【本編完結】農民と浄化の神子を並べてはいけない

ナナメ(新作についてお知らせ)

文字の大きさ
5 / 203
第一章 異世界に来ちゃった

side ディカイアス・マクシノルト

 その情報は偶然もたらされた。王国騎士団が目を付けていた奴隷狩りが古の森トトイット大森林を抜けてくる、と。
 トトイット大森林は過去人々の憩いの場であり人を育む優しき森だったのだが、いつの頃からか世界に滲み出した瘴気により森の奥は魔物の巣窟となってしまった。今では時折森の奥から出てくる魔物を恐れ、人は近寄らない。
 そんな森を奴隷狩りが隠れ蓑や通過点として狙うのは必然であり、王国騎士団も注意していた地区である。それでも偶然近くを通らざるを得なかったドワーフ族が奴隷狩りを見た、と報告してくれなければこうも早く奴らを追えなかっただろう。
 奴隷狩りのほとんどは捕縛され、逃げようとした者はすでに斬り捨てられ地に転がっており、辺りは仲間の騎士だけである。
 王国騎士団第一騎士団長でもあるディカイアス・マクシノルトは腕の中で気を失っている青年へと視線を向けた。怪我をしている様子はないが、目隠しに猿轡、手枷足枷、とかなり厳重に捕らえられている青年。ご丁寧に手枷にも足枷にも魔力封じがかけられており、今回軍医である魔力の高い治癒師は同行しておらず物理を得意とする第一騎士団では彼の拘束を解いてやる事は出来ない。
 仕方なく目隠しと猿轡だけ外してやるが青年が目覚める気配はなかった。

「団長」

 振り向くと宵の口のような薄紫の髪を短く刈り込んだ筋肉質な男が一人。ローゼン・ルシアムはディカイアスが最も信頼する副官だ。

「今回は彼一人のようです」

 筋肉質な見た目に似合わず、物腰の柔らかい丁寧な男だ。

「こんなに人数がいて、か?」

「ええ。他の荷馬車に囚われた人はおらず、空でした」

「ふむ……」

 荷馬車は5台。しかし囚われていたのはこの青年一人。確かに彼のこの髪の色が本物であれば10年は遊んで暮らせるだけの金が手に入るだろう。偽物であっても本物と偽り売ることも出来る。

「この世界にとって“黒”は神聖な色だ。真似る事さえ罪になるというのに」

「しかし本物であった場合……」

「そうだな……。私達にとって救世主になるかもしれん」

 青年のさらりと揺れる黒髪を無意識に撫でながら帰還すべくその細身の体を抱き上げた。自分が鍛えているからか、青年が細すぎるのか。抱き上げた体は気絶して力を失っているというのにとても軽い。その事がふと不安になり口元に耳を当てるとすぅすぅと子供のような寝息が当たる。

「団長?」

「……いや、本当に人間かと思ってな」

 黒髪に、今は煤で汚れてはいるものの陶器のような白磁の肌。寝息をこぼす薄い唇は薄紅だ。これで瞳が黒ならば伝説の神子のようではないか、と思う。

「人間でしたか?」

 ふ、と吐息だけで穏やかに笑うローゼンに苦笑を返す。

「魔族ではないと思いたいな」

 その美貌で人間をたぶらかし連れ去ってしまう魔族であるならば、彼は自分達の攻撃対象になってしまう。敵ではなく、自分達を救ってくれる神子であれ――と願ってしまうのは国の情勢を考えれば致し方ない事か。
 もう一度そのさらりとした手触りの良い黒髪を撫でつけるとディカイアスは腕に青年を抱えたまま愛馬に跨がるのであった。


 腕に抱いた青年が目を覚ましたのは森を出て一時間経った頃。もぞ、と動いてこちらを見上げる瞳は――黒。
 その彼は今、今晩の野営地のテントの中でこんこんと眠り続けている。

