死霊使いの花嫁

羽鳥紘

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第十三話 ミオとミハイル

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 翌朝。目覚めて着替えに袖を通す。

 飾りの少ない、かなりクラシックタイプの使用人服。できれば作業着の方がありがたいけど、リエーフさん作のものよりはかなりマシ。
 昨日の疲れが取れていないのか、少し気だるい。考えもあまりまとまらない。だからこそ、掃除をしようと思った。そうして部屋を出た私を待ち構えていた人がいた。

「おはよう、ミオ」

 あの軍服の幽霊だった。しゅんとしながら挨拶をしてくる彼に、悪気がないのはよくわかる。わかるけどちょっと体がのけぞってしまう。

「お、おはよう……ええと」
「そうか、覚えてないんだよね。僕はエドアルト……まだ怒ってる?」
「ううん、もう気にしてない」

 そう言う彼……エドアルトがあまりにしょげ返っているので、見かねてそう答える。
 まぁ……全く気にしてないと言うと嘘になるけど、済んだことを言っても仕方ないし。相手は幽霊だし。
 エドアルトはほっとした顔をした後に、けれど少し怪訝な顔をした。

「良かった。ミオ、ちょっと雰囲気変わったね」
「そう言われても私、覚えてないので」

 でも、他の人たちは「変わらない」と言うので、少し新鮮な意見ではある。

「前は敬語だった」
「あ……ごめんなさい。弟と同じくらいに見えて、つい」

 そういえば、今の私の姿は記憶より少し若かった。多分見た目で言えばこのエドアルトという青年より若い。失礼だったな。

「いいよ、そっちの方が話しやすいから。実は、ミオにお願いがあるんだけど」

 うん、と相槌を打とうとして、声が咄嗟に出なかった。なんだか頭がぼうっとする。これはもしかして……風邪を引いたかな。
 それでも私は顔を上げるとエドアルトの言葉を拾って答えた。

「お願い? 私に?」
「中庭の、草花の世話を頼みたくて。だめかな?」
「ううん! やる! 案内してくれる?」

 それなら、迷惑をかけずにできる。花は私も好きだしガーデニングの知識も多少はある。
 願ってもないお願いに、弾んだ気持ちで足を踏み出す。でも心とは対照的に足は酷く重い。そして、膝から力が抜けていく。

「あ、あれ」

 バランスを崩した私を見て、エドアルトが手を差し出す。だめだ。体に力が入らない。

「ミオ? 体調悪いの?」
「ご、めん……熱があるみたい」

 成すすべなくエドアルトにもたれかかってそう答える。体が熱い。やっぱり昨日濡れたのがまずかったかな。

「熱……、僕じゃわからないよ」

 レイラと同じ。こんなに密着していても、体温は感じない。

「伯爵。来て」

 エドアルトさんが呟く。するとすぐに別の気配と、そしてめちゃくちゃ不機嫌そうな声がする。

「……何してるんだ」

 いや、違う。多分、この状況、多分客観的に見ると私がエドアルトに抱き着いてるように見えてしまいそうなんだけど。離れようにも眩暈が酷くて動けない。一人で動揺していると、エドアルトが代わりに弁明してくれた。

「昨夜も今もわざとじゃないよ。ミオが倒れた。はい」

 エドアルトが私をひょいと抱き上げ、当主に向けて差し出す。いや、ちょっと待って、そんな物みたいに。

「昨夜……? いや、俺に渡すな。ベッドに降ろせ」

 しかも受け取り拒否された。そして昨夜の話はもう忘れて欲しいんだけど。
 ともあれ当主の指示で、エドアルトが私の体をベッドに降ろしてくれる。

「僕、執事探してくる」
「ああ。頼む」

 スッとエドアルトさんが姿を消す。シーツが冷たくて気持ちいい……、それとは別に、額にも冷たい感触がある。大きくて、骨ばった……

「……ひゃ!?」
「熱があるな。……そんなに睨むな」

 触れているのが彼の手だと。認識した瞬間、変な声が出てしまった。睨んだつもりはないけれど、すごい顔はしたかもしれない。

「急に触るから……!」
「エドアルトはよくて俺は駄目なのか」

 舌打ちでもしそうな不機嫌な顔で……いや……というより。
 不機嫌な顔を見慣れてきたせいか、違いがわかるようになってきた。これはどちらかというと、……拗ねたような顔だ。

「そういえば……さっき、いつの間に来たんですか?」
「昔からこの屋敷にいる幽霊は、俺が呼べば来るし、逆に俺を呼ぶこともできる。お前もだ」
「私も……?」

 ベッドの端に腰かけて、当主が答える。

「ああ。名を呼べば行く。何かあれば呼べ」

 ベッドに寝ている私からは彼の背しか見えなくて、どんな表情をしているかわからない。でもいつもよりも優しい声。そんな声も出せるんだ。

「……俺の名、覚えているか?」

 不意に、そんなことを問われる。さすがにそこまで物忘れは激しくない。

「契約相手の名前を忘れるほど、馬鹿じゃないです」
「馬鹿にしたわけじゃない。少し捻くれすぎだ」
「それはすみません。こういう性格なんです」
「なら、俺もこういう言い方しかできないだけだ。慣れろ」
「大体慣れました」
「……もういい。寝ていろ。熱が上がる」

 当主はそう言い捨てると、立ち上がった。捻くれているのはお互い様だと思うけど。でも本当に熱が上がってきそうだし、喋るのをやめて目を閉じる。

「覚えているなら……何もなくても偶には呼べ」

 閉じたばかりの目を開けて、ついでに体も起こした。だるさが吹っ飛ぶくらいに興味が勝った。今彼が、どんな顔をしているのか見たくて。

「こっちを向いて下さい」
「断る」
「ミハイルさん」
「……ッ!」

 振り返ったその顔は、初めて見る表情だった。満足して、口を開く。

「私の勝ちですね」
「……主人に対して随分な態度だな?」
「すみません。様の方が良かったですか?」
「呼び方の問題じゃない。全く……、だが思ったより元気があって何よりだ」

 引き返してきた当主が――、ミハイルさんが。
 片手をベッドについて、私に顔を近づける。ギシ、とベッドが音を立てて。逆の手が、私の頬を撫でる。

「――ッ!!」
「俺の勝ちだ」

 真っ赤になった私を見下ろし、ミハイルさんが意地の悪い笑みを見せる。
 悔しい。その顔から目が離せないことが。頬に触れる手が冷たくて心地良いことが。負けても悔しくないことが、悔しすぎて顔の熱が引かない。

「……ミオ」

 ふと笑みを収めて、ミハイルさんが私の名を呼ぶ。だがその目はすぐに剣呑な色を宿した。そして手を離し、その手を翳してなにか呪文のようなものを呟く。

「……ミハイルさん?」
「霊除けの結界を張った。絶対にここを動くな」

 それだけ言い残すと、立ち上がり、彼は部屋を出ていった。
 ……胸騒ぎが止まらない。シーツを跳ねのけ、ベッドを降りる。酷い眩暈がしたけれど、ふらつく体を引きずって、這うようにして扉までたどり着く。熱さと苦しさはもうよくわからなくなっていた。扉の外からミハイルさんの声がする。

「どうやって地下を出た」

 ……地下? あの鎖で塞がれた階段のことだろうか。
 音を立てないように注意しながら、少しだけ扉を開く。その隙間から外を見ると、ミハイルさんが女性と対峙していた。おそらく死霊。しかも見覚えがある。
 昨日、あの雨の中、私を襲った死霊だ。

「どうして私を閉じ込めるの?」
「生きる者に害を成すからだ」
「寂しい。寂しい。寂しい。寂しい。寂しい」

 同じ言葉を繰り返し、血の涙を流しながら、縋るように死霊が手を伸ばす。ミハイルさんが短く溜息をつく。そして、腰に携えているナイフに手を掛けたところで、私は部屋を飛び出していた。

「駄目!」

 後先なんて考えてなかった。

「ミオ!?」

 ミハイルさんの前に飛び出した私に、死霊の手が触れる。
 私のせいで、散々血を流させた。もうこれ以上傷つけない。傷ついて欲しくない。
 そう強く願った瞬間、辺りはまばゆい光に包まれた。左手に熱を感じて、それを引き寄せる。
 守られるのも迷惑かけるのも、もう沢山だ。

「よせ!」

 ミハイルさんが叫び、私の腕を掴む。その拍子に光は霧散したが、女性の死霊からは血の涙もさっきのような虚ろさも消えていた。

「ここは……? わたし、何を?」

 きょとんとして、彼女は自分の両手の平を眺めている。よくわからないけど……多分、窮地は脱したみたい。

「ようこそ当家へ。こちらへどうぞ」

 穏やかな声が降ってきて、顔を上げるとリエーフさんが微笑んでいた。そしてミハイルさんに目配せし、女性の死霊を伴い、場を離れていく。

「今のは……」

 何、と聞こうとして、突然気が遠くなった。その場に膝をついた私の肩を、ミハイルさんが強く掴んだ。

「……今のは、お前の命を削る。二度とするな」
「でも……、これなら役に立てる。元々ミハイルさんに貰った命なんですから、ミハイルさんの為に使えるのなら、その方が」
「馬鹿なことを言うな!」

 ビクッと体が竦む。怒鳴られたことは何度もあるけど、今までとはまるで違う。

「俺が傍にいることで……お前が傷つくのなら、俺は……!」

 その声が遠くなる。
 思い出せないからせめて、もっと知りたかった。もっと色んな顔が見たかった。でも……

 苦しむ姿が、見たかったわけじゃない。
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