猫被り令嬢の恋愛結婚

玉響

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リリアーナ編

56.クラリーチェの反撃

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「クラリーチェ!おのれ、貴様…………っ!」

怒りに歪んだ表情を浮かべるエドアルドが即座に剣を引き抜き、周囲の近衛騎士たちもそれに倣う。
だが、ジュストは全く怯む様子を見せなかった。

「おっと、大切な姫君が傷付いてもよろしいのですか、陛下………?嫌ならば、それ以上近づかないでください」

ジュストは眼を見開いたまま口元だけに笑みを浮かべる。
それは、リリアーナが一番嫌いなジュストの表情だった。

「クラリーチェ姫、本当にあなたは優しいのですね………。あなたの人生を滅茶苦茶にした我がブラマーニ家の人間に慈悲を与える事が出来る、その心の美しいこと…………。美貌、気高さ、繊細さ………全てを兼ね揃えた、完璧な存在。それでこそ私に相応しい………」

ジュストはうっとりとした表情で、クラリーチェの耳に唇を寄せて囁いたのが聞こえてくる。
クラリーチェがぎゅっと目を瞑ると、その反応を愉しむように目を細めると、突然ジュストはゆっくりとクラリーチェの耳朶に舌を這わせた。

「嫌っ………!」

衝撃的な光景とクラリーチェの微かな悲鳴に、リリアーナは目の前が真っ暗になるような感覚に陥った。
ジュストに普通の人間が持ち合わせているような良心や道理が備わっていないということを、リリアーナは嫌という程知っている。
そして恐らくクラリーチェが嫌がれば嫌がるほど、エドアルドが怒れば怒る程にジュストの心は満たされるのだ。

「陛下は、あなたが我が手中にある限り、手出し出来ない。………このままあなたを人質に、城を出ればあとはどうとでも出来ます。そうすれば、あなたは私のモノだ………。ふふ、陛下に代わって、たっぷりと可愛がって差し上げますよ…………気が狂う程にね」

ジュストの狂気じみた発言に、クラリーチェが青褪めていくのをまざまざと見せつけられてリリアーナは悍ましさを感じながらも、クラリーチェを気遣うように見つめる。

クラリーチェを人質に取られ、誰もが動けずにいる状況の中でリリアーナは冷静に考える。

(どうすれば、クラリーチェ様をあの変態野郎から引き離せるかしら………。蹴飛ばす?いえ、でも万が一失敗したらクラリーチェ様に害が及んでしまう………。確実なのはクラリーチェ様自身が自力であの外道から逃れる事だけれど………)

以前クラリーチェはリディアから護身術を習っているのだと話していたが、あのか細い華奢な体でジュストに対抗するのはかなり難しいだろう。
だが、リリアーナが動いたとしても、事態が好転するとは考えにくかった。
きっとリリアーナが困った素振りを見せれば更にジュストが喜ぶだろうと考えると、結局何もできない事に、苛立つしかない。

そう思った直後だった。
クラリーチェが徐に瞼を持ち上げると、ジュストに悟られないよう足を持ち上げ、ジュストの足の甲に踵をめり込ませたのだ。

「くっ…………!」

突然の反撃にジュストの顔が醜く歪んだ。続けてクラリーチェは彼の溝尾に肘打ちを食らわせた。

「ゔ、あっ…………」

思わぬ攻撃に、ジュストの口から呻き声が漏れた。
同時にクラリーチェがジュストの緩んだ腕を、渾身の力で押しのけて脱出を図ったのだ。
それは、普段のクラリーチェからは想像もつかないような勇姿だった。
あまりの素晴らしさに暫し見惚れてから、はっと我に返った。

「クラリーチェ様っ!早く、こちらへ!」

慌ててリリアーナは叫ぶと、クラリーチェに向かって手を伸ばした。

「に、逃がすかっ!」

クラリーチェとリリアーナの手が触れそうになったところで、ジュストの腕が再びクラリーチェの腰に巻き付いた。

「いやあっ!」

無理矢理引き離されたクラリーチェの、悲痛な叫びが響き渡る。
あと、ほんの少し。ほんの僅かで届くはずだったリリアーナが伸ばした手は、クラリーチェには届かなかった。
目の前でジュストに再び捕らえられたクラリーチェが必死に抵抗する姿が目に入った次の瞬間だった。

「クラリーチェ様、よく頑張りましたね」

唐突に、落ち着いた女性の声が聞こえた。

「え…………?」

リリアーナは驚きのあまり、思わず声を漏らした。

「ガハッ!」

同時に、ジュストが苦しげに呻いてその場に膝をついた。
いつの間にか近くに来ていた、一人の貴族令嬢が、ジュストの後頭部強烈な手刀を食らわせたからだった。
ジュストの腕の力が緩んだせいで傾いたクラリーチェの体をエドアルドとリリアーナが同時に受け止めた。

「ブラマーニ公爵家は本当に碌でもないクズ揃いだと思っておりましたけれど、やはりあなたが一番クズですわね」

リリアーナは元婚約者に向かって、憎悪と侮蔑を込めてそう吐き捨てると、艶やかなドレス姿の令嬢が頷いた。

「仰るとおりですわ、リリアーナ様。………無事に婚約解消出来て良かったですわね」

声を掛けられて漸くが誰なのかを理解する。

「リ………リディア…………?」
「そのとおりです、クラリーチェ様。怖い思いを何度もさせてしまい、申し訳ございませんでした」

そこにいたのはクラリーチェの侍女リディアだった。
そういえば彼女はコルシーニ伯爵家の令嬢でもあったという事を思い出す。

「色々ご説明申し上げなければならないこともございますが、取り敢えずこの痴れ者を捕縛致しますね」

リディアは近衛騎士団長から受け取った縄で手早くジュストの体を縛り上げた。
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