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第一章 異世界に来ちゃった
side ディカイアス・マクシノルト
その情報は偶然もたらされた。王国騎士団が目を付けていた奴隷狩りが古の森トトイット大森林を抜けてくる、と。
トトイット大森林は過去人々の憩いの場であり人を育む優しき森だったのだが、いつの頃からか世界に滲み出した瘴気により森の奥は魔物の巣窟となってしまった。今では時折森の奥から出てくる魔物を恐れ、人は近寄らない。
そんな森を奴隷狩りが隠れ蓑や通過点として狙うのは必然であり、王国騎士団も注意していた地区である。それでも偶然近くを通らざるを得なかったドワーフ族が奴隷狩りを見た、と報告してくれなければこうも早く奴らを追えなかっただろう。
奴隷狩りのほとんどは捕縛され、逃げようとした者はすでに斬り捨てられ地に転がっており、辺りは仲間の騎士だけである。
王国騎士団第一騎士団長でもあるディカイアス・マクシノルトは腕の中で気を失っている青年へと視線を向けた。怪我をしている様子はないが、目隠しに猿轡、手枷足枷、とかなり厳重に捕らえられている青年。ご丁寧に手枷にも足枷にも魔力封じがかけられており、今回軍医である魔力の高い治癒師は同行しておらず物理を得意とする第一騎士団では彼の拘束を解いてやる事は出来ない。
仕方なく目隠しと猿轡だけ外してやるが青年が目覚める気配はなかった。
「団長」
振り向くと宵の口のような薄紫の髪を短く刈り込んだ筋肉質な男が一人。ローゼン・ルシアムはディカイアスが最も信頼する副官だ。
「今回は彼一人のようです」
筋肉質な見た目に似合わず、物腰の柔らかい丁寧な男だ。
「こんなに人数がいて、か?」
「ええ。他の荷馬車に囚われた人はおらず、空でした」
「ふむ……」
荷馬車は5台。しかし囚われていたのはこの青年一人。確かに彼のこの髪の色が本物であれば10年は遊んで暮らせるだけの金が手に入るだろう。偽物であっても本物と偽り売ることも出来る。
「この世界にとって“黒”は神聖な色だ。真似る事さえ罪になるというのに」
「しかし本物であった場合……」
「そうだな……。私達にとって救世主になるかもしれん」
青年のさらりと揺れる黒髪を無意識に撫でながら帰還すべくその細身の体を抱き上げた。自分が鍛えているからか、青年が細すぎるのか。抱き上げた体は気絶して力を失っているというのにとても軽い。その事がふと不安になり口元に耳を当てるとすぅすぅと子供のような寝息が当たる。
「団長?」
「……いや、本当に人間かと思ってな」
黒髪に、今は煤で汚れてはいるものの陶器のような白磁の肌。寝息をこぼす薄い唇は薄紅だ。これで瞳が黒ならば伝説の神子のようではないか、と思う。
「人間でしたか?」
ふ、と吐息だけで穏やかに笑うローゼンに苦笑を返す。
「魔族ではないと思いたいな」
その美貌で人間をたぶらかし連れ去ってしまう魔族であるならば、彼は自分達の攻撃対象になってしまう。敵ではなく、自分達を救ってくれる神子であれ――と願ってしまうのは国の情勢を考えれば致し方ない事か。
もう一度そのさらりとした手触りの良い黒髪を撫でつけるとディカイアスは腕に青年を抱えたまま愛馬に跨がるのであった。
腕に抱いた青年が目を覚ましたのは森を出て一時間経った頃。もぞ、と動いてこちらを見上げる瞳は――黒。
その彼は今、今晩の野営地のテントの中でこんこんと眠り続けている。
「瞳も黒、ですか」
「ああ」
青年が眠るテントに護衛も兼ねて呼び寄せたローゼンは言われた言葉に軽く目を見張った。
この世界――ハティトゥータは二千年前滅びの危機に瀕していた。突如現れた魔物の大群。森や泉には瘴気が溢れ、人々は原因不明の病に苦しんだ。それを救ったのが髪も瞳もこの世界にはない黒を持った青年だったという。彼は溢れた瘴気をその類い希なる魔力で持って浄化し、世界を救った、と言われている。全ては伝承の中の出来事なので真実は知りようがないのだけれど、同じような文献は各地で発見されているから事実なのだろう。
この世界を救った彼がその後どうしたのか、という文献はないが現王家アークオランは彼の末裔だと言われている。しかしながら彼と同じ黒を持つ者はこの時代までついぞ現れなかった。
それがどうだろう。見間違いでなければ彼の瞳は黒だった。髪を染める手段はあっても瞳の色を変える手段はない。
この国は再び瘴気に侵され始めている。彼に希望を持つな、というのは無理な話だ。
「団長」
「先触れは出したが……」
今頃浄化の神子を待ち続けた神殿の面々は大騒ぎだろう。一応神子という確証はなく、期待が裏切られる可能性も高いとも伝えてあるが彼らが聞く耳を持っているかどうかはまた別問題である。
「出来れば神官共より、レイアゼシカ殿下に保護していただきたいのだがな」
「……そのような発言は慎まれた方が良いかと。第2王子派だと取られかねません」
「今更だろう。幼なじみの騎士総括と距離を置く方が怪しまれる」
大体第2王子派だ何だと騒いでいるのは神殿と一部貴族のみで、レイアゼシカ・アークオラン第2王子は兄であるテューイリング・アークオランとは良い関係を築いている。
ただもしもこの青年が伝承にある浄化の神子だった場合争いの種になりかねないのは確かだ。
トトイット大森林は過去人々の憩いの場であり人を育む優しき森だったのだが、いつの頃からか世界に滲み出した瘴気により森の奥は魔物の巣窟となってしまった。今では時折森の奥から出てくる魔物を恐れ、人は近寄らない。
そんな森を奴隷狩りが隠れ蓑や通過点として狙うのは必然であり、王国騎士団も注意していた地区である。それでも偶然近くを通らざるを得なかったドワーフ族が奴隷狩りを見た、と報告してくれなければこうも早く奴らを追えなかっただろう。
奴隷狩りのほとんどは捕縛され、逃げようとした者はすでに斬り捨てられ地に転がっており、辺りは仲間の騎士だけである。
王国騎士団第一騎士団長でもあるディカイアス・マクシノルトは腕の中で気を失っている青年へと視線を向けた。怪我をしている様子はないが、目隠しに猿轡、手枷足枷、とかなり厳重に捕らえられている青年。ご丁寧に手枷にも足枷にも魔力封じがかけられており、今回軍医である魔力の高い治癒師は同行しておらず物理を得意とする第一騎士団では彼の拘束を解いてやる事は出来ない。
仕方なく目隠しと猿轡だけ外してやるが青年が目覚める気配はなかった。
「団長」
振り向くと宵の口のような薄紫の髪を短く刈り込んだ筋肉質な男が一人。ローゼン・ルシアムはディカイアスが最も信頼する副官だ。
「今回は彼一人のようです」
筋肉質な見た目に似合わず、物腰の柔らかい丁寧な男だ。
「こんなに人数がいて、か?」
「ええ。他の荷馬車に囚われた人はおらず、空でした」
「ふむ……」
荷馬車は5台。しかし囚われていたのはこの青年一人。確かに彼のこの髪の色が本物であれば10年は遊んで暮らせるだけの金が手に入るだろう。偽物であっても本物と偽り売ることも出来る。
「この世界にとって“黒”は神聖な色だ。真似る事さえ罪になるというのに」
「しかし本物であった場合……」
「そうだな……。私達にとって救世主になるかもしれん」
青年のさらりと揺れる黒髪を無意識に撫でながら帰還すべくその細身の体を抱き上げた。自分が鍛えているからか、青年が細すぎるのか。抱き上げた体は気絶して力を失っているというのにとても軽い。その事がふと不安になり口元に耳を当てるとすぅすぅと子供のような寝息が当たる。
「団長?」
「……いや、本当に人間かと思ってな」
黒髪に、今は煤で汚れてはいるものの陶器のような白磁の肌。寝息をこぼす薄い唇は薄紅だ。これで瞳が黒ならば伝説の神子のようではないか、と思う。
「人間でしたか?」
ふ、と吐息だけで穏やかに笑うローゼンに苦笑を返す。
「魔族ではないと思いたいな」
その美貌で人間をたぶらかし連れ去ってしまう魔族であるならば、彼は自分達の攻撃対象になってしまう。敵ではなく、自分達を救ってくれる神子であれ――と願ってしまうのは国の情勢を考えれば致し方ない事か。
もう一度そのさらりとした手触りの良い黒髪を撫でつけるとディカイアスは腕に青年を抱えたまま愛馬に跨がるのであった。
腕に抱いた青年が目を覚ましたのは森を出て一時間経った頃。もぞ、と動いてこちらを見上げる瞳は――黒。
その彼は今、今晩の野営地のテントの中でこんこんと眠り続けている。
「瞳も黒、ですか」
「ああ」
青年が眠るテントに護衛も兼ねて呼び寄せたローゼンは言われた言葉に軽く目を見張った。
この世界――ハティトゥータは二千年前滅びの危機に瀕していた。突如現れた魔物の大群。森や泉には瘴気が溢れ、人々は原因不明の病に苦しんだ。それを救ったのが髪も瞳もこの世界にはない黒を持った青年だったという。彼は溢れた瘴気をその類い希なる魔力で持って浄化し、世界を救った、と言われている。全ては伝承の中の出来事なので真実は知りようがないのだけれど、同じような文献は各地で発見されているから事実なのだろう。
この世界を救った彼がその後どうしたのか、という文献はないが現王家アークオランは彼の末裔だと言われている。しかしながら彼と同じ黒を持つ者はこの時代までついぞ現れなかった。
それがどうだろう。見間違いでなければ彼の瞳は黒だった。髪を染める手段はあっても瞳の色を変える手段はない。
この国は再び瘴気に侵され始めている。彼に希望を持つな、というのは無理な話だ。
「団長」
「先触れは出したが……」
今頃浄化の神子を待ち続けた神殿の面々は大騒ぎだろう。一応神子という確証はなく、期待が裏切られる可能性も高いとも伝えてあるが彼らが聞く耳を持っているかどうかはまた別問題である。
「出来れば神官共より、レイアゼシカ殿下に保護していただきたいのだがな」
「……そのような発言は慎まれた方が良いかと。第2王子派だと取られかねません」
「今更だろう。幼なじみの騎士総括と距離を置く方が怪しまれる」
大体第2王子派だ何だと騒いでいるのは神殿と一部貴族のみで、レイアゼシカ・アークオラン第2王子は兄であるテューイリング・アークオランとは良い関係を築いている。
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