猫被り令嬢の恋愛結婚

玉響

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ラファエロ編

29.偶然を装った再会

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ラファエロは立ち上がると、部屋を出た。
そしてエドアルドの執務室の前を素通りし、その先へと進んでいく。
そして、近衛騎士が守る扉の前へと辿り着いた。

「これは、殿下………」

突然の王弟の登場に、騎士も驚いたようだった。

「少しだけ、お話をさせてもらいますね」

柔和な笑顔を浮かべると、騎士はすっと大きな体をどける。
ありがとう、と小さく礼を言うと、ラファエロは自ら扉を叩いた。

「クラリーチェ嬢、いらっしゃいますか?」

侍女のリディアが、少し驚いたように素早く扉を開けた。彼女はどうやら声だけで誰なのかを判断したようだった。

「おや、グロッシ侯爵令嬢もご一緒でしたか。これは失礼いたしました」
「いいえ、お気になさらず。………むしろお会いできて嬉しいですわ」

さも偶然に訪ねてきた風を装ったラファエロが優雅な仕草で挨拶をすると、リリアーナが慌てて立ちあがり、カーテシーをした。
顔を上げたリリアーナは、今日も完璧な笑顔を顔に張り付けていた。
若草色に小花柄の可愛らしい雰囲気のドレスが、彼女の艶やかなストロベリーブロンドによく映えており、可憐な彼女をより一層魅了区的に見せていた。

「兄上も、貴女がクラリーチェ嬢と交流を深めてくださる事を、歓迎しております。私から申し上げるのも何ですが、未来の義姉上の事を、どうぞよろしくお願い致しますね」

しっかりと裏付けをとった事実を述べながらラファエロが穏やかな笑顔を浮かべると、リリアーナも満面の笑みを返してくれた。
たったそれだけのことなのに、ラファエロは胸が温かくなるのを感じた。

「勿論ですわ」
「心強い味方が増えて良かったですね、クラリーチェ嬢」

優しく笑顔を浮かべると、クラリーチェもはにかみながら頷いた。
その時ふと、リリアーナからの視線を感じて、ラファエロは内心でほくそ笑んだ。
何か用事があってここに来たわけではない。リリアーナの顔を見て、自分の存在を印象付けるのが目的だったのだから長居をして悪い印象を持たれても面白くない。
今日はこれで十分だろう。

「ご令嬢方の楽しい時間をお邪魔するわけにはいきませんから、また改めてお伺いすることにします」

下心を隠しながら、あくまで紳士的に振舞って見せる。

「………ラファエロ様がいらっしゃったということは、何かあったのですか?」

クラリーチェが怪訝そうに眉を顰めた。
自分が顔を出すときは、何か大事があった時だとクラリーチェに思われてしまったらしかった。
少し予想外の事態に驚きつつ、自分の迂闊さを反省しながらも、ラファエロは慌てることなくあくまで平静を装い、口を開く。

「いいえ? 晩餐のために食堂へ行こうとこの部屋の前を通り掛かったところ、とても楽しそうな可愛らしい声が聞こえてきたもので、気になって顔を出しただけです。問題などありませんよ」

別にそんなつもりはなかったが、もしリリアーナが既に帰ってしまっていれば晩餐に向かおうとも考えていたので嘘を言っているわけではなかった。

すると、リリアーナが突然窓の外を見て、大袈裟なくらいに声を上げた。

「まあ、大変! 私ったらクラリーチェ様とのお話に夢中になって、こんな時間まで居座ってしまいましたわ。そろそろ帰らないと父に叱られてしまいますので、失礼致しますね」

既に陽が沈みかけてきていた。リリアーナはラファエロが時間を知らせに来てくれたのだと判断したらしかった。
確かに、そう考えたほうが自然な気がする。
真実は違うにしても、流石に空気を読む速さと理解力、それにその対応まで、完璧だとラファエロは感嘆した。

「……どうやら噂以上のご令嬢のようですね」
「不良債権の相手を務めていれば、自然とこのようになりますのよ?」

にこりと上辺だけの笑みを浮かべると、リリアーナはクラリーチェに向き合った。

「クラリーチェ様、本日はありがとうございました。また是非ご一緒致しましょう」

結局よそ行きの仮面を被ったまま立ち去るリリアーナを、ラファエロはどこか寂しい気持ちで見送るのだった。

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