死霊使いの花嫁

羽鳥紘

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第十五話 当主の本音

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 猛烈なだるさと眩暈。そして寒気と火照り。ベッドから動けない私に、容赦のない言葉が突き刺さる。

「だから言っただろう、この馬鹿!」

 病人に対して随分な態度だとは思うものの、返す言葉が見つからない。休めと言われていたのに休まなかったのは私だ。だけど、体力と健康には自信があったのだ。まさかぶり返すなんて思わなかった。
 何も言い返さない私を見て、さすがに言い過ぎたと思ったのか――ミハイルさんもそれ以上は私を責めることもなかった。リエーフさんが視線で制したのもあるかもしれない。

「医者を呼んだ方がいいかもしれませんね、これは」
「この屋敷に来る医者などいるものか」
「なら、死霊の中にお医者様がいないか探してみましょうか」

 名案を思い付いたかのように、リエーフさんがぽんと拳を手の平に押し付ける。そんな、お客様の中にお医者様はいらっしゃいませんか~的なノリで言われても、死霊がちゃんと診察してくれるのか不安しかない。

「そんな都合よく……」

 と、言いかけたミハイルさんが言葉を止める。それから二人で顔を見合わせて「あ」と声を漏らした。

「いますね」
「いたな」
「最近見かけないからすっかり忘れていました。ご主人様、ちょっと呼んで頂けないでしょうか。ミオ様の非常事態ですし」

 ミハイルさんは一瞬嫌な顔をしたが、思い直したように右手を胸の前にかざした。

「……来い、アラム」

 アラム――聞き覚えのある名前だ。ミハイルさんがその名を口にしてから間を置かず、彼の前に白衣姿の男が現れる。

「坊が『呼ぶ』なんて珍しいじゃないか。……今、良い所だったんだけど?」
「知るか。そこの馬鹿の診察を頼む」
「診察だって? 今のぼくじゃ碌なことはできないし、大体ここには死人しか――」

 白衣の男が振り返って私を見下ろす。そして口を噤むと、かけていた眼鏡を直すような素振りをした。

「驚いた。ミオ嬢じゃないか!」
「ああ。一昨日熱があって倒れた癖に、昨日掃除をしていてまた倒れた」
「ははっ、変わらないねぇ」

 聞き覚えがあると思ったことに間違いはなかったようだ。彼がエドアルトから聞いていた、私を知る最後の幽霊か。

「熱ね。だいぶ高いの? 他に何か症状は?」

 幾つか質問に答え、一通り目や喉などを見られた後、ふむ、とアラムさんが腕を組む。

「熱の他にはこれといって症状がないし、多分疲れじゃないかな。執事や坊がストレスを与えすぎなんじゃないの?」

 まるで身に覚えがあるかのように、二人が「ぐ」と言葉に詰まる。
 いや、私の方が二人に迷惑をかけていると思うんだけど。それを情けなく思うストレスはあるかもしれない。

「それにしても、ミオ嬢が戻ってたなんて知らなかった。どうして教えてくれなかったんだい」
「貴方が数年研究室に籠って出てこなかったからですよ」

 呆れたように答えてから、表情を一変させて、リエーフさんが申し訳なさそうに私を見下ろす。

「すみません。わたくしがミオさんにストレスを与えてしまっていたようで」
「いえ、そんな。リエーフさんは悪くないです」
「……リエーフ『は』?」

 しょんぼりしているリエーフさんにそう答えると、何か言いたげな声が落ちてきて、私はそちらに視線を映した。

「……リエーフさん『も』」
「とってつけたように言わなくていい」
「坊ちゃん」

 たしなめるようなリエーフさんの声に、ミハイルさんがそっぽを向く。

「まぁ、熱さましの作り方を教えるから、それを飲ませて様子を見よう。執事」
「わかりました。少々お待ち下さいね、ミオ様」

 二人が退室していく。当然ミハイルさんも出ていくものだと思っていたが、彼はベッドに腰かけると、手にしていた書類を読み始めた。

「……あの?」
「お前は目を離すと余計なことをする」

 書類を見たまま、チクリと言われる。

「もうしません」
「どうだか」
「自分だってちゃんと休んでないくせに。……顔色、良くないですよ」
「お前が休んだら休む」

 嘘ばっかり。

 それを言えばまた口論になってしまいそうだから、胸に仕舞っておくことにする。
 目を閉じると、ミハイルさんが書類をめくる音だけが聞こえる。決して耳障りではなく、むしろ静寂よりも安心する。体調の悪いときに一人で過ごすのは心細いものだから、誰かがいるのはありがたい。

 ありがたいんだけど。

 落ち着いて眠れるかというと、それは別の話だ。心臓が煩いのは熱のせいなのか、それとも別の要因なのか。特定したところで眠れそうにないのに変わりはなくて、私は重い体を起こした。

「それ、何の書類ですか?」
「申請書や嘆願書の類だ。一応、領主なのでな……」

 そういえば伯爵家だったっけ。幽霊ばっかり相手にしてるって言ってたけど、領主としての仕事もあるなんて、ますます多忙じゃないか。

「何か、私に手伝えることはないですか?」
「ない」

 そうかもしれないけど、そんな即答しなくても。
 溜息をついていると、ポン、と頭に手を置かれた。

「……いいから、今は休め。治ったら考える」

 言葉は少ないし、仏頂面だし、抑揚のない不機嫌そうな声だけど。その声も、髪を撫でる手も、私を見る鋭い瞳さえも、今は優しさを感じられる。彼が変わったわけじゃなく、私が気づけるようになっただけで、きっと最初からそうだったんだと思う。だけど……、
 だから、私はその手から逃れるように身をよじった。

 ……余計に熱が上がる。

 そんなことは口にできないので、ジト目のミハイルさんにジト目を返す。

「自分だって触ると怒るじゃないですか」
「別に怒っているわけじゃない……」
「本当に?」

 いつも怒っているように見えるけど、実際はその半分以上怒っているわけじゃないのは最近わかってきたことだ。
 悪戯心で、今自分で避けた手に触れてみる。どうせ叩き落されるだろうと身構えていると、彼は溜息と共に呟いた。

「……、お前こそ怒るなよ……」
「え――、あ」

 その言葉の真意を確かめることも、どんな顔をしているのか見ることも、どちらも叶わなかった。

 触れた手が握られて、引き寄せられる。
 熱でふらつく私の体は、なすすべもなく傾いて、額が彼の胸元に当たる。

「前に、俺がお前をどう思っているか聞いたな」
「は……い。あの、でも、今じゃなくても――」

 待って。こんなのは予想してなかった。
 心臓が爆発するんじゃないかというくらい鼓動が煩い。でもそれが自分のものなのか、彼のものかすら、わからないくらいのゼロ距離。

 聞くんじゃなかった、あんなこと。必要と言われるのも不要と言われるのも、怖い。でも、彼が口にしたのは、そのどちらでもなく。

「……お前になら、俺の寿命も血でも、全部やってもいいと思っている」
「……要りません、そんなの……」

 ――私も大概可愛げないけど、この人も大概語彙がなさすぎじゃないの?

 でも要らない。もうこれ以上要らないんだってちゃんと言わなきゃ。何も言わなかったのは私も同じだ。
 いや、でも、その前に。

「あの……、そろそろ離して」
「断る」

 背中に回った手に力が籠る。
 顔が熱い。心臓が煩い。頭はグルグルするし、体は熱でだるいのに。
 なのに、どうしてか、涙が出るほど懐かしくて、心地良くて堪らない。

 その腕の中で、いつしか私は眠りに落ちていた。
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