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リリアーナ編
38.婚約破棄宣言
気が付かないうちに、リリアーナの頬を大粒の涙が伝っていた。
もうこれ以上、大人しく猫を被っていることなど、出来なかった。
リリアーナは桜貝のような可憐な唇をきゅっと引き結ぶと、ジュストの許へと歩き出した。
そして彼の前まで来ると、思い切り睨みつけた。
「………私、もう我慢なりませんわ!」
リリアーナが声を張り上げると、貴族達は驚いたように一斉にリリアーナを見た。
その直後。
バキッ
リリアーナはあらん限りの憎しみを込めて、力の限りジュストの左頬を殴りつけた。
衝撃とともに、ジュストの頬に食い込んだ右手に激しい痛みが走る。
リリアーナは僅かに顔を顰めたが、歯を食いしばってその痛みに耐えた。
殴られたジュストも、ブラマーニ公爵夫妻も、クラリーチェも、そしてほかの貴族たちも、目の前で起こった突然の事態に唖然としていた。
その片隅で、グロッシ侯爵夫妻とウルバーノだけが満足げな笑顔を浮かべてリリアーナを見ていたということは、リリアーナを含めて誰も気が付いていなかった。
「………あら、ごめんあそばせ?思ったよりも力が入りすぎてしまったようですわ」
痛みのない左手のほうで涙を拭うと、最上級の作り笑いを浮かべて見せた。
それは、リリアーナの精一杯の虚勢だった。
「なっ…………!」
ジュストはその衝撃によろめいた後、呆然としながら殴られた頬を押さえていたが、すぐにリリアーナを物凄い形相で睨みつけた。
「お前………っ、たかが侯爵家の娘のくせに、この私に手を挙げるとは………っ」
『たかが侯爵家の娘のくせに』という言葉にまた怒りが込み上げてくる。
逆に言えば『公爵家の息子』という事以外に取柄がないくせに、と罵ろうかとも思ったが、少し考えてからリリアーナは口を開いた。
「まあ………痛かったですわよね?………だって私、痛いように殴りましたもの。本当なら、顔の形が変わるくらいにボコボコにして、ついでに不能にして差し上げたかったのですけれど、淑女教育の成果でしょうかしら………。たった一撃しか私の拳を打ち込んで差し上げられないのが残念ですわ。………あなたが痛めつけたクラリーチェ様の心の痛みを、嫌というほどわからせて差し上げるつもりだったのですけれどね」
なるべく穏やかに、と思うが、どうしても秘めた怒りが滲み出てしまうのを感じながらリリアーナは言葉を紡ぐ。
貞淑な淑女という姿しか見せてこなかった自分が、こうして感情を顕わにするのは初めてのことだった。
もしかしたらこれで、自分が築き上げてきたものはすべて失うかもしれない。
だが、そんなことがどうでもいいと感じられるくらいに、リリアーナは怒っていた。
自分たちの欲望のために、幸せだった瞬間を壊し、罪のない人々を陥れ、僅かな希望に縋ろうとする心を踏み躙ろうとする彼らが、許せなかった。
「私もいい加減うんざりしておりましたけれど…………。クラリーチェ様に対する許し難い言動に、堪忍袋の緒が切れましたの」
大袈裟なほどに溜息をついてみせると、左手でもう一度涙を拭う。
右手はいつの間にか腫れあがり、じんじんとした痛みを主張しているが、今はそんなことを気にしている場合ではないと、リリアーナは自分の心を奮い立たせた。
「うんざりだと………?それは、こちらの台詞だ。グロッシ侯爵の動きを封じる為に結んだ婚約だと割り切っていたつもりだが、お前のような生意気で勝気な上に煩い女は大嫌いだ」
ジュストが屈辱に顔を歪ませると、鮮やかな血が唇の端から流れ出た。
どうやら先程の一撃で、口の中が切れたようだ。
「くそっ………何故私がこんな………」
忌々しそうにハンカチを取り出して流れた血を拭うと、ジュストはもう一度リリアーナを睨みつけてきた。
「………お前のような野蛮な女は、私の婚約者には相応しくない!………もうお前は用済みだしな。この場で婚約破棄とさせてもらう!」
ジュストが堂々とそう宣言する。
