死霊使いの花嫁

羽鳥紘

文字の大きさ
21 / 97

第二十話 月明かりの夜更け

しおりを挟む
 眠れない。

 夕食は一人だった。リエーフさんも何かよそよそしかった。
 あれから二人は会ったのだろうか。あんまりそういう方面に明るくない私でも、ニーナさんのあの態度、明らかにミハイルさんに気があるというのはわかる。
 幽霊屋敷の死霊使いだから、花嫁が見つからないと――確かそういう話だったと思うけど。

 いるじゃないか、相手。しかもあんなに可愛い子が。

 ということは、私はお役御免になるのだろうか。だからリエーフさんもよそよそしいのか。
 でも、引き留めたことは後悔していない。それならそれで仕方ないもの。
 街まで歩いて行けるのはわかっている。前は急いでいて、ゆっくり見て回る余裕はなかったけど、とても大きな街だった。
 ちょっと気は引けるけど、リエーフさんにお金を借りられないか聞いてみよう。数日かけて探せば仕事の一つくらい見つかるだろう。そしたら働いて、お金を返せばいい。……うん、そうしよう。大丈夫、できる。
 もしそうなったときのために、今はちゃんと体を休めておいた方がいい。
 頭では……わかっているのに。

 眠れない。
 
 あの人はどんな顔をして、どんな声で、彼女と話すのだろうとか。
 今も会っているのかとか。
 こんなこと考えたって仕方ないのに。頭ではわかっているのに。

 頭と心がバラバラだ。これは、記憶が足りないせいなのだろうか。



 ――なら教えてあげようか?



 知られようもない私の自問に応じる声が、頭の中に響く。
 この声――
 本当に、いつも私が迷ったときに、心が弱くなりそうなときに聞こえてくる。



 ――らしくないんじゃない? どうしてそこまであの男にこだわるの?



 どうして? そんなの私が知りたい。

 いや、耳を貸しちゃだめだ。

 ベッドを降りる。
 ミハイルさんに相談しよう。だけど――
 扉に手をかけて、止める。

 もし部屋に行って彼女がいたら?
 
 いや、いいじゃないか、いても。
 ……いい、のかな、本当に。その時私はどんな顔をすればいいの?
 手をかけたまま、扉を開けられない。
 声の言うとおりだ。こんなの私らしくない。



 ――おいでよ。こっちだよ――



 頭の中に映像が流れ込んでくる。鎖で封鎖された階段。地下。

 扉を引いて――、そして、私は勢いよくそれを閉めた。

「ミハイルさん!」

 指輪を押さえて叫ぶ。と、すぐに後ろから両肩を掴まれた。

「どうした! 何があった!?」

 その余裕のなさが、あまりに彼らしくなくて。
 一瞬ぽかんとしてしまった。

「……ミオ?」
「あ……ごめんなさい、こんな時間に」

 呼びつけておいて何も言っていないことに気が付き、慌てて口を開く。
 それにしても、呼べば来るとは言われていたけど。幽霊たちが呼んだり呼ばれたりしているのも見ているけど。こんなに一瞬で、こんなに簡単に来られるものなんだ。
 
「いや。無事ならいいんだ」

 そう言って彼が襟元を直す。よく見たら髪も乱れてる。眠っていたのか、それとも……
 ……何考えてるんだ私。

「また、声が聞こえたんです」
「最初の夜に言っていたやつか?」
「あ、はい。実はその後にも一度……」
「何故言わなかった」

 内容が内容だけに言い辛かった。あれが元で大事になったことを考えると、もっと早く相談した方が良かったのかもしれないけど。でもよく考えたら悪いのは声に惑わされた私自身だし。

「声が聞こえるだけで、何かしてくるわけじゃないので。今も、もう聞こえなくなりました。すみません、呼んでしまって」
「勝手に危険なことをされるくらいなら、呼んでくれた方がいい」
「はい……」
「……俺は戻るが、また何かあれば呼べよ」

 ……さっきから一度も目が合わない。
 それに、もう行ってしまうのか。急いでいるのかな。あの子が待っているから?
 そう思ったら、咄嗟にその腕を掴んでしまっていた。

「あ……あの! もう少しいてくれませんか!」
 
 また声が聞こえるかもしれないから。
 そうしたら、また私は勝手なことをして、迷惑をかけるかもしれないから。
 駄目だ、全部言い訳だ。
 咄嗟に叫んでしまったことの理由を探しているうちに、冷たい声が返ってくる。

「使用人にそこまでする義務はないな」
「……使用人じゃないです」

 言外に非難めいた色を感じる。やっぱり怒っているのかな。
 
 花嫁としてここにいるという契約だ。それに違反したのは事実だけど、あの状況でそんなことを言ったら、きっと話が拗れていただろう。ああ言うしかなかった私の心情も察してくれてもいいだろうに。
 そう思うと素直に詫びる気にもならないくせに、じゃあいいですと強がることもできない。私らしくもない。
 何をうじうじしているのだ私は。本当にらしくない。
 冷静になろうと深呼吸を繰り返していると、ミハイルさんが振り向き、腕組みして私を見下ろした。

「なら、なんだ」
「あ……貴方の花嫁です!」

 怯んだら負けだと思って。

 叫んでから、変な汗が吹き出てきた。
 待って、めちゃくちゃ恥ずかしい。
 とても目を合わせられなくてずっと俯いていたが、全く返事が返ってこないことに不安になってくる。
 もういっそ鼻で笑ってくれた方がマシだ。あまりに長い静寂に居たたまれなくなり、恐る恐る見上げると――彼は腕組みしたままフリーズしていた。

「あ……あの……?」
「……お前という奴は、本当に……」

 そう舌打ちでもしそうに唸ってから、ミハイルさんは腕組みを解くと、右手を顔の前に翳して何事か呟いた。手の甲にもある呪印が微かに光っている。あれって確か……

「霊避け……ですか?」
「その他知る限りの魔除けだ」
「なんで……っ!?」

 突然抱き上げられて、言葉は半ばで途切れた。
 思考が追い付かないでいる間に、ベッドに降ろされて思考はまとめてぶっとんだ。
 何か言おうとしたけど声も出ない。手どころか指一本も動かせない。

 信じられないくらい近くにある闇色の瞳の中に、月明かりが輝いている。が、それはすぐにフイと逸れて遠ざかった。

 直後、バサッと毛布が落ちてくる。

「……眠るまでいる。早く寝ろ」

 ややあって、静かな声が降ってくる。
 び……っくりした。なに、今の。
 今頃になって鼓動が騒ぎ出す。その煩い音に紛れてギシリとベッドが鳴る音がする。
 横に腰かけている彼の背を見て、やっとの思いで声を絞り出す。

「ね……眠れません……」
「なら朝までいる」
「……っ、誤解されますよ。その……リエーフさんに」

 リエーフさんだけじゃないけど。
 そういう含みもあったのだが、予想外に真剣な声が返ってきた。

「うむ……そう思ってありとあらゆる魔除けをかけたが、やはり無駄だろうか」

 ミハイルさんはリエーフさんのことを悪魔か何かだとでも思ってるのだろうか。いや気持ちはわかるけど。

「まぁお前が早く寝れば済むことだ」
「……ミハイルさんはどうして、私にここまでしてくれるんですか?」

 彼の背に視線を当てたままで、ずっと気になっていたことを聞いてみる。
 結局わからない。私のために命を削ってもいいと、そう思う理由は結局聞いていない。やっぱりそれも――

「昔の私に、恩があるからですか?」
「……そんなもの、ない」

 不機嫌そうな声のあと、彼は手を伸ばすと私の髪を撫でた。

「昔からお前は人の忠告も聞かずに無茶ばかりだ」
「う……ごめんなさい。じゃあどうして」
「知るか、自分で考えろ。余計なことは無駄に頭が回るくせに」

 髪に触れていた手が、ガシリと力任せに頭を掴む。

「い、痛いです……」

 そんなこと言われても。考えようにも思い出せないんだもの。もう少し情報があってもいいと思う。
 こんなに頭と胸が煩くて、考えられるわけがない。

 結局なかなか眠ることができずに、ようやく寝付いたのは窓の外が白み始めるのを見てからだった。
しおりを挟む
感想 33

あなたにおすすめの小説

【完結】転生7年!ぼっち脱出して王宮ライフ満喫してたら王国の動乱に巻き込まれた少女戦記 〜愛でたいアイカは救国の姫になる

三矢さくら
ファンタジー
【完結しました】異世界からの召喚に応じて6歳児に転生したアイカは、護ってくれる結界に逆に閉じ込められた結果、山奥でサバイバル生活を始める。 こんなはずじゃなかった! 異世界の山奥で過ごすこと7年。ようやく結界が解けて、山を下りたアイカは王都ヴィアナで【天衣無縫の無頼姫】の異名をとる第3王女リティアと出会う。 珍しい物好きの王女に気に入られたアイカは、なんと侍女に取り立てられて王宮に! やっと始まった異世界生活は、美男美女ぞろいの王宮生活! 右を見ても左を見ても「愛でたい」美人に美少女! 美男子に美少年ばかり! アイカとリティア、まだまだ幼い侍女と王女が数奇な運命をたどる異世界王宮ファンタジー戦記。

私の息子を“愛人の子の下”にすると言った夫へ──その瞬間、正妻の役目は終わりました

放浪人
恋愛
政略結婚で伯爵家に嫁いだ侯爵令嬢リディアは、愛のない夫婦関係を「正妻の務め」と割り切り、赤字だらけの領地を立て直してきた。帳簿を整え、税の徴収を正し、交易路を広げ、収穫が不安定な年には備蓄を回す――伯爵家の体裁を保ってきたのは、いつも彼女の実務だった。 だがある日、夫オスヴァルドが屋敷に連れ帰ったのは“幼馴染”の女とその息子。 「彼女は可哀想なんだ」 「この子を跡取りにする」 そして人前で、平然と言い放つ。 ――「君の息子は、愛人の子の“下”で学べばいい」 その瞬間、リディアの中で何かが静かに終わった。怒鳴らない。泣かない。微笑みすら崩さない。 「承知しました。では――正妻の役目は終わりましたね」

積みかけアラフォーOL、公爵令嬢に転生したのでやりたいことをやって好きに生きる!

ぽらいと
ファンタジー
アラフォー、バツ2派遣OLが公爵令嬢に転生したので、やりたいことを好きなようにやって過ごす、というほのぼの系の話。 悪役等は一切出てこない、優しい世界のお話です。

王女の中身は元自衛官だったので、継母に追放されたけど思い通りになりません

きぬがやあきら
恋愛
「妻はお妃様一人とお約束されたそうですが、今でもまだ同じことが言えますか?」 「正直なところ、不安を感じている」 久方ぶりに招かれた故郷、セレンティア城の月光満ちる庭園で、アシュレイは信じ難い光景を目撃するーー 激闘の末、王座に就いたアルダシールと結ばれた、元セレンティア王国の王女アシュレイ。 アラウァリア国では、新政権を勝ち取ったアシュレイを国母と崇めてくれる国民も多い。だが、結婚から2年、未だ後継ぎに恵まれないアルダシールに側室を推す声も上がり始める。そんな頃、弟シュナイゼルから結婚式の招待が舞い込んだ。 第2幕、連載開始しました! お気に入り登録してくださった皆様、ありがとうございます! 心より御礼申し上げます。 以下、1章のあらすじです。 アシュレイは前世の記憶を持つ、セレンティア王国の皇女だった。後ろ盾もなく、継母である王妃に体よく追い出されてしまう。 表向きは外交の駒として、アラウァリア王国へ嫁ぐ形だが、国王は御年50歳で既に18人もの妃を持っている。 常に不遇の扱いを受けて、我慢の限界だったアシュレイは、大胆な計画を企てた。 それは輿入れの道中を、自ら雇った盗賊に襲撃させるもの。 サバイバルの知識もあるし、宝飾品を処分して生き抜けば、残りの人生を自由に謳歌できると踏んでいた。 しかし、輿入れ当日アシュレイを攫い出したのは、アラウァリアの第一王子・アルダシール。 盗賊団と共謀し、晴れて自由の身を望んでいたのに、アルダシールはアシュレイを手放してはくれず……。 アシュレイは自由と幸福を手に入れられるのか?

「がっかりです」——その一言で終わる夫婦が、王宮にはある

柴田はつみ
恋愛
妃の席を踏みにじったのは令嬢——けれど妃の心を折ったのは、夫のたった一言だった 王太子妃リディアの唯一の安らぎは、王太子アーヴィンと交わす午後の茶会。だが新しく王宮に出入りする伯爵令嬢ミレーユは、妃の席に先に座り、殿下を私的に呼び、距離感のない振る舞いを重ねる。 リディアは王宮の礼節としてその場で正す——正しいはずだった。けれど夫は「リディア、そこまで言わなくても……」と、妃を止めた。 「わかりました。あなたには、がっかりです」 微笑んで去ったその日から、夫婦の茶会は終わる。沈黙の王宮で、言葉を失った王太子は、初めて“追う”ことを選ぶが——遅すぎた。

記憶を失くして転生しました…転生先は悪役令嬢?

ねこママ
恋愛
「いいかげんにしないかっ!」 バシッ!! わたくしは咄嗟に、フリード様の腕に抱き付くメリンダ様を引き離さなければと手を伸ばしてしまい…頬を叩かれてバランスを崩し倒れこみ、壁に頭を強く打ち付け意識を失いました。 目が覚めると知らない部屋、豪華な寝台に…近付いてくるのはメイド? 何故髪が緑なの? 最後の記憶は私に向かって来る車のライト…交通事故? ここは何処? 家族? 友人? 誰も思い出せない…… 前世を思い出したセレンディアだが、事故の衝撃で記憶を失くしていた…… 前世の自分を含む人物の記憶だけが消えているようです。 転生した先の記憶すら全く無く、頭に浮かぶものと違い過ぎる世界観に戸惑っていると……?

【完結】憧れのスローライフを異世界で?

さくらもち
ファンタジー
アラフォー独身女子 雪菜は最近ではネット小説しか楽しみが無い寂しく会社と自宅を往復するだけの生活をしていたが、仕事中に突然目眩がして気がつくと転生したようで幼女だった。 日々成長しつつネット小説テンプレキターと転生先でのんびりスローライフをするための地盤堅めに邁進する。

「わざわざ始まるまでまたないで、今のうちに手を打ったってよくない?」

イチイ アキラ
恋愛
アスター公爵令嬢エステルは、夢をみる。それは先を映す夢。 ある日、夢をみた。 この国の未来を。 それをアルフレッド王太子に相談する。彼女を愛して止まない婚約者に。 彼は言う。 愛する君とぼくの国のためなら、未来を変えるのも仕方なくない?

処理中です...