。
白目の全くない空洞のような真っ黒な目が二人をねめつけていた。
「ひ……っ」
ミズイロは上げかけた悲鳴を飲み込んだ。
ホラーにおいての鉄則はいくつかある。自分だけ助かろうとしない事。いちゃつかない事。迷信だと馬鹿にしない事。物音の後猫ーー犬、友人バージョンもあるーーを見つけた時ほど周りに用心する事。そしてむやみやたらに悲鳴を上げない事だ。
最もそれはホラーにおいての鉄則であり、魔物相手には何の意味もなかったのだけれど。
魔物はテリトリーに入って来た邪魔者を排除しに来たようで、攻撃に一切の慈悲もない。魔物だから当然か。
その魔物が道具を使う事は珍しい事ではない。魔物学者曰く、人間が武器を振るう姿を見て真似ているのか、使って見たら意外と良くて気に入ったのか、と言ったところらしい。
少なくとも何かがこびりついたその刃は錆び付き一思いに一刀両断、とはならないだろう。
「ひぎゃーーーー!!!」
結局悲鳴を上げても上げなくても攻撃される事に変わりはないと悟ったミズイロは遠慮なく悲鳴をあげた。
「逃げてないで戦え!!!」
そんな事言われても!と言い返したかったけれど。
「洞窟に住んでるなら闇属性だろ!魔法の詠唱に入るからフォローしろ!」
そう言われたら、はい、と言うしかないだろう。
魔物との戦いにおいて弱点属性を知っておくことは重要である。もちろん剣を使い物理でごり押しする事は可能だ。稀にいる物理無効の敵以外はごり押しで何とかいけてしまうのである。
しかし敵の弱点属性である魔法を使う事で敵の体力を一気に削ぐことができる。そうすれば戦いを優位で進める事が出来、こちらの体力をそこまで消費せずに勝利する事が出来るのだ。
ミズイロも魔法を使う事は出来るのだけれど、このパニック状態で正確に発動させる程の精神力は持ち合わせていない。
だったら聖剣の力を借りて戦いつつアズラルトの魔法を待つ方が早い。
脳内会議でそう結論が出た為ミズイロは聖剣を抜いた。途端にミズイロの気配はガラリと変わる。泣き虫弱虫が歴戦の猛者のような闘気を放つのである。
何度見ても信じられない光景に困惑しつつもアズラルトはブツブツと詠唱に入った。
どの属性の魔法もそれなりに使えるアズラルトではあるが、光魔法は実は苦手なタイプである。得意な属性は火であり、火属性の魔法なら高位魔法ですら詠唱なしでぶっ放す事が出来るのに。
苦手な属性の魔法でさえ習得している所が真面目で可愛い、とは彼の兄の談である。
林の奥には小さな洞窟。今日は洞窟に縁のある日だなぁ、なんて現実逃避気味のミズイロである。
「何か臭くないですか?」
ちなみにミズイロは鼻がいい。それは細かな配合が多い薬師をしていて培われた物で、臭いで相手の気持ちを読み取ったり隙が見えたりは、当然しない。ただ嗅覚がいいだけだ。アズラルトも風の臭いを嗅いでみたようだが、黙って首を振った。わからなかったようだ。
「何か……腐ったような……」
この不快な腐臭が伝わらないなんて。ただミズイロの鼻でさえうっすら感じる程度の腐臭を嗅覚は常人のアズラルトが感じるのは現状不可能だろう。
この腐臭の出所が目の前の洞窟じゃないといいなぁ、と思うけれど十中八九洞窟から漂っている。
「……行くぞ」
「うぅ……はい……」
行きたくない、が本音のミズイロではあるが連れ去られた町娘を放置は出来ない。泣く泣くアズラルトの服の裾を握ってついて行く。本当は禁域の洞窟みたいに目を瞑っていたいくらいだ。けれど、ミズイロの命大事に根性がここは危険だと全力で叫んでいるから目を瞑って歩くなんて危険な真似は出来ない。
それに未だ剣の腕前を見せてくれないアズラルトではあるけれど、今この場で絶対的戦力はアズラルトなのだ。彼の足を引っ張るとそれ即ち自分自身の危機である。そんなわけでミズイロは命綱代わりにアズラルトの服の裾をつかんで歩く。
洞窟の中は夜というのも相まって足元すら見えない暗闇だ。アズラルトが点けた頭部式魔術光源の明かりしか光源のない中、アズラルトは慎重に、ミズイロはおっかなびっくり進む。腐臭はいよいよ誤魔化しの利かない程になってきて、流石のアズラルトも一旦足を止めた。
「くっせぇ……」
敢えて言わないけれど。これは恐らく魔物の残した“残飯”の臭いなのではないか。早くしないとあの少女が“残飯”の仲間入りをしてしまう。手遅れになっていない事を祈りつつ、あまりの臭気に鼻を布で覆った二人がまたそろり、と足を踏み出した瞬間ーー
「王子様!!!」
命大事に根性で野性的な勘が働いたミズイロがアズラルトの背に飛びついて地面に倒すと同時に、頭上をブン、と大きな物が風を切って通り過ぎる音がした。
背中のミズイロを弾き飛ばし起き上がり様振り返ったアズラルトの目には巨大出刃包丁を振りかざす大きな体躯が映る。
でっぷりと突き出た腹。
大きな牙は二重に連なり、ボタボタと涎がたれ流れている。
立派な牙があるのに手には東洋のどこかの国で使いそうな出刃包丁を握りしめ、しかもご丁寧に変色した何かがこびりついている。
暗闇で正確な色はわからないがその肌は緑、だろうか。
白目の全くない空洞のような真っ黒な目が二人をねめつけていた。
「ひ……っ」
ミズイロは上げかけた悲鳴を飲み込んだ。
ホラーにおいての鉄則はいくつかある。自分だけ助かろうとしない事。いちゃつかない事。迷信だと馬鹿にしない事。物音の後猫ーー犬、友人バージョンもあるーーを見つけた時ほど周りに用心する事。そしてむやみやたらに悲鳴を上げない事だ。
最もそれはホラーにおいての鉄則であり、魔物相手には何の意味もなかったのだけれど。
魔物はテリトリーに入って来た邪魔者を排除しに来たようで、攻撃に一切の慈悲もない。魔物だから当然か。
その魔物が道具を使う事は珍しい事ではない。魔物学者曰く、人間が武器を振るう姿を見て真似ているのか、使って見たら意外と良くて気に入ったのか、と言ったところらしい。
少なくとも何かがこびりついたその刃は錆び付き一思いに一刀両断、とはならないだろう。
「ひぎゃーーーー!!!」
結局悲鳴を上げても上げなくても攻撃される事に変わりはないと悟ったミズイロは遠慮なく悲鳴をあげた。
「逃げてないで戦え!!!」
そんな事言われても!と言い返したかったけれど。
「洞窟に住んでるなら闇属性だろ!魔法の詠唱に入るからフォローしろ!」
そう言われたら、はい、と言うしかないだろう。
魔物との戦いにおいて弱点属性を知っておくことは重要である。もちろん剣を使い物理でごり押しする事は可能だ。稀にいる物理無効の敵以外はごり押しで何とかいけてしまうのである。
しかし敵の弱点属性である魔法を使う事で敵の体力を一気に削ぐことができる。そうすれば戦いを優位で進める事が出来、こちらの体力をそこまで消費せずに勝利する事が出来るのだ。
ミズイロも魔法を使う事は出来るのだけれど、このパニック状態で正確に発動させる程の精神力は持ち合わせていない。
だったら聖剣の力を借りて戦いつつアズラルトの魔法を待つ方が早い。
脳内会議でそう結論が出た為ミズイロは聖剣を抜いた。途端にミズイロの気配はガラリと変わる。泣き虫弱虫が歴戦の猛者のような闘気を放つのである。
何度見ても信じられない光景に困惑しつつもアズラルトはブツブツと詠唱に入った。
どの属性の魔法もそれなりに使えるアズラルトではあるが、光魔法は実は苦手なタイプである。得意な属性は火であり、火属性の魔法なら高位魔法ですら詠唱なしでぶっ放す事が出来るのに。
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