呪われた騎士は記憶喪失の乙女に愛を捧げる

玉響

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90.祈りの儀式

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聖殿の内部、その最奥に位置する女神の祭壇の間。
そこは、神秘的な聖殿の中でも一際清らかな空気の流れる場所だった。

アンネリーゼはジークを伴い、クルツ大公や大公家の面々、そして女神に仕える神官たちが並んで待つ祭壇の間へと足を踏み入れた。

白一色で染め上げられた空間の最奥に設けられた祭壇は、女神の象徴である白薔薇で飾られており、祭壇へと歩みを進めるに連れて芳しいダマスク香が立ち昇る。

祭壇の傍らに立つ神官が、聖水の入った水瓶から、黄金の柄杓で水を掬い上げると、それをアンネリーゼへと手渡した。

いよいよ、儀式が始まる。
アンネリーゼは緊張で震えそうになる心を叱咤し、こくりと小さく息を呑むと、唇を開いた。

「この地に安寧と豊饒を齎す、美しく賢き女神フリッカ。我らの声を聞き、我らの願いを聞き給え」

祭壇に置かれた聖杯に、ゆっくりと聖水を柄杓で注ぎながら、祈りの言葉を口にする。
初めてではないのに、唇が戦慄いてしまい、上手く言葉を紡げない気がした。

アンネリーゼは気づかれないように大きく深呼吸をすると、背後に控えたジークがアンネリーゼの聖衣の裾をぎゅっと握る人物がいることに気がついた。

「…………」

まるで、アンネリーゼの不安な気持気持ちを取り除こうとしているかのように、ジークはひたむきな眼差しを送っていてくれた。

「この水のように、尽きることのない平和と、安定を………」

邪念を、打ち払うかのようにアンネリーゼは強い祈りを込めて聖水で、盃を満たしていくと、きぃん、という金属同士が共鳴するような耳鳴りが近く、それなのに遠く響いた。

不思議な感覚がアンネリーゼを襲う。
キィン、と甲高その音は、段々とアンネリーゼの意識を支配するかのように、近く、大きくなっていく。
気がつくと、アンネリーゼは珠のような脂汗を額に滲ませていた。
前回のフォイルゲンでの儀式のときには、このような異音を聞いた覚えはなかった。
もしかすると、自身、の弱く邪念を含んだ心を、女神が叱咤しているのかもしれないと、アンネリーゼは思った。

「母なる女神よ…………!」

ただひたすらに、聖杯に祈りと魔力を込めると、ゆっくりとその聖杯を頭上へと掲げる。
すると、聖杯から七色に輝く魔力が光の帯となって溢れ出し始めた。
………それは、儀式が無事に終わったことを意味していた。
アンネリーゼは安堵の溜息を漏らすと、祭壇に向かって恭しくお辞儀をし、聖杯を祭壇へと供えた。

その直後、大量の魔力を使ったのと緊張が相俟って、アンネリーゼはその場にへたり込んだのだった。
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