「瞳も黒、ですか」

「ああ」

 青年が眠るテントに護衛も兼ねて呼び寄せたローゼンは言われた言葉に軽く目を見張った。
 この世界――ハティトゥータは二千年前滅びの危機に瀕していた。突如現れた魔物の大群。森や泉には瘴気が溢れ、人々は原因不明の病に苦しんだ。それを救ったのが髪も瞳もこの世界にはない黒を持った青年だったという。彼は溢れた瘴気をその類い希なる魔力で持って浄化し、世界を救った、と言われている。全ては伝承の中の出来事なので真実は知りようがないのだけれど、同じような文献は各地で発見されているから事実なのだろう。
 この世界を救った彼がその後どうしたのか、という文献はないが現王家アークオランは彼の末裔だと言われている。しかしながら彼と同じ黒を持つ者はこの時代までついぞ現れなかった。
 それがどうだろう。見間違いでなければ彼の瞳は黒だった。髪を染める手段はあっても瞳の色を変える手段はない。
 この国は再び瘴気に侵され始めている。彼に希望を持つな、というのは無理な話だ。

「団長」

「先触れは出したが……」

 今頃浄化の神子を待ち続けた神殿の面々は大騒ぎだろう。一応神子という確証はなく、期待が裏切られる可能性も高いとも伝えてあるが彼らが聞く耳を持っているかどうかはまた別問題である。

「出来れば神官共より、レイアゼシカ殿下に保護していただきたいのだがな」

「……そのような発言は慎まれた方が良いかと。第2王子派だと取られかねません」

「今更だろう。幼なじみの騎士総括と距離を置く方が怪しまれる」

 大体第2王子派だ何だと騒いでいるのは神殿と一部貴族のみで、レイアゼシカ・アークオラン第2王子は兄であるテューイリング・アークオランとは良い関係を築いている。
 ただもしもこの青年が伝承にある浄化の神子だった場合争いの種になりかねないのは確かだ。

感想 91

あなたにおすすめの小説

獣のような男が入浴しているところに落っこちた結果

ひづき
BL
異界に落ちたら、獣のような男が入浴しているところだった。 そのまま美味しく頂かれて、流されるまま愛でられる。 2023/04/06 後日談追加

「今夜は、ずっと繋がっていたい」というから頷いた結果。

猫宮乾
BL
 異世界転移(転生)したワタルが現地の魔術師ユーグと恋人になって、致しているお話です。9割性描写です。※自サイトからの転載です。サイトにこの二人が付き合うまでが置いてありますが、こちら単独でご覧頂けます。

公爵家の末っ子に転生しました〜出来損ないなので潔く退場しようとしたらうっかり溺愛されてしまった件について〜

上総啓
BL
公爵家の末っ子に転生したシルビオ。 体が弱く生まれて早々ぶっ倒れ、家族は見事に過保護ルートへと突き進んでしまった。 両親はめちゃくちゃ溺愛してくるし、超強い兄様はブラコンに育ち弟絶対守るマンに……。 せっかくファンタジーの世界に転生したんだから魔法も使えたり?と思ったら、我が家に代々伝わる上位氷魔法が俺にだけ使えない? しかも俺に使える魔法は氷魔法じゃなく『神聖魔法』?というか『神聖魔法』を操れるのは神に選ばれた愛し子だけ……? どうせ余命幾ばくもない出来損ないなら仕方ない、お荷物の僕はさっさと今世からも退場しよう……と思ってたのに? 偶然騎士たちを神聖魔法で救って、何故か天使と呼ばれて崇められたり。終いには帝国最強の狂血皇子に溺愛されて囲われちゃったり……いやいやちょっと待て。魔王様、主神様、まさかアンタらも? ……ってあれ、なんかめちゃくちゃ囲われてない?? ――― 病弱ならどうせすぐ死ぬかー。ならちょっとばかし遊んでもいいよね?と自由にやってたら無駄に最強な奴らに溺愛されちゃってた受けの話。 ※別名義で連載していた作品になります。 (名義を統合しこちらに移動することになりました)

