死霊使いの花嫁

羽鳥紘

文字の大きさ
32 / 97

第三十一話 幸せの在処

しおりを挟む
 アラムさんが薬品を調べている間に、もう一度魔法陣をよく観察する。
 直系は三メートル弱くらい。ここにある薬品だけでどれだけの量が作れるだろう。そもそも、ちゃんと消せるのだろうか。……消せたところで上手くいくのだろうか。

 人を生き返らせる魔法と、魔法を解除する逆魔法……、
 ミハイルさんがお屋敷のことを話してくれたのは初めてだ。

「何してる、ミオ」
「あ……、魔法陣を見ていました」
「何故?」
「効率的な掃除の方法を考えていただけです」
「……そうか」

 どこかほっとしたような響きを感じるのは、気のせいなのだろうか。
 この魔法陣や逆魔法、そしてお屋敷の過去、それらは私の失った記憶に関係のあることなのかもしれない。だとしたら――

「ミハイルさんは、私の記憶が戻らない方がいいと思っているんですか?」

 彼は何も答えない。でも聞かなくてもわかる。そうじゃないなら、とっくに教えてくれたっていいはずだ。

「……すまん」
「いえ、私の方こそこんなときにすみません。そうだ、怪我……、今のうちに手当を」
「今は霊除けを掛けているが、もうそんなに保たん。じきにやつらが来る。今はいい」

 ボロボロの軍服を見て、苦しくなる。私は、自分が傷ついても傷つけたくなくてここにいるはずではなかっただろうか。そのために行動したはずなのに、結局はこんなに怪我させてしまった。
 一体何をしてるんだろう。

「ごめんなさい。役に立ちたくて傍にいるのに、傷つけてばかり……」
「お前は……傷つく覚悟でここにいるんだろう。なら俺が傷つく覚悟もしろ。そういう契約のはずだ」

 でも、と言いかけた私の口に手を当てて、ミハイルさんが言葉を継ぐ。

「そうでなきゃフェアじゃない」 

 そう言って、笑う。いつもの少年のような笑みと少し違う、それよりもう少し優しい笑みで。
 けどそれは、悲鳴に掻き消された。

「きゃあああ!!?」

 少し離れた場所にいたニーナさんの悲鳴に振り返る。その視線を追って階段の方を見れば、そこから一斉に死霊が押し寄せていた。中には転がり落ちてくるものもいる。

「ニーナさんにも見えるんですか!?」
「ちっ……、アラム! 消すぞ!」
「あと十秒! ミオ嬢!」

 呼ばれてアラムさんに駆け寄る。彼が手にしたビーカーから液体を床に落とすと、ジュッと煙が発生し、液体がかかった箇所の文字が消える。

「素手では触らない方がいいし、煙も吸わない方がいいだろうね」
「わかりました、ありがとうございます!」
「ただ、作れたのはこれだけだ。幸運を祈るよ!」

 直後、アラムさんの姿がかき消える。それと同時に、ニーナさんが私の隣にしりもちをつく。

「ちょっと! もっと丁寧に扱ってよ!」

 彼女にも手伝ってもらいたいところだけど、薬品の量がギリギリだ。一滴も無駄にできない状況で、彼女に頼んでいいものか判別がつきかねる。
 ちらりとミハイルさんに視線を当てる。
 死霊がニーナさんにも見えているということは、それだけ力を増してきているということだろう。この魔法陣を消し終わるまで、ミハイルさんは死霊を退け続けなければならない――

「ニーナさん、手伝って下さい!」

 作業自体はそう難しいものではないし、特別な技術が要るものじゃない。ニーナさんは天真爛漫な面はあるけれど、馬も乗りこなすし、掃除が嫌いでも家はちゃんと片付けている。きっと、努力家で繊細な人。
 ――それに。

「何をよ!」
「お掃除をです!」

 叫び返す彼女に端的に答えながら、机の上にあった空のビーカーを取り、中身を半分に分ける。

「これで魔法陣を消します。でも量がギリギリなんです。なるべく節約して使って下さい。液体が手に触れないように、出て来た煙は吸わないように気を付けて」
「魔法陣って……これを全部消すの!?」
「そうです。お願いです……、なるべく時間を掛けたくないんです……」

 それだけ言って、作業を始める。
 時間が掛かればそれだけミハイルさんが危なくなる。必然的に、私たちも。
 急いで、でも薬品をできるだけ無駄にしないように、慎重に。

 汗が目に入って邪魔だ。発生する煙も、手にかからないよう注意を払うのも煩わしい。でも、落ち着かないと。多少なら大丈夫かもしれないけど、アラムさんがどういう配合をしたかわからない。気分が悪くなったり、手を負傷したりすれば、それだけ作業効率が落ちる。

