225 / 473
婚約編
45.グロッシ侯爵夫妻
しおりを挟む
ラファエロの手を借りて馬車を降りると、仏頂面のグロッシ侯爵と、対照的に女神のような笑顔を浮かべて待っていた。
「只今戻りました」
「お帰りなさい、リリアーナ。お泊りは楽しかったかしら?」
笑顔を浮かべて頷くリリアーナの様子に、グロッシ侯爵は益々面白くなさそうに眉間に皺を寄せる。
明らかに、以前ラファエロがグロッシ侯爵邸を訪れた時とは比較にならない程に、侯爵は不機嫌だった。
「さあ、どうぞ中にお入りください。殿下がいらっしゃると聞いて、我が家の料理長特製のビスコッティを用意しましたの。リリアーナの大好物ですのよ」
「ありがとうございます、侯爵夫人。それは楽しみですね」
口を開かない夫の代わりに、侯爵夫人がにこやかにラファエロを誘導する。
ラファエロは侯爵の態度に気を悪くした様子はなかったが、リリアーナは内申呆れつつ、父を引き摺りながら屋敷へ入る母に続いたのだった。
応接室に入ってからも、侯爵は一言も口を開かなかった。
「………先日お伝えしたとおり、本日はご息女との婚約手続きの為に、お伺いしました」
ラファエロは穏やかな笑顔を浮かべて、グロッシ侯爵の前に書類を出す。
「…………娘は、一ヶ月前に婚約解消したばかりです」
「ええ。存じております。その日のうちに、侯爵から『及第点』を頂きましたからね」
どちらも静かな口調なのに、リリアーナには何故か二人の間に火花が散って見える気がした。
「早急に事を進めることで、娘に悪評がついたらどうなさるおつもりですか?」
「そのような輩は、全て排除してあります。それに万が一そのような事態になったなら、全力でその『悪評』とやらを消してみせますよ」
侯爵の口撃に全く動じる様子を見せないラファエロがにこりと微笑むと、侯爵はぎろりとラファエロを睨んだ。
「………口だけならば、何とでも言えるでしょう。それを、殿下はどうやって示されますか?」
グロッシ侯爵の口元が、意地悪く歪められるのを見て、リリアーナは思わずラファエロを見る。
するとラファエロは心配ないと言うように頷き、侯爵に向き直る。
「ならば、今から教会に赴き、神の前で誓っても構いません。どのみち彼女を全力で愛しぬく事を誓うつもりでしたしね。何なら、誓約書もお付けしましょうか?」
ラファエロのエメラルド色の瞳が侯爵を射抜くと、グロッシ侯爵が悔しそうに顔を歪ませた。
そして、口を開こうとしたその時。
「………あなた、いい加減になさったら?」
それまでにこやかにお茶を飲んでいた侯爵夫人がやんわりと、侯爵を止めた。
「リリアーナを取られて悔しいのは分かりますけれど、あなたがゴネた所で、リリアーナの心も、勿論殿下の心も変わりませんわよ?幼い子供のように駄々を捏ねて………。一度認めたのなら、潔く書類にサインをすれば良いのです」
優しい声なのに、まるで吹雪のような空気が流れるのは何故なのだろう。
リリアーナは目を丸くして母を見た。
「し、しかしだな………」
「しかしも何もありません。それ以上手続きを拒むのならば、私にも考えがありますわよ?」
夫人が更に笑みを深くした途端、グロッシ侯爵の顔色が青く変わった。
「只今戻りました」
「お帰りなさい、リリアーナ。お泊りは楽しかったかしら?」
笑顔を浮かべて頷くリリアーナの様子に、グロッシ侯爵は益々面白くなさそうに眉間に皺を寄せる。
明らかに、以前ラファエロがグロッシ侯爵邸を訪れた時とは比較にならない程に、侯爵は不機嫌だった。
「さあ、どうぞ中にお入りください。殿下がいらっしゃると聞いて、我が家の料理長特製のビスコッティを用意しましたの。リリアーナの大好物ですのよ」
「ありがとうございます、侯爵夫人。それは楽しみですね」
口を開かない夫の代わりに、侯爵夫人がにこやかにラファエロを誘導する。
ラファエロは侯爵の態度に気を悪くした様子はなかったが、リリアーナは内申呆れつつ、父を引き摺りながら屋敷へ入る母に続いたのだった。
応接室に入ってからも、侯爵は一言も口を開かなかった。
