【完】ナンバレス

ナナメ

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番外2

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 あの戦争から2年。
 極秘の墓守を兼ねて近くの村で開いた診療所は最初こそ余所者だと敬遠されていたけれど、今ではそれなりに馴染んで頼られている。

「ただの風邪だね。だけど甘く見ないでちゃんと休むんだよ」

 最後の患者にそう告げて薬を手渡すと今日の仕事は終わり。本当はカルテの整理とか薬の在庫調べたりとかそういう雑用が残っているのだけれど。
 家でそわそわウズウズ待っているのだろう大型犬を思い描いてくすりと笑う。

(朝からえらく挙動不審だったもんな)

 今日が自分の誕生日だと思い出したのは一緒に暮らすようになった可愛いバカ犬が朝からなんだか妙にこちらの事を窺ってきたからだ。
 今日俺休みで良かったよね?今日は早く帰れる?いつ終わる?残業して帰る?
 と、似たような質問を繰り返し投げ掛けてくるのに最初は首を傾げていたのだけど。家を出る前にふ、とカレンダーが目についたのといつの間にか日課になってた行ってきますのキスの時に感じた舌の、生クリーム的な甘さ。
 戦場の簡単な料理とも言えない料理は得意な彼だけど、家庭的な料理には全く慣れてなくて。だから恐らくケーキを作るのに悪戦苦闘して何度も挑戦と失敗を繰り返して、未だ満足のいくものが出来てないのだろう。

(俺に見つからないように作るの、大変だっただろうな)

 いつもは大体同じくらいに起きて一緒に出勤するのに最近妙に起きるのが早かったし、起きたら家の窓は全開、何故か朝から風呂に入ったり洗濯してたり。思えばあれは甘い匂いを消すためか。
 バレないように一生懸命なバカ犬の姿をまた思い描いて先程と同じように小さく笑む。

 そして、そういえば、と考えた。彼の唯一得意な炒飯は彼が最初に恋をした七音が好きで良く作っていたという理由が理由だけに好きじゃない、なんて大人げない事を告げてから作らなくなった。

(ただの嫉妬なんだけど……)

 置いて行かれたくない、嫌われたくない、そんな思いを胸に秘めている彼だから極端に怯えて思い出を封じてしまった……いや、封じさせてしまった。その事を少し悔やむ。彼を丸ごと受け止めてやるつもりだったのに怯えさせてどうするのか。
 戦うこと、殺すことしか知らない。他には何もできない。そう言った見た目は大人だけどどこかにまだ子供の部分を残す大人な子供。アンバランスな危うさの中何とか大人であることを保ってきた彼は一緒に暮らすようになってから随分子供っぽくなった。
 甘えられてるのか、捨てられることを怖れるあまりそうなってしまっているのか。
 かつて彼が自分に重ねて見ていたあの子供のように。

(もしそうなら、本当にお前達はよく似てるね)

 置いて行かないで、とうわ言のように繰り返す敵である彼を慈しんでいた自分達のリーダー。あの時日向はどんな気持ちで彼を見ていたのだろう。

(置いて行かないよ)

 日向がかつて彼に投げ掛けたその言葉をそのまま脳裏に浮かべる。
 きっとチラチラ時計とにらめっこしながら、もしかしたらまだ完成してないケーキと戦いながら待っている筈の彼を無性に抱き締めたくなって立ち上がった。

 ドアを開けると同時、本物の犬みたいに玄関で待っていたらしい同居人……日向が

「おかえり!」

 と全開の笑顔で迎えてくれるのに愛しさが込み上げて強く抱き締めると、いつもただいまのキスだってしているくせに狼狽える。

「え?え??何、センセどうしたの?熱でもあんの?」

 そんな可愛くない言葉だって今日は何故か愛しい。
 家の中からも日向の服からも甘い匂いはしないけれど、彼の首筋から微かに甘ったるい匂いを嗅ぎとって微笑んで、でも気付かないふりをする。

「ただいま」

「あ、うん。おかえり」

「あと今先生って言った?」

「う……っ、ご、ごめん。えと、春、さん……」

 名前で呼ぶのが慣れなくていつも一瞬目を泳がせるのはまだなくならないけれど、これでも最初よりは慣れた方だ。
 いつも飄々とした態度を崩さない、兵士としては甘すぎるのにいざというときの決断力のお陰かいつだって最後には勝利するレジスタンス野良の二代目リーダー。
 その彼が光春の名を呼ぶ、ただそれだけで沸騰するかと言うくらい頬を赤くして羞恥で半泣きになってしまうなんて誰が予想できるのだろう。もしも敵だったあの子が見ていたら大爆笑していたかも知れない。

(いや、でもあの人なら……)

 幼い日向を保護した一代目の親友で補佐役の、何故か炒飯をこよなく愛するあの彼ならばこんな日向を見てきたのかも知れない。

「あのー、春さん?どした?」

 何か変だよ?と首を傾げて覗き込む空色の瞳は戦場での鋭さなど忘れてしまったかのように穏やかで、そして未だどこかにある傷跡を隠したまま。

「日向、いつものは?」

「ん……」

 素直に目を閉じて重ねる唇。いつも感覚的に甘いと感じる唇が今日は本当に甘さを孕んでいるのは味見したクリームの甘さなのだろう。朝より若干甘さが控えめになったのは自分の好みに近付けるためなのだと自惚れるくらいには好きでいてくれていると信じてる。

(でもお前は置いて行かれないように必死なんだよな)

 手に入れた大切なものを何度も失った臆病な心がこうして日向に無理をさせているのだと思うと切なくて、でもその弱さを見せてくれるのが嬉しくて。

「……腹が減ったんだけど今日のご飯は何?」

 唇を離して抱き締めたまま問いかける。

「あー、とりあえず中入んね?」

 どこかそわそわと分かりやすく挙動不審な日向に苦笑して腕から解放してやってリビングへ向かう。そこに至ってようやく気付いたのは食欲をそそる香ばしい匂い。
 さっきまで日向の匂いしか感じられなかった自分こそ相当日向に溺れているのだと実感してもう一度苦笑する。
 日向の背中を眺めているとあの頃を思い出す事が多い。戦いの中、苦しみながらも懸命に足掻き前へと進むその背中に思い描く未来を見ていたのだから。重責も、大切な人を失っていく辛さも、何もかもを自分の中に押し込んでたった一人耐えていた彼を守りたいと思っていた。
 だから今彼がここにいることが何よりも嬉しい。

「あの、さ……今日、」

 リビングに入る前、立ち止まった日向はチラチラ此方を窺いながら言葉を紡ぐ。

「うん?」

 言いたい事はわかっているけれど、どんな風に言ってくれるのか気になって続きを促した。

「今日、春さん誕生日だから……頑張ったんだけど……」

 どうかな、って開けた扉の向こう。やや不恰好ながらいつもより豪勢な食事とケーキ。机に飾られた花は、今は遠く故郷へ戻ってしまった日向が保護した彼女からだそうだ。

「……どれも美味しそうだね」

「ちょっとうまくいかなかったけど」

「見た目も味も気にしないよ。日向が作ってくれた事が凄く嬉しい」

 多分、嬉しさのあまりにかなりしまりのない笑顔になってしまったのだろう。日向がまた目線を泳がせてボソボソ呟く。

「た、たんじょーび、おめでとー」

「ん、ありがとう。……好きだよ、可愛い日向」

「こ、こんな可愛げもないデカイ男にそんなこと言うの、春さんくらいだよな」

「他にいたら困るな」

 俺は結構独占欲強いんだけど、と柔らかいくせっ毛の頭を撫でて微笑んだ。



■■■■■■
日向は年上には甘える派。お付き合いありがとうございました!
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