死霊使いの花嫁

羽鳥紘

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第二十一話 攻防戦

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 ……リエーフさんの満面の笑みがツラい。

 寝不足の目を擦りながら食卓につく。
 やや遅れて、ミハイルさんが席に着く。……少し髪がはねている。

 ミハイルさんの着席を見て、リエーフさんが給仕を始める。

 駄目だな。リエーフさんには素知らぬ顔を貫けても、ミハイルさんのことは直視できない。
 やっぱり昨日呼ぶんじゃなかった。
 あの声だって、今思えば気のせいなのでは? というくらい、そのあと全く聞こえなかったし。

 テーブルの上に料理が並べられ、フォークを手に取ったその瞬間。

「あ、そうそう」

 きた――
 
 口火を切ったリエーフさんに、身構える。

「ニーナ様ですが、先ほど起床されました。朝食はどうします? お出しして宜しいのですか?」
「あ、ああ。任せる」
「では、ここを片付けましたら」

 やや拍子抜けしたように、ミハイルさんが答える。

 絶対に何か弄ってくると思って警戒していたのだが。まぁ、これで多少は心穏やかに食事ができる――

「ところで今夜からは寝室をご一緒になさいますか?」
『げほ!!』

 不意打ちは卑怯だ。
 食卓から顔を背けて咳き込む。水……水がほしい。

「わたくし、婚前交渉は如何かなどと古臭いことは申し上げませんよ」
「げっほ!」
「おい」

 飲んだ水で再びむせかえる私を他所に、ミハイルさんが持っていたナイフを自分の首筋にあてがう。

「それ以上口を開いたら殺すぞ」
「おや……本気ですね」

 ナイフを相手に突きつけるのではなく、自傷技を使おうと言うのだから本気も本気だろう。

 それを察しておきながらリエーフさんは怯むことなく、ミハイルさんへと身を乗り出すとその手を掴み、ナイフの切っ先を自らの喉元へと誘う。

「どうぞどうぞ。坊っちゃんの手で死ねるなら、このリエーフ本望でございますゆえ」
「……クソッ」

 毒づいて、リエーフさんの手を振り払う。

 この2人の関係……たまにわからないな。
 ミハイルさんをよく坊っちゃんと呼び間違えるからには、ご両親が亡くなるずっと前から仕えてる感じだけど、リエーフさんの見た目はミハイルさんより若い。
 それだけでも謎だけど、それだけじゃなく……ただの使用人ではない、ただならぬ何かを感じるときがある。
 なんとなく気まずい雰囲気。
 この空気も嫌だけど、昨夜のことには触れられたくない。別に何があったわけではないが、昨夜の私は私らしくなかった。

 ニーナさんが現れてから私、おかしい。

 それを自覚してるから。扉の開く音にドキリとする。

「お食事中にごめんなさい。わたし帰ります。一晩お世話になりました。では」

 両手でスカートをつまんで、可愛らしく一礼する。そして背を向けた彼女に、ミハイルさんが声をかける。

「待て。……話だけ聞いてやる」
「あら……どういう風の吹きまわしかしら」

 首だけで振り向いて、彼女が取り澄ました声を上げる。

「気紛れだ。今朝は気分がいいからな」
「そう。それはさぞ素敵な夜だったのね」

 ニーナさんが扉から手を離して、体ごと私たちを振り返る。

「あなたの気紛れに甘えるわ。六年前、屋敷を出てからわたし、フェリニ領へ引っ越したの。あなたの領地にも居づらかったし」
「俺のせいのように言われてもな」
「そんなこと言っていないわ。ただのわたしのけじめよ」

 さらっと屋敷にいたことを仄めかしたのは牽制なのかな。
 私が穿った捉え方をしすぎなのかと思ったけど、ミハイルさんも大概だった。
 この子の言い方が悪いのか、私たちが捻くれすぎなのか。

「三年前、帝国から来た人に領主が変わって……、暫く生活は難儀したけど、帝国からの支援のおかげでなんとかやってこれた。だから、ロセリアは侵略されたわけだけど、帝国には感謝してたわ。……最初はね」

 可愛らしい顔を歪ませ、珍しく吐き捨てるような調子で、彼女は最後にそう付け足した。

「三年経って、魔法に頼らないノウハウも身につけた。資源には元々困ってないし」
「ふん。それで帝国が邪魔になってきたわけか」
「そうよ」

 皮肉めいたミハイルさんの声色にも怯むことなく、ニーナさんが即答する。

「近頃になって資源以外にも過剰な見返りを要求するようになってきたんだもの」
「あなた様ご自身とかですか」

 空になった皿を下げながら、リエーフさんがしれっと口を挟む。

「ご明察ね、リエーフ」
「失礼ながら、ご結婚はされておりませんので?」
「幽霊伯爵の元婚約者に縁談なんかあるわけないでしょ」
「かといってご主人様を頼られるのは筋違いでは? 破棄したのはあなた様の方でしょうに」
「望まない婚姻に満足できるならそもそも屋敷を出ないわ。謗りを受けるのは覚悟の上。貴方に殺されるのも覚悟の上よ、リエーフ?」
「物騒なことを。わたくしがそのようなことを」
「するわ。貴方はそういう人でしょう」

 髪を後ろに流して、臆面もなく述べる。
 ……元婚約者か。元カノかなんかだろうとは思っていたけど。そういえば三回破談になったとか言ってたっけ。あと二回もこんな事態を覚悟するのは正直きっつい。契約にない。

「帝国の人間だからかしらね。新しい領主はあなたがそんなに怖くないみたい」
「それは重畳」
「わたしにとっては不都合なの。今更結婚なんかする気はないし」
「……ちょっと待ってください」

 契約にないことだから。無視を決め込んで食事を続けていたが、ついに耐えきれなくなって手を止める。

「さっきから聞いていれば、当主様を虫除けかなにかみたいにお思いのようですけど、失礼甚だしくないですか?」
「ミオ様、言い方にもう少しご配慮を……」
 
 そう嗜めるリエーフさん、顔は「いいぞもっと言え」と書いてある。

「……そういうつもりはなかったわ」

 本気で言ってるなら、それは却って問題ではないかと思うけど。リエーフさんに焚きつけられたからというわけではなく、もう一言くらい何か言ってやろうと思ったが、ミハイルさんに目で制されて開きかけた口を閉じる。

「……で、俺に何をしろと? 俺の領地ならまだしも、そうでないなら管轄外だ」
「隣じゃないの。近隣にあなたを怖れない領主がいると忠告に来た、と言えば良かったかしら」
「いくらかマシだ。それは面白くない」

 え、と呟いて、立ち上がった彼を見上げる。
 一瞬だけこちらに視線を投げて、ミハイルさんはつまらなそうにニーナさんを見た。

「行ってやる。だがお前の為じゃない」
「じゃあ何のためなのかしら」
「屋敷を守るためだ」
「……嫌いなのに? この屋敷」
「六年前の情報で俺を語るな」

 冷たくて鋭い目は、こういうとき本当に怖い。
 さすがにニーナさんも少し怯んだ様子を見せたが、それでも黙りはしなかった。

「……わたしは、六年前から変わっていないわ……」

 ニーナさんの、大きくて可愛らしい瞳は潤んでいて熱っぽい。
 変わっていないとはどういう意味なんだろう。
 屋敷を去ったときと変わらないという意味なら、気持ちは離れていると考えるのが普通だろうけど。
 それならここにはこないし、こんな顔しない。
 出ていったのは、嫌いになったわけじゃないとでも?

 なんかイライラしてきたぞ。

「……来い、レイラ」

 同じく苛立ちを隠しもしないミハイルさんの声が、食堂に落ちる。

 ……って、はい?

「あたしを呼びつけるなんていい度胸……あら」

不機嫌極まりない顔で現れたレイラが、ニーナさんを見た瞬間にころっと表情を変え、ミハイルさんの首に抱きつく。

「珍しく気が利くじゃないの、ミハイル。暴れていいの?」
「好きにしろ」
「だめです!!」

 テーブルの上の食器がカタカタ言い始め、私は慌てて立ち上がるとライサの腰に腕を回し、ミハイルさんから引きはがした。

「食器がこんなにあるのよ。全部割れちゃうじゃない」
「じゃあ別の部屋ならいいの?」
「だめです。ミハイルさんも子供みたいなことしないで下さい」
「なんだと!?」

 睨んでくるミハイルさんを睨み返していると、ガタッと音がする。そちらを見ると、ニーナさんが驚愕の表情で、壁にもたれて私を見ていた。

「ミオ、あなた……見えるの?」

 そうか。ニーナさんにはレイラ達は見えないんだ。
 彼女の視線が私の左手に移る。

「その指輪……」

 ぱっとレイラから手を離して、右手で左手を押さえる。けどわかってる。もう遅い。
 レイラとリエーフさんが、何か言いたげにミハイルさんを見て、ミハイルさんが溜め息をつく。

「フェリニ領のことはわかった。話は終わりだ」
「ミハイル――」
「最後に一つ訂正しておく」

 呼び止めるニーナさんを無視して、ミハイルさんが扉に手を掛ける。しかし扉を開ける前に首だけでこちらを振り返って口を開いた。

「彼女は――、ミオは使用人ではない。当家の……」

 おお、とリエーフさんが何やら嬉しそうに顔を輝かせ、期待に満ちた眼差しでミハイルさんを見る。
 ……契約だから仕方ないけど。めんどくさいことにならないように密かに祈る。そんな私を一瞥してから、ミハイルさんはニーナさんに視線を戻した。

「……俺の花嫁だ。気安く話しかけるな」

 ……。
 呆然とする私とニーナさん、そしてなぜか手を取り合うリエーフさんとレイラを残し、静かに扉が閉まった。
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