「………先日お伝えしたとおり、本日はご息女との婚約手続きの為に、お伺いしました」
ラファエロは穏やかな笑顔を浮かべて、グロッシ侯爵の前に書類を出す。
「…………娘は、一ヶ月前に婚約解消したばかりです」
「ええ。存じております。その日のうちに、侯爵から『及第点』を頂きましたからね」
どちらも静かな口調なのに、リリアーナには何故か二人の間に火花が散って見える気がした。
「早急に事を進めることで、娘に悪評がついたらどうなさるおつもりですか?」
「そのような輩は、全て排除してあります。それに万が一そのような事態になったなら、全力でその『悪評』とやらを消してみせますよ」
侯爵の口撃に全く動じる様子を見せないラファエロがにこりと微笑むと、侯爵はぎろりとラファエロを睨んだ。
「………口だけならば、何とでも言えるでしょう。それを、殿下はどうやって示されますか?」
グロッシ侯爵の口元が、意地悪く歪められるのを見て、リリアーナは思わずラファエロを見る。
するとラファエロは心配ないと言うように頷き、侯爵に向き直る。
「ならば、今から教会に赴き、神の前で誓っても構いません。どのみち彼女を全力で愛しぬく事を誓うつもりでしたしね。何なら、誓約書もお付けしましょうか?」
ラファエロのエメラルド色の瞳が侯爵を射抜くと、グロッシ侯爵が悔しそうに顔を歪ませた。
そして、口を開こうとしたその時。
「………あなた、いい加減になさったら?」
それまでにこやかにお茶を飲んでいた侯爵夫人がやんわりと、侯爵を止めた。
「リリアーナを取られて悔しいのは分かりますけれど、あなたがゴネた所で、リリアーナの心も、勿論殿下の心も変わりませんわよ?幼い子供のように駄々を捏ねて………。一度認めたのなら、潔く書類にサインをすれば良いのです」
優しい声なのに、まるで吹雪のような空気が流れるのは何故なのだろう。
リリアーナは目を丸くして母を見た。
「し、しかしだな………」
「しかしも何もありません。それ以上手続きを拒むのならば、私にも考えがありますわよ?」
夫人が更に笑みを深くした途端、グロッシ侯爵の顔色が青く変わった。
3
あなたにおすすめの小説
恋人に夢中な婚約者に一泡吹かせてやりたかっただけ
棗
恋愛
伯爵令嬢ラフレーズ=ベリーシュは、王国の王太子ヒンメルの婚約者。
王家の忠臣と名高い父を持ち、更に隣国の姫を母に持つが故に結ばれた完全なる政略結婚。
長年の片思い相手であり、婚約者であるヒンメルの隣には常に恋人の公爵令嬢がいる。
婚約者には愛を示さず、恋人に夢中な彼にいつか捨てられるくらいなら、こちらも恋人を作って一泡吹かせてやろうと友達の羊の精霊メリー君の妙案を受けて実行することに。
ラフレーズが恋人役を頼んだのは、人外の魔術師・魔王公爵と名高い王国最強の男――クイーン=ホーエンハイム。
濡れた色香を放つクイーンからの、本気か嘘かも分からない行動に涙目になっていると恋人に夢中だった王太子が……。
※小説家になろう・カクヨム様にも公開しています
断罪される前に市井で暮らそうとした悪役令嬢は幸せに酔いしれる
葉柚
恋愛
侯爵令嬢であるアマリアは、男爵家の養女であるアンナライラに婚約者のユースフェリア王子を盗られそうになる。
アンナライラに呪いをかけたのはアマリアだと言いアマリアを追い詰める。
アマリアは断罪される前に市井に溶け込み侯爵令嬢ではなく一市民として生きようとする。
市井ではどこかの王子が呪いにより猫になってしまったという噂がまことしやかに流れており……。
【完結】婚約者様、王女様を優先するならお好きにどうぞ
曽根原ツタ
恋愛
オーガスタの婚約者が王女のことを優先するようになったのは――彼女の近衛騎士になってからだった。
婚約者はオーガスタとの約束を、王女の護衛を口実に何度も破った。
美しい王女に付きっきりな彼への不信感が募っていく中、とある夜会で逢瀬を交わすふたりを目撃したことで、遂に婚約解消を決意する。
そして、その夜会でたまたま王子に会った瞬間、前世の記憶を思い出し……?
