呪われた騎士は記憶喪失の乙女に愛を捧げる

玉響

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89.不安

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その後、神官たちがアンネリーゼの体調を確認したりして少々の遅れがあったものの、日程は予定通りに進み、いよいよ祈りの儀式の本番を迎えるだけとなった。

説明を聞いただけでは不安の残るものだったが、まるで儀式に間に合わせたかのように記憶が戻ったお陰で、フォイルゲンでの儀式を思い出すことが出来たのは、アンネリーゼにとっては何よりの安心材料だった。
しかし、それに伴いどうしても辛い記憶が蘇り、アンネリーゼは悲しげに目を伏せる。

「お嬢様?どうかなさいましたか?」

儀式に望むための真っ白な聖衣の裾を整えながら、ミアが心配そうに声をかけてきた。

「………あ、いいえ?やはり、少し緊張しているみたい」

潔斎を終え、身は清らかになったかもしれないが、アンネリーゼの心の中は相変わらず迷いと不安に満たされている。

(こんなに雑念だらけの巫女姫だなんて、女神様にも呆れられてしまうわね)

アンネリーゼは自嘲の笑みを口元にだけ浮かべると、溜息をついた。

「そろそろジーク様がお迎えにいらっしゃる筈ですけれど…………」

ミアが扉の方に目を向けたのとほぼ同時に、ノックの音が響いた。

「巫女姫様、お迎えに上がりました」

低くて艶のある声に、アンネリーゼの胸が跳ね上がった。

「い………、今行きます!」

滑らかな生地の衣の裾を持ち上げると、アンネリーゼはいそいそと扉へ向かう。
外で待っていたジークは、同じく純白の騎士服に身を包み、銀で作られた剣を腰から下げている。
その様に、アンネリーゼは頬が熱くなるのを感じた。

「………あの、おかしく………ないですか?」

僅かに俯きながら、恥ずかしそうに視線を彷徨わせるアンネリーゼに、ジークは沈黙したあと、ゆっくりと頷いた。

「とても、お綺麗です」

するとアンネリーゼはぱっと顔を上げた。
その言葉は、フォイルゲンでの儀式の前に、ルートヴィヒが口にしたものと全く同じだった。
ただの偶然だろうが、アンネリーゼは言いしれない不安に襲われる。

「…………どうして…………」

アンネリーゼの深い青色の瞳が、不安気に揺らいだ。

「………どうか、したのですか?」

相変わらず無表情のままのジークが、小首を傾げる。

「何でも………ありません。………一瞬、知り合いを思い出していたのです」

ジークの前で、亡くなった婚約者の事を話題にしたくなくて、アンネリーゼは曖昧な笑みを浮かべると、誤魔化した。
明らかに不自然なアンネリーゼの様子を不思議に感じながらも、ジークは無言を貫いたまま、そっとアンネリーゼに手を差し伸べたのだった。
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