【本編完結】農民と浄化の神子を並べてはいけない

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第一章 異世界に来ちゃった

目が覚めた

 うぅ……体が痛い……。俺どうしたんだっけ……。
 もぞもぞ動くとまたも鳴る忌々しい鎖に、一瞬忘れかけていた現状を思い出して飛び起きた。
 そうだ!何か良くわからない事になった上に殺されかけたんだった!何を暢気に寝てるんだ俺!無防備にも程があるぞ!
 一際大きな音を立てる鎖に恨めしげな目を向けてから辺りを見回して……体がびくり、と飛び跳ねた。入り口付近に大きな影が見えたからだ。向こうも急に飛び起きた俺に驚いたのかお互い見つめ合う事数秒。カシャッ、と金属の擦れる音を立て立ち上がったその人影が向かってくる。

「く……来るな!!」

 寝かされていた場所から逃げようと足を動かし――――派手に顔面から地面へ激突した。そうだった……足にも鎖ついてた……。

「あの……」

 差し出された手をはね除けてジリジリと壁際へ下がる。鼻が痛いのはこの際置いておこう。鼻血出てないといいな……。
 背中に柔らかい布みたいな感触が当たって一瞬振り返って、そこから先は下がれない事を知る。暗くて良く見えなかったけどどうやらここは大きめなテントの中のようだ。俺がキャンプで使うような小さなテントの5倍はありそうなサイズ。ならこれ以上下がるとテントの支柱がずれて倒れちゃうかも。
 大柄な影はしばし悩むように離れた位置で立ち止まった後、ボッ、と小さな音を立てて明かりをつけた。

「ひ……っ!!!」

 それは小さなガラスケースの中でロウソク程の炎が小さく揺れているだけなのだけどさっき焼き殺されそうになった瞬間を思い出して全身冷や汗が吹き出した。
 それを手にした大柄な相手もハッとした顔を俺に向けて炎はすぐ消えて、辺りは再び暗闇に戻る。

「すみません……。もう火は使いません。あなたの状態を確認させて欲しいだけです。他に何もしません」

 大柄な体格に似合わない――――なんて言ったら失礼かもだけど――――柔らかな声。敵意がないと示す為か一瞬明るくなって見えた、腰に下げた剣を地面に置いてさらにそれを遠くに蹴り飛ばし、加えてガシャガシャ騒がしい音を立てて着ていた銀の鎧を脱いだ。

「これで俺は丸腰です。本当に何もしません。近寄ってもいいでしょうか」

「隠し武器とか持ってるんじゃないの?」

 良く漫画とかゲームとかで暗器?っていうの?持ってる奴いるじゃん。靴の爪先からナイフが出てきたり口の中に毒針仕込んでたり。いきなり人を焼こうとする世界の人間なんか信用できるもんか。
 じっ、と見ると相手は……え、さらに服脱いだ!!?
 ええ、ごめん!そこまでしてほしい訳じゃなかった!どこまで脱ぐの!!?いいよいいよ、見えたら困る代物とか見えちゃったらどうするんだよ!

「わー!!わかった!ごめん!俺が悪かった!!もういい!脱がないで!」

 下着一枚でようやく動きが止まる。
 良かった!暗くて!!!でも本当に武器は仕込んでないみたいだ。流石に下着の中に隠しては……いないよな?どこぞのネクタイと海パンだけの刑事じゃあるまいし……。

「近寄っても?」

「……ハイ」

 下着男に近寄られるのもそれはそれで怖い物があるんだけど……脱げとは言ってないけどある意味脱がせたのは俺だ。ホントごめん。
 ゆっくり近寄ってきて目の前でス、と座った男の顔を見つめる。段々暗闇に慣れてきたのか、暗くて見えにくい中でも何となくわかる優しげな顔つき。頬には斜めにざっくり刻まれた傷がある。少し視線を下げればムチムチとした厚い胸板と割れた腹筋。どこもかしこも鍛え上げられた体つきを思わずしげしげと眺めてしまったけどそんな場合じゃない。

「触ります」

 急に動くと俺が怯えると思ったのか一声かけてからそのムキムキの腕が上がり、タコだらけの固い手の平が俺の額に当てられた。

「熱は下がったようですね」

「熱……?」

「えぇ。ここへ来る途中、あなたが魘されはじめて。副軍医は疲労による発熱だと」

 腹は減っていませんか、と問われた瞬間俺の正直な体は、ぐー、と腹から返事を寄越す。
 くす、と笑った気配と共に少し離れます、と律儀に言った男がテント入り口で一言二言外の誰かに何かを言っている。外からは「何でパンツなんすか」なんて訊かれて当然の疑問が微かに聞こえてきて、本当にごめんなさい……、ととりあえず背後で頭を下げておいた。

「今食べ物を持ってこさせますので、しばらくお待ちください」

 食べ物、と聞くだけで、ぐー、とまた鳴る俺の腹。欲望に忠実すぎる……。

「一度寝床にお戻り頂けますか?テントの端は冷えるでしょう。また熱が上がってしまいます」

「これ、外してもらえないですか?」

 動こうとするとちゃりちゃりと鳴る鎖が殺されそうになったという事実を何度も何度も脳裏に甦らせて来て、正直この音を聞きたくない。何よりさっきみたいに逃げたい時に逃げられないのが不便だ。
 もしかしてそれが狙いで未だにつけられてるんだろうか。一度信用しかけた心が再びぐら、と不信感に傾きかけたけど。

「本当は今すぐ外して差し上げたいのですが、その枷に魔力で鍵がかけられています。魔力封じは内側からは破れない。正式な鍵がないので、この封じ以上の魔力で鍵穴を壊して開けるしかないのですが……我々の部隊はそこまでの魔術師を要していません。王都に戻るまでは不便をかけますが、王都で必ず外すと約束しますので」

 キリッ、としていた太めの眉がしゅん、とハの字になっている。本気で困ったような申し訳なさそうなその顔につられて多分俺の眉もハの字になっただろう。

「……わかりました……」

 未だに信用と不信の間をゆらゆら揺れる天秤だけど、ひとまず今は我慢だ。ここで暴れたってこの男に軽く押さえられるのは目に見えてるし、運良く外に出られたって外にも人がいるのはさっきのやり取りでわかった。今逃げ出すのは不可能だ。
 そんな事を考えていたら。

「副長、持ってきたっすよ」

「ああ、すまない」

 外からかけられた声で目の前の男が“副長”と呼ばれる身分だと知る。
 そう言えば燃える馬車から助けてくれた“誰か”もカシャカシャとこの人と同じような音をさせてたな。途中目が覚めた時にびっくりするくらいのイケメンがいた気がするけど……その時も金属の擦れる音を聞いた覚えがある。
 ……助けてくれた、んだよな?あの変な人達から。

「食事をお持ちしましたので……寝床に戻って頂けないでしょうか」

 まだ眉がハの字になってる。俺のせいで誰か一緒に蒸し焼きになりかけて、その仲間だと思われるこの人の服まで脱がせて……これ以上困らせるのは俺の良心がチクチク痛むので大人しくジリジリと這いながら寝床に戻った。

「触りますね」

 食事と一緒に用意されたボウルに浸した布で俺の手を丁寧に拭いてくれる。自分でやります、と言っても枷がついたままでは不便でしょう、と聞いてもらえなかったから素直に拭いてもらう事にした。
 流石にスプーンに乗せたシチューを口元に運ばれた時は頑として口を開けなかったけども。

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