その言葉を聞いて、リリアーナは嗤った。
もうこれ以上、大人しく猫を被っていることなど、出来なかった。
リリアーナは桜貝のような可憐な唇をきゅっと引き結ぶと、ジュストの許へと歩き出した。
そして彼の前まで来ると、思い切り睨みつけた。
「………私、もう我慢なりませんわ!」
リリアーナが声を張り上げると、貴族達は驚いたように一斉にリリアーナを見た。
その直後。
バキッ
リリアーナはあらん限りの憎しみを込めて、力の限りジュストの左頬を殴りつけた。
衝撃とともに、ジュストの頬に食い込んだ右手に激しい痛みが走る。
リリアーナは僅かに顔を顰めたが、歯を食いしばってその痛みに耐えた。
殴られたジュストも、ブラマーニ公爵夫妻も、クラリーチェも、そしてほかの貴族たちも、目の前で起こった突然の事態に唖然としていた。
その片隅で、グロッシ侯爵夫妻とウルバーノだけが満足げな笑顔を浮かべてリリアーナを見ていたということは、リリアーナを含めて誰も気が付いていなかった。
「………あら、ごめんあそばせ?思ったよりも力が入りすぎてしまったようですわ」
痛みのない左手のほうで涙を拭うと、最上級の作り笑いを浮かべて見せた。
それは、リリアーナの精一杯の虚勢だった。
「なっ…………!」
ジュストはその衝撃によろめいた後、呆然としながら殴られた頬を押さえていたが、すぐにリリアーナを物凄い形相で睨みつけた。
「お前………っ、たかが侯爵家の娘のくせに、この私に手を挙げるとは………っ」
『たかが侯爵家の娘のくせに』という言葉にまた怒りが込み上げてくる。
逆に言えば『公爵家の息子』という事以外に取柄がないくせに、と罵ろうかとも思ったが、少し考えてからリリアーナは口を開いた。
「まあ………痛かったですわよね?………だって私、痛いように殴りましたもの。本当なら、顔の形が変わるくらいにボコボコにして、ついでに不能にして差し上げたかったのですけれど、淑女教育の成果でしょうかしら………。たった一撃しか私の拳を打ち込んで差し上げられないのが残念ですわ。………あなたが痛めつけたクラリーチェ様の心の痛みを、嫌というほどわからせて差し上げるつもりだったのですけれどね」
なるべく穏やかに、と思うが、どうしても秘めた怒りが滲み出てしまうのを感じながらリリアーナは言葉を紡ぐ。
貞淑な淑女という姿しか見せてこなかった自分が、こうして感情を顕わにするのは初めてのことだった。
もしかしたらこれで、自分が築き上げてきたものはすべて失うかもしれない。
だが、そんなことがどうでもいいと感じられるくらいに、リリアーナは怒っていた。
自分たちの欲望のために、幸せだった瞬間を壊し、罪のない人々を陥れ、僅かな希望に縋ろうとする心を踏み躙ろうとする彼らが、許せなかった。
「私もいい加減うんざりしておりましたけれど…………。クラリーチェ様に対する許し難い言動に、堪忍袋の緒が切れましたの」
大袈裟なほどに溜息をついてみせると、左手でもう一度涙を拭う。
右手はいつの間にか腫れあがり、じんじんとした痛みを主張しているが、今はそんなことを気にしている場合ではないと、リリアーナは自分の心を奮い立たせた。
「うんざりだと………?それは、こちらの台詞だ。グロッシ侯爵の動きを封じる為に結んだ婚約だと割り切っていたつもりだが、お前のような生意気で勝気な上に煩い女は大嫌いだ」
ジュストが屈辱に顔を歪ませると、鮮やかな血が唇の端から流れ出た。
どうやら先程の一撃で、口の中が切れたようだ。
「くそっ………何故私がこんな………」
忌々しそうにハンカチを取り出して流れた血を拭うと、ジュストはもう一度リリアーナを睨みつけてきた。
「………お前のような野蛮な女は、私の婚約者には相応しくない!………もうお前は用済みだしな。この場で婚約破棄とさせてもらう!」
ジュストが堂々とそう宣言する。
その言葉を聞いて、リリアーナは嗤った。
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