やっと退場できるはずだったβの悪役令息。ワンナイトしたらΩになりました。

毒島醜女
BL
目が覚めると、妻であるヒロインを虐げた挙句に彼女の運命の番である皇帝に断罪される最低最低なモラハラDV常習犯の悪役夫、イライ・ロザリンドに転生した。 そんな最期は絶対に避けたいイライはヒーローとヒロインの仲を結ばせつつ、ヒロインと円満に別れる為に策を練った。 彼の努力は実り、主人公たちは結ばれ、イライはお役御免となった。 「これでやっと安心して退場できる」 これまでの自分の努力を労うように酒場で飲んでいたイライは、いい薫りを漂わせる男と意気投合し、彼と一夜を共にしてしまう。 目が覚めると罪悪感に襲われ、すぐさま宿を去っていく。 「これじゃあ原作のイライと変わらないじゃん!」 その後体調不良を訴え、医師に診てもらうととんでもない事を言われたのだった。 「あなた……Ωになっていますよ」 「へ?」 そしてワンナイトをした男がまさかの国の英雄で、まさかまさか求愛し公開プロポーズまでして来て―― オメガバースの世界で運命に導かれる、強引な俺様α×頑張り屋な元悪役令息の元βのΩのラブストーリー。

麗しの眠り姫は義兄の腕で惰眠を貪る

黒木  鳴
BL
妖精のように愛らしく、深窓の姫君のように美しいセレナードのあだ名は「眠り姫」。学園祭で主役を演じたことが由来だが……皮肉にもそのあだ名はぴったりだった。公爵家の出と学年一位の学力、そしてなによりその美貌に周囲はいいように勘違いしているが、セレナードの中身はアホの子……もとい睡眠欲求高めの不思議ちゃん系(自由人なお子さま)。惰眠とおかしを貪りたいセレナードと、そんなセレナードが可愛くて仕方がない義兄のギルバート、なんやかんやで振り回される従兄のエリオットたちのお話し。完結しました!

普段「はい」しか言わない僕は、そばに人がいると怖いのに、元マスターが迫ってきて弄ばれている

迷路を跳ぶ狐
BL
全105話*六月十一日に完結する予定です。 読んでいただき、エールやお気に入り、しおりなど、ありがとうございました(*≧∀≦*)  魔法の名手が生み出した失敗作と言われていた僕の処分は、ある日突然決まった。これから捨てられる城に置き去りにされるらしい。  ずっと前から廃棄処分は決まっていたし、殺されるかと思っていたのに、そうならなかったのはよかったんだけど、なぜか僕を嫌っていたはずのマスターまでその城に残っている。  それだけならよかったんだけど、ずっとついてくる。たまにちょっと怖い。  それだけならよかったんだけど、なんだか距離が近い気がする。  勘弁してほしい。  僕は、この人と話すのが、ものすごく怖いんだ。

クールな義兄の愛が重すぎる ~有能なおにいさまに次期当主の座を譲ったら、求婚されてしまいました~

槿 資紀
BL
イェント公爵令息のリエル・シャイデンは、生まれたときから虚弱体質を抱えていた。 公爵家の当主を継ぐ日まで生きていられるか分からないと、どの医師も口を揃えて言うほどだった。 そのため、リエルの代わりに当主を継ぐべく、分家筋から養子をとることになった。そうしてリエルの前に表れたのがアウレールだった。 アウレールはリエルに献身的に寄り添い、懸命の看病にあたった。 その甲斐あって、リエルは奇跡の回復を果たした。 そして、リエルは、誰よりも自分の生存を諦めなかった義兄の虜になった。 義兄は容姿も能力も完全無欠で、公爵家の次期当主として文句のつけようがない逸材だった。 そんな義兄に憧れ、その後を追って、難関の王立学院に合格を果たしたリエルだったが、入学直前のある日、現公爵の父に「跡継ぎをアウレールからお前に戻す」と告げられ――――。 完璧な義兄×虚弱受け すれ違いラブロマンス