 焦るな――、冷静にならないと。

 一度顔を上げて深呼吸し、額をぬぐう。その瞬間視界の端に、ミハイルさんが倒れるのがひっかかった。そして、彼に向かって死霊が一斉に群がっていくのを。

「ミ――」
「来るな!」

 立ち上がり掛けた私を、ミハイルさんの鋭い声が止める。

「でも……ッ、もう無理です! 間に合いません!! 消しても上手く行く保証だってないんです……!」
「それならそれでいい。思う存分失敗すればいい……」

 死霊に食いつかれ、血飛沫を上げながら、その血を全て刃に変えて、群がる死霊を吹き飛ばす。

「そうすれば俺は二度とお前を危険に晒さなくて済む。だがどうせお前は上手くやる。今までもずっとそうだった」
「そんなの根拠に……」
「なるさ。保証がないというなら俺がする!」

 滅茶苦茶だ。言ってること支離滅裂なのに、なんの筋も通ってないのに、不安が全部吹き飛ぶ私も滅茶苦茶だ。
 ……全て跡形もなく消さなくても、ある程度消すことができれば力を失うかもしれない。
 ここまで来たらためらっても仕方ない。やるしかない。
 ニーナさんも頑張ってくれている。でも、もう薬品がない。
 最後の一滴を落としてしまう。まだ、ニーナさんは残っているだろうかと、顔を上げようとした瞬間に額に衝撃が走る。

「痛ったー……」

 私と同じようにおでこを押さえるニーナさんを見て、きょとんとする。同じ場所から、逆回りに作業していたはずなのに、もうこんなに近づいていたのに気が付かなかった。彼女も私に気が付かなかったのだろう。顔を見合わせて――それから同時に床を見る。

「できた……!」

 そしてこれも同時に、ミハイルさんの方を見る。そして、言葉を失う。

 死霊たちが光の粒になって、みんな消えて行く。それは、顔を覆いたくなるような死霊たちの惨状とは対象的に、酷く美しく幻想的な光景だった。でも、それに魅入るより前に。
 ミハイルさんに駆けより、抱え起こす。気を失っていた彼は目を開けると、はっとしたように呻いた。

『……か……解放する……』

 ミハイルさんから立ち上った黒い霧が、そのまま光に姿を変える。捕らえていた死霊だろう。

「……なんとかなっただろう」

 起き上がって呟く彼を見上げて、素朴な疑問を口にする。

「ならなかったら、どうするつもりだったんですか」
「その時は気絶させてでもお前を連れて帰るだけだ。そして今後は大人しくしていてもらうところだった」
「それは……残念ですね。今後も大人しくならなくて」
「全くだ」

 疲れたようにミハイルさんが溜め息をつく。

「……溜め息ばかりついていると幸せが逃げますよ」
「なんだそれは」
「私が元いたところではそう言われていたんです」
「……ならば精々逃げないように捕まえておくことにする」

 小声で言って、ミハイルさんが立ち上がる。私も立ち上がり、どうやって、と問いかけている途中で抱き上げられた。

「ちょっ……、満身創痍のくせに何してるんですか!? 自分で歩きます!」
「これ以上余計なことをされたら困る」
「お、降ろして下さい!」
「断る。おい、行くぞニーナ」
「え、ええ……」

 ぽかんとしているニーナさんに声をかけ、抵抗する私を歯牙にも掛けず、ミハイルさんはスタスタ歩きだした。
しおりを挟む
感想 33

あなたにおすすめの小説

王女の中身は元自衛官だったので、継母に追放されたけど思い通りになりません

きぬがやあきら
恋愛
「妻はお妃様一人とお約束されたそうですが、今でもまだ同じことが言えますか?」 「正直なところ、不安を感じている」 久方ぶりに招かれた故郷、セレンティア城の月光満ちる庭園で、アシュレイは信じ難い光景を目撃するーー 激闘の末、王座に就いたアルダシールと結ばれた、元セレンティア王国の王女アシュレイ。 アラウァリア国では、新政権を勝ち取ったアシュレイを国母と崇めてくれる国民も多い。だが、結婚から2年、未だ後継ぎに恵まれないアルダシールに側室を推す声も上がり始める。そんな頃、弟シュナイゼルから結婚式の招待が舞い込んだ。 第2幕、連載開始しました! お気に入り登録してくださった皆様、ありがとうございます! 心より御礼申し上げます。 以下、1章のあらすじです。 アシュレイは前世の記憶を持つ、セレンティア王国の皇女だった。後ろ盾もなく、継母である王妃に体よく追い出されてしまう。 表向きは外交の駒として、アラウァリア王国へ嫁ぐ形だが、国王は御年50歳で既に18人もの妃を持っている。 常に不遇の扱いを受けて、我慢の限界だったアシュレイは、大胆な計画を企てた。 それは輿入れの道中を、自ら雇った盗賊に襲撃させるもの。 サバイバルの知識もあるし、宝飾品を処分して生き抜けば、残りの人生を自由に謳歌できると踏んでいた。 しかし、輿入れ当日アシュレイを攫い出したのは、アラウァリアの第一王子・アルダシール。 盗賊団と共謀し、晴れて自由の身を望んでいたのに、アルダシールはアシュレイを手放してはくれず……。 アシュレイは自由と幸福を手に入れられるのか?

冷遇王妃はときめかない

あんど もあ
ファンタジー
幼いころから婚約していた彼と結婚して王妃になった私。 だが、陛下は側妃だけを溺愛し、私は白い結婚のまま離宮へ追いやられる…って何てラッキー! 国の事は陛下と側妃様に任せて、私はこのまま離宮で何の責任も無い楽な生活を!…と思っていたのに…。

記憶を失くして転生しました…転生先は悪役令嬢?

ねこママ
恋愛
「いいかげんにしないかっ!」 バシッ!! わたくしは咄嗟に、フリード様の腕に抱き付くメリンダ様を引き離さなければと手を伸ばしてしまい…頬を叩かれてバランスを崩し倒れこみ、壁に頭を強く打ち付け意識を失いました。 目が覚めると知らない部屋、豪華な寝台に…近付いてくるのはメイド? 何故髪が緑なの? 最後の記憶は私に向かって来る車のライト…交通事故? ここは何処? 家族? 友人? 誰も思い出せない…… 前世を思い出したセレンディアだが、事故の衝撃で記憶を失くしていた…… 前世の自分を含む人物の記憶だけが消えているようです。 転生した先の記憶すら全く無く、頭に浮かぶものと違い過ぎる世界観に戸惑っていると……?

【完】あの、……どなたでしょうか?

桐生桜月姫
恋愛
「キャサリン・ルーラー  爵位を傘に取る卑しい女め、今この時を以て貴様との婚約を破棄する。」 見た目だけは、麗しの王太子殿下から出た言葉に、婚約破棄を突きつけられた美しい女性は……… 「あの、……どなたのことでしょうか?」 まさかの意味不明発言!! 今ここに幕開ける、波瀾万丈の間違い婚約破棄ラブコメ!! 結末やいかに!! ******************* 執筆終了済みです。

【完結】辺境に飛ばされた子爵令嬢、前世の経営知識で大商会を作ったら王都がひれ伏したし、隣国のハイスペ王子とも結婚できました

いっぺいちゃん
ファンタジー
婚約破棄、そして辺境送り――。 子爵令嬢マリエールの運命は、結婚式直前に無惨にも断ち切られた。 「辺境の館で余生を送れ。もうお前は必要ない」 冷酷に告げた婚約者により、社交界から追放された彼女。 しかし、マリエールには秘密があった。 ――前世の彼女は、一流企業で辣腕を振るった経営コンサルタント。 未開拓の農産物、眠る鉱山資源、誠実で働き者の人々。 「必要ない」と切り捨てられた辺境には、未来を切り拓く力があった。 物流網を整え、作物をブランド化し、やがて「大商会」を設立! 数年で辺境は“商業帝国”と呼ばれるまでに発展していく。 さらに隣国の完璧王子から熱烈な求婚を受け、愛も手に入れるマリエール。 一方で、税収激減に苦しむ王都は彼女に救いを求めて―― 「必要ないとおっしゃったのは、そちらでしょう?」 これは、追放令嬢が“経営知識”で国を動かし、 ざまぁと恋と繁栄を手に入れる逆転サクセスストーリー! ※表紙のイラストは画像生成AIによって作られたものです。

転生悪役令嬢に仕立て上げられた幸運の女神様は家門から勘当されたので、自由に生きるため、もう、ほっといてください。今更戻ってこいは遅いです

青の雀
ファンタジー
公爵令嬢ステファニー・エストロゲンは、学園の卒業パーティで第2王子のマリオットから突然、婚約破棄を告げられる それも事実ではない男爵令嬢のリリアーヌ嬢を苛めたという冤罪を掛けられ、問答無用でマリオットから殴り飛ばされ意識を失ってしまう そのショックで、ステファニーは前世社畜OL だった記憶を思い出し、日本料理を提供するファミリーレストランを開業することを思いつく 公爵令嬢として、持ち出せる宝石をなぜか物心ついたときには、すでに貯めていて、それを原資として開業するつもりでいる この国では婚約破棄された令嬢は、キズモノとして扱われることから、なんとか自立しようと修道院回避のために幼いときから貯金していたみたいだった 足取り重く公爵邸に帰ったステファニーに待ち構えていたのが、父からの勘当宣告で…… エストロゲン家では、昔から異能をもって生まれてくるということを当然としている家柄で、異能を持たないステファニーは、前から肩身の狭い思いをしていた 修道院へ行くか、勘当を甘んじて受け入れるか、二者択一を迫られたステファニーは翌早朝にこっそり、家を出た ステファニー自身は忘れているが、実は女神の化身で何代前の過去に人間との恋でいさかいがあり、無念が残っていたので、神界に帰らず、人間界の中で転生を繰り返すうちに、自分自身が女神であるということを忘れている エストロゲン家の人々は、ステファニーの恩恵を受け異能を覚醒したということを知らない ステファニーを追い出したことにより、次々に異能が消えていく…… 4/20ようやく誤字チェックが完了しました もしまだ、何かお気づきの点がありましたら、ご報告お待ち申し上げておりますm(_)m いったん終了します 思いがけずに長くなってしまいましたので、各