――病弱な王女を優先したいなら、好きにすればいいですよ。私も好きにしますので。
断る――――前にもそう言ったはずだ
鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」
結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。
周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。
けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。
他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。
(わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)
そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。
ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。
そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?
虐げられた令嬢は、姉の代わりに王子へ嫁ぐ――たとえお飾りの妃だとしても
千堂みくま
恋愛
「この卑しい娘め、おまえはただの身代わりだろうが!」 ケルホーン伯爵家に生まれたシーナは、ある理由から義理の家族に虐げられていた。シーナは姉のルターナと瓜二つの顔を持ち、背格好もよく似ている。姉は病弱なため、義父はシーナに「ルターナの代わりに、婚約者のレクオン王子と面会しろ」と強要してきた。二人はなんとか支えあって生きてきたが、とうとうある冬の日にルターナは帰らぬ人となってしまう。「このお金を持って、逃げて――」ルターナは最後の力で屋敷から妹を逃がし、シーナは名前を捨てて別人として暮らしはじめたが、レクオン王子が迎えにやってきて……。○第15回恋愛小説大賞に参加しています。もしよろしければ応援お願いいたします。
大好きな旦那様はどうやら聖女様のことがお好きなようです
古堂すいう
恋愛
祖父から溺愛され我儘に育った公爵令嬢セレーネは、婚約者である皇子から衆目の中、突如婚約破棄を言い渡される。
皇子の横にはセレーネが嫌う男爵令嬢の姿があった。
他人から冷たい視線を浴びたことなどないセレーネに戸惑うばかり、そんな彼女に所有財産没収の命が下されようとしたその時。
救いの手を差し伸べたのは神官長──エルゲンだった。
セレーネは、エルゲンと婚姻を結んだ当初「穏やかで誰にでも微笑むつまらない人」だという印象をもっていたけれど、共に生活する内に徐々に彼の人柄に惹かれていく。
だけれど彼には想い人が出来てしまったようで──…。
「今度はわたくしが恩を返すべきなんですわ!」
今まで自分のことばかりだったセレーネは、初めて人のために何かしたいと思い立ち、大好きな旦那様のために奮闘するのだが──…。
つかれやすい殿下のために掃除婦として就くことになりました
樹里
恋愛
社交界デビューの日。
訳も分からずいきなり第一王子、エルベルト・フォンテーヌ殿下に挨拶を拒絶された子爵令嬢のロザンヌ・ダングルベール。
後日、謝罪をしたいとのことで王宮へと出向いたが、そこで知らされた殿下の秘密。
それによって、し・か・た・な・く彼の掃除婦として就いたことから始まるラブファンタジー。
【完結】姉は聖女? ええ、でも私は白魔導士なので支援するぐらいしか取り柄がありません。
猫屋敷 むぎ
ファンタジー
誰もが憧れる勇者と最強の騎士が恋したのは聖女。それは私ではなく、姉でした。
復活した魔王に侯爵領を奪われ没落した私たち姉妹。そして、誰からも愛される姉アリシアは神の祝福を受け聖女となり、私セレナは支援魔法しか取り柄のない白魔導士のまま。
やがてヴァルミエール国王の王命により結成された勇者パーティは、
勇者、騎士、聖女、エルフの弓使い――そして“おまけ”の私。
過去の恋、未来の恋、政略婚に揺れ動く姉を見つめながら、ようやく私の役割を自覚し始めた頃――。
魔王城へと北上する魔王討伐軍と共に歩む勇者パーティは、
四人の魔将との邂逅、秘められた真実、そしてそれぞれの試練を迎え――。
輝く三人の恋と友情を“すぐ隣で見つめるだけ”の「聖女の妹」でしかなかった私。
けれど魔王討伐の旅路の中で、“仲間を支えるとは何か”に気付き、
やがて――“本当の自分”を見つけていく――。
そんな、ちょっぴり切ない恋と友情と姉妹愛、そして私の成長の物語です。
※本作の章構成:
第一章:アカデミー&聖女覚醒編
第二章:勇者パーティ結成&魔王討伐軍北上編
第三章:帰郷&魔将・魔王決戦編
※「小説家になろう」にも掲載(異世界転生・恋愛12位)
※ アルファポリス完結ファンタジー8位。応援ありがとうございます。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる