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第一章 勇者の聖剣が呪われてた
ゴリラの弱点
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鼻血の海から無事生還したアナスタシアンはミズイロとアズラルトを引き連れ、足場ギリギリまで来ていた。
「ここは遺跡よ。こういうギミックはお約束じゃないの」
ほら、と足元に溜まった砂を一掴みして投げればほとんどが底の見えない穴に落ちていったけれど、一部が空中で止まる。砂が浮いている場所にもう一掴み投げればそれはまたもその場に留まった。見えない足場があるのだ。
しかし見えないという事はそれが向こう岸まで続いているかわからないという事で。ミズイロは早くも膝をがくがくと震わせている。
「と、途中で道がなくなったりしませんか……?」
「それは行ってみないとわからないわねぇ」
なら帰ります!と叫びかけたその柔らかな唇にアナスタシアンの細い指が当たる。
指だけ見ればなるほど、確かに彼女は王女である、と言いたくなるような滑らかさである。白く細い形の良い指と桜色の爪。その指でミズイロのふっくら艶やかな唇をつついて……。
「やだわ、ミィちゃん。貴方唇のケア何してるの?どうしてこんなプルプルになるの?」
「何もしてませんんん!」
「嘘よ!このプルプル具合……!この弾力!この血色!!何かお手入れをしている筈よ……!!!」
アズラルトは思った。年の差じゃね、と。しかしゴリラが怖いので黙っておく。
そもそもとある世界では男女問わずお肌のお手入れをする時代になったというが、この世界では王族であるアズラルトであれば化粧水と乳液で侍従たちにお手入れされるけれど一般人のミズイロであれば固形石鹸でがしがし洗う程度の世界だ。薬師のミズイロは独自にクリームを作って塗ってはいたがそれもそこら辺の薬草をクリーム状にしただけで特別な物ではなかった。つまりは本人の肌の力である。唇がプルプルなのも同様だ。妬ましい。
「お、王女様、早く先に進みましょう……!!」
道が途切れる恐怖よりアナスタシアンの追及に恐れをなしたミズイロが話をもとに戻した。
「そうね。これから一緒に旅をするんだからいつでも訊けるものね」
半泣きのミズイロがアズラルトの服を掴む。もちろん助けを求めてである。アズラルトは虚無の表情のままだったのでミズイロは絶望に打ちひしがれた。アナスタシアンは躱せない。丸腰で野生動物に目をつけられたら余程の幸運、もしくは正しい知識がない限り逃げられない。
「さて。それでこの透明な道が向こうまで続いているかどうか、よね。アティ、水の魔法であの砂から先も含めて濡らしてくれないかしら」
「水を?……あぁ、なるほど」
流石長年ゴリラの舎弟を務めただけあってアズラルトはアナスタシアンの目的がわかったらしく、水のレベル1魔法を発動させた。すかさずそこへアナスタシアンが水の上位魔法である氷の魔法でアズラルトの水魔法で濡れた道を凍らせていく。あっという間にそこには氷の橋が出来ていた。もちろんただ氷で橋を作ったわけではなく、その基礎となるのは元々そこにあった透明な橋である。
「ほら、こうしたら正しい道がわかって安心でしょ?」
「おお~!!」
ミズイロも安全が確保できるのであれば奥へ行きたいのだ。何故なら遺跡が大好きだから。
そんなわけでアナスタシアンの機転に素直に感心し、しかしまだ怖いのでアズラルトを先頭にその服の裾を握ってついていく。後ろからついてくるアナスタシアンが
「萌……尊……」
とちょっと何言ってるかわからない事をブツブツ呟いているがこの橋を渡るまでは気にしない事にした。いや、橋を渡っても気にしない事にする。探求するのが怖い。
氷でつるつるするかと思った橋は全く滑る事なく、とん、と足がしっかりした地面についた時にはミズイロは全身の力が抜けるかと思った。というか一瞬抜けた。抜けた力が即座に戻ったのは目の前に再び壁画が現れたからである。
「こ、これは……!!!古代ヤーマの聖戦の壁画……!!!」
「ギミックじゃね?」
さっきの死者の行進の壁画を忘れたのか。
しかしミズイロは興奮に目を輝かせ見入っている。仕方ないので一応武器を用意しつつアズラルトも壁画を見上げた。
ヤーマの聖戦。古代ヤーマ人が神の祝福を受け巨人族ウンタクと戦った時の壁画である。これはヤーマの王が神からの祝福を受け戦いに赴く様子が描かれている、とミズイロがうんちくを語っている。アズラルトは申し訳ない事にとてつもなく興味がなかったので
「ヘー、ソーナンダー」
と適当な相槌を打ちながらウンタクとうんちくって似てるな、とそこはかとなくどうでも良いことに思いを馳せた。
アナスタシアンは目をキラキラさせて語るミズイロに尊死した。ゴリラにも弱点があったことを弟は初めて知った。これからは何かあったらミズイロを盾にしよう。うん、と一人頷いたところでミズイロが涙目で振り返った。
「王子様……」
「ギミックだろ」
古代ヤーマ人が祀った戦の神トラリスはヤーマの王に神託を授ける為彼を見ている筈だった。その目はやはりこちらを向いている。
「どうして貴重な壁画に化けるんですか!!魔物の馬鹿ぁぁぁぁ!!!」
ミズイロ渾身の叫びが遺跡に響き渡った。
「ここは遺跡よ。こういうギミックはお約束じゃないの」
ほら、と足元に溜まった砂を一掴みして投げればほとんどが底の見えない穴に落ちていったけれど、一部が空中で止まる。砂が浮いている場所にもう一掴み投げればそれはまたもその場に留まった。見えない足場があるのだ。
しかし見えないという事はそれが向こう岸まで続いているかわからないという事で。ミズイロは早くも膝をがくがくと震わせている。
「と、途中で道がなくなったりしませんか……?」
「それは行ってみないとわからないわねぇ」
なら帰ります!と叫びかけたその柔らかな唇にアナスタシアンの細い指が当たる。
指だけ見ればなるほど、確かに彼女は王女である、と言いたくなるような滑らかさである。白く細い形の良い指と桜色の爪。その指でミズイロのふっくら艶やかな唇をつついて……。
「やだわ、ミィちゃん。貴方唇のケア何してるの?どうしてこんなプルプルになるの?」
「何もしてませんんん!」
「嘘よ!このプルプル具合……!この弾力!この血色!!何かお手入れをしている筈よ……!!!」
アズラルトは思った。年の差じゃね、と。しかしゴリラが怖いので黙っておく。
そもそもとある世界では男女問わずお肌のお手入れをする時代になったというが、この世界では王族であるアズラルトであれば化粧水と乳液で侍従たちにお手入れされるけれど一般人のミズイロであれば固形石鹸でがしがし洗う程度の世界だ。薬師のミズイロは独自にクリームを作って塗ってはいたがそれもそこら辺の薬草をクリーム状にしただけで特別な物ではなかった。つまりは本人の肌の力である。唇がプルプルなのも同様だ。妬ましい。
「お、王女様、早く先に進みましょう……!!」
道が途切れる恐怖よりアナスタシアンの追及に恐れをなしたミズイロが話をもとに戻した。
「そうね。これから一緒に旅をするんだからいつでも訊けるものね」
半泣きのミズイロがアズラルトの服を掴む。もちろん助けを求めてである。アズラルトは虚無の表情のままだったのでミズイロは絶望に打ちひしがれた。アナスタシアンは躱せない。丸腰で野生動物に目をつけられたら余程の幸運、もしくは正しい知識がない限り逃げられない。
「さて。それでこの透明な道が向こうまで続いているかどうか、よね。アティ、水の魔法であの砂から先も含めて濡らしてくれないかしら」
「水を?……あぁ、なるほど」
流石長年ゴリラの舎弟を務めただけあってアズラルトはアナスタシアンの目的がわかったらしく、水のレベル1魔法を発動させた。すかさずそこへアナスタシアンが水の上位魔法である氷の魔法でアズラルトの水魔法で濡れた道を凍らせていく。あっという間にそこには氷の橋が出来ていた。もちろんただ氷で橋を作ったわけではなく、その基礎となるのは元々そこにあった透明な橋である。
「ほら、こうしたら正しい道がわかって安心でしょ?」
「おお~!!」
ミズイロも安全が確保できるのであれば奥へ行きたいのだ。何故なら遺跡が大好きだから。
そんなわけでアナスタシアンの機転に素直に感心し、しかしまだ怖いのでアズラルトを先頭にその服の裾を握ってついていく。後ろからついてくるアナスタシアンが
「萌……尊……」
とちょっと何言ってるかわからない事をブツブツ呟いているがこの橋を渡るまでは気にしない事にした。いや、橋を渡っても気にしない事にする。探求するのが怖い。
氷でつるつるするかと思った橋は全く滑る事なく、とん、と足がしっかりした地面についた時にはミズイロは全身の力が抜けるかと思った。というか一瞬抜けた。抜けた力が即座に戻ったのは目の前に再び壁画が現れたからである。
「こ、これは……!!!古代ヤーマの聖戦の壁画……!!!」
「ギミックじゃね?」
さっきの死者の行進の壁画を忘れたのか。
しかしミズイロは興奮に目を輝かせ見入っている。仕方ないので一応武器を用意しつつアズラルトも壁画を見上げた。
ヤーマの聖戦。古代ヤーマ人が神の祝福を受け巨人族ウンタクと戦った時の壁画である。これはヤーマの王が神からの祝福を受け戦いに赴く様子が描かれている、とミズイロがうんちくを語っている。アズラルトは申し訳ない事にとてつもなく興味がなかったので
「ヘー、ソーナンダー」
と適当な相槌を打ちながらウンタクとうんちくって似てるな、とそこはかとなくどうでも良いことに思いを馳せた。
アナスタシアンは目をキラキラさせて語るミズイロに尊死した。ゴリラにも弱点があったことを弟は初めて知った。これからは何かあったらミズイロを盾にしよう。うん、と一人頷いたところでミズイロが涙目で振り返った。
「王子様……」
「ギミックだろ」
古代ヤーマ人が祀った戦の神トラリスはヤーマの王に神託を授ける為彼を見ている筈だった。その目はやはりこちらを向いている。
「どうして貴重な壁画に化けるんですか!!魔物の馬鹿ぁぁぁぁ!!!」
ミズイロ渾身の叫びが遺跡に響き渡った。
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