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まいたのに家に来た

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 ひとまず村長に森の不審者について話して、光の下級精霊リーに蜂蜜を与えてやって。
 本来なら畑の草取りをし朝陽が昇る頃就寝する予定だったけれど、例の不審者が予想よりも早く森から出てきた時を考えて早めに家へと籠って読書して。コンコン、というノックの音に顔を上げれば時刻はとうに就寝時間を大幅に過ぎていた。遮光カーテンで外の光が一切入らないこの部屋では時間感覚は乱れがちだ。

 日の下を歩けない僕の活動時間は村の皆と正反対。日が落ちる頃から活動し、日が昇る頃には就寝する。それを知っている村の皆は緊急時以外家には来ない。
 だからこの急な来客に嫌な予感がしてリーを呼び出す。

『あれ~?ベリル、今日はまだ起きてるの?』

「ねえ、外に誰がいるか見て来てくれない?」

『誰か来た~?あ、昨日の人だね』

 見に行ってもらう手間が省けた。やっぱり今ノックしたのは昨日の不審者らしい。
 後をつけてきている気配はなかったし、念入りに遠回りして帰って来たのに何故。

『お話するの?』

「しない」

 再度コンコン、とノックの音が聞こえたからベッドに戻って布団をかぶる。
 昨日少し話しただけの不審者に特に用事はないし。
 めげずにもう一度ノックの音が聞こえた時だった。

「あんた、その家には近付くんじゃない!」

「今朝早くに来たっていう旅人かい?悪い事は言わないよ。早くその家から離れな」

 隣の家のトムじいさんとカカ母さんだ。特徴的なガラガラ声は酒焼けだとトムじいさんの奥さん、カカ母さんが呆れて話してくれた。カカばあさん、って呼ぶと怒られるからカカさんは村人から“カカ母さん”と呼ばれている。この村のお母さんみたいな人だ。
 その旦那さんであるトムじいさんは年に似合わない屈強な体の人だけど、カカ母さんにはいつも頭が上がらない。その二人のやり取りを見ているのは楽しい。

「この家、誰が住んでる?」

 その声はやっぱり昨日森にいた不審者の声だった。

「誰でも良いだろう!とにかくその家に近付くのはやめな!」

「夜な夜なよその村から若い奴らを連れて来て貪り食ってるっていう化け物の家だ。近寄るんじゃない」

 二人の厳しい声に不審者がドアの前から離れる気配がする。
 昔は本当にそう呼ばれていた色持たずの“化け物”。学生時代、僕に近寄ってくる人は多くなかった。いつの頃からか化け物だと噂されて、日の光に当たれないのは化け物の証拠とまで言われた。もちろん皇太子の婚約者で伯爵令息だった僕に面と向かって言ってくる人間はいなかったけれど、わざと聞こえるように噂する声は度々耳に入ってきていた。

 ――あんな噂、気にする事はない。
 ――皆アレクの聡明さや優しさを知らないだけだよ。

 は、と吐息のような笑みが零れる。

(何が気にするな、だ)

 後からその噂を広めたのがテオドールの取り巻きの貴族令息達だったって知って、でも愚かな僕はテオドールがそれを指示したと思いたくなくて、優しい言葉に縋った。
 他に居場所がないから。
 違う。僕が作らなかっただけだ。テオドールの側から離れる勇気がなかっただけ。

(もう関わる事はない。向こうは僕を知らない)

 だからもう恐れる事は1つもない筈なのに。
 まだ支配されてる。
 まだこうして昔の記憶に苦しむ。

 外からの声はいつの間にか聞こえなくなっていた。

 ◇◇

「ふむ」

 ほら、あっちへ行った行った、と追い出され小さな村の中を歩く。
 昨晩無事イグニスと合流してからあの精霊師の少年に言われた通り解体した魔獣を持って村を訪れ、一軒しかないという食堂兼宿屋に泊まった。遅くに訪れたにも関わらず歓迎されたのは熊持参だった事が大きいだろう。
 とりあえず無事当面の寝床を確保出来た礼を言おうと小さな女の子に聞いて向かった小さな家は赤い屋根と丸い窓、庭の畑には収穫前の野菜がたわわに実っている何とも可愛らしい家だった。中で人が動いた気配はあったけれど、出てくるつもりはないらしい。

「……村人と上手くいってないんでしょうか」

「ん……どう、だろう……」

 大人は誰も少年の住む家を教えてくれなかったし、化け物が住んでいるから近寄るな、と余所者を追い払って家主を守っているかのようだった。昨晩の様子だと少年自身も村人とあまり関わっている様子はなかったけれど、敵対している感じではなく何よりも。

「……まだ見張ってますね」

「う~ん……余所者を守りたいのか、家主を守りたいのか……」

 先程の老人が鍬を持ったままジッと睨みを利かせている気配を背中に感じながら苦笑いする。どちらにしても自分達としては“精霊師”に会わなければならないのだからこのまま去るわけにはいかない。

「捜し人だと思うか?」

「ここは国境が近い。オリルレヴィーの精霊師が流れ着いたとも考えられます。それに……」

 イグニスが飲み込んだ先の言葉はわかっている。
 自分達が捜しているエゼルバルト伯爵家の次男アレキサンドリートが精霊師であるという記録はどこにもなかった。そしてその肝心のアレキサンドリートはとうに伯爵家から籍を抜きどこかへ行ってしまったらしい。その容姿は茶色の髪、茶色の瞳の無能力者で高い魔力を欲したエゼルバルト伯爵家から勘当という形で追い出されたと聞いている。

「精霊達が愛し子が生まれた、と騒いでいたからにはアレキサンドリートが無能力者であるわけないんだが」

「入れ換えられた可能性は?」

 どの情報屋に確認してもアレキサンドリートは茶髪茶眼ではなく色持たずではあったが魔力も霊力もなかったと口を揃える。皇国随一の情報屋と名高い男ですら同じ事を言っていた。彼は秘密裏に教会の記録も覗き見た上での情報だったから信憑性はあるけれど、アクアにはどうしても信じられなかった。

「わからん。入れ換えられて“アレキサンドリート”が精霊師じゃなかったのなら、他に精霊師として名が知られている人物がいる筈だ」

 年は17の筈。能力が全ての皇国で精霊師が誕生したのなら、今頃皇太子の婚約者として名を挙げられていても不思議ではない。しかし皇太子の婚約者候補筆頭として名が挙がっているのはマルガレート・ベレリヒト・クレル公爵令嬢である。彼女は強力な魔力を擁しているが、霊力はない。
 オリルレヴィー精霊国からの留学生で風の精霊師であるクレール・ド・リュンヌ侯爵令嬢も秘密裏に候補として挙がっているらしいがあくまでも候補の一人だ。そもそも国を跨ぐ婚姻は簡単ではない。

「しばらく滞在して不審者から知人程度にはなりたいな」

 不審者呼ばわりに地味に傷つくアクアを、イグニスは何とも言えない顔で見やった。
 
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