死霊使いの花嫁

羽鳥紘

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第三十話 魔法陣と逆魔法

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 階段を一段降りるたびに、肌がチリチリと焼けるような感覚を覚える。

「屋敷の地下に似ているな。嫌な予感しかしない」

 うんざりしたようにミハイルさんが呟く。
 執務室から拝借したランプを奥に翳すと、階段の終わりが見えた。ツン、としたにおいが鼻につく。

 カチリと音がして、辺りが仄かに明るくなる。振り返るとニーナさんが電気のスイッチを入れていた。石造りの部屋は、大体……十畳くらい?そんなに大きくはない。机がいくつか置いてあり、さらに手狭になっている。

「何故着いてきた」

 ニーナさんの姿を見るなり、ミハイルさんがそう問いかける。

「上にも死霊はいるんでしょ?」
「よく言う。お前が怖れているのは俺だろうが」

 鼻で笑われ、ニーナさんが唇を噛み締める。だけどそれで引き下がりはしなかった。

「……だって!   仕方ないでしょう!?   平気な方がどうかしてる!」
「そうだな。それは否定しないが、だったら何故俺に関わる」
「だって好きなんだもん!」

 ニーナさんの大きな双眸からは、ぼろぼろと涙が流れていた。それを見て、ミハイルさんが溜め息をつく――前に、私が溜め息をついていた。

「痴話喧嘩は後にしてもらえます?」
「痴話……ッ!?」

 支えていた手を離したせいで、ミハイルさんがバランスを崩して机に手をつく。

「どうしたらそう見える!」
「怒鳴らないで下さい。これ……薬品でしょうか」

 鼻をつくにおいは、机の上に散乱する瓶からだ。他に、ビーカーやフラスコ、試験管などもある。

「何かの実験室?」
「……これはロセリアのものではないな。領主もここを隠したがっていたし、帝国がここで秘密裏に研究を行っていたんだろう」

 咳払いを挟んで、ミハイルさんがこちらに視線を投げる。そのあと、仄かに部屋を照らす電球へとそれを移す。

「帝国の技術が進んでいるとは聞いていたが……どういう仕組みなのか魔法と同じくらいわからん」
「電気ですね。領主の部屋にもあったし、この領主邸には電気が引かれているんでしょう。ここで研究しているのは……薬でも作ってるのかな……?」

 机に散乱する書き付けを見ても、全く理解できないけど。アラムさんなら何かわかるのかもしれない。ミハイルさんに頼んでみようかと顔を上げると、涙で顔をぐちゃぐちゃにしたニーナさんと目が合った。

「……詳しいのね。ミオってどこから来たの?もしかして帝国のスパイじゃないの?」
「まさか」

 詳しいというほどのことを語ったつもりはないけれど……言葉には気を付けないといけないな。幸いそれが誤解だと、申し開きをしなければいけないような相手はここにいないけど。

「ねぇミハイル」
「馬鹿なことを言うな。ミオは俺が――」

 ふとミハイルさんが言葉を止める。
 それから床に膝をついたので、慌てて支えようと手を伸ばし――、そしてそうした訳を知る。ふらついたわけではない。

「これ、血……ですか?」
「いや……魔法陣だ。しかもこれは……」

 私の手からランプを取り、ミハイルさんがそれを電球の光が届ききらない奥にかざす。石造りの床に、染み込んだように紋様を作る黒い跡。

「恐らく、人を生き返らせるための陣だ。ほぼ同じものを見たことがある」
「人を生き返らせる魔法なんてあるんですか?」
「ない。……ないが……」

 一瞬私に視線を投げ、それからミハイルさんは言葉を選ぶようにして続けた。

「本来はないはずだが、当家の祖先はそれを行い、自分の息子を甦らせた。その報いで当家は幽霊屋敷になったんだ」
「でも、その幽霊たちのほとんどは成仏したんですよね?それはどうやって?」
「それは……」

 また、ミハイルさんの口が重くなる。だが急かすように視線を送ると、先を継いだ。

「逆魔法……、行った魔術を逆に辿ることによって解除する方法だ」
「でも、魔法ってなくなったんですよね?」
「暴走したんだ、三年前に。それ以来使うことは禁じられている。もしかすると領主の様子では、ロセリアの魔法を帝国が研究していたのかもしれん。その過程で、不完全な魔法陣が作動した……」

 それがこの街に死霊が異常に発生している理由だとしたら、逆の手順を踏むにしても、そもそもどういう手順で行われたのか知る手段がない。

「……魔法陣を消すのはどうでしょうか。少なくとも手順の一つに陣を書くという工程は入りますよね?それに、魔法陣が原因なら、消してしまえば効果も消えるんじゃないかって気がしますが」
「簡単に言うが……どうやって」

 ミハイルさんからランプを返してもらって、魔法陣に近づける。

「これがもし血液なら、薬品を使って消せるかもしれません。アルカリ性溶液さえ作れれば……、ミハイルさん、アラムさんを呼んでもらえませんか?」
「……屋敷の外でやると結構消耗するんだがな」

 ぶつぶつと文句を言いながらも、私の要望に答えてミハイルさんが右手をかざす。

「来い、アラム」

 光と共に、白衣の青年――アラムさんが姿を現す。

「はいはい。最近人使いが荒いね」
「俺じゃない。俺も使われてる方だ」
「ははっ、じゃあしょうがない。で、なんの用だい、ミオ嬢」

 それですぐに私を見られるのは少し複雑な気分だけれども。そんなことを言っている場合ではない。

「この魔法陣を消したいんです。ここの薬品でできないでしょうか」
「ふぅん……、坊、何分いける?」
「二分が限度だ」

 即答したミハイルさんに、「二分!?」とアラムさんがオウム返しに叫ぶ。だがその直後には眼鏡を直し、薬品に手をかざす。液体がまるで無重力空間のように、球体になってアラムさんの回りで踊る。

「短いな。まぁ頑張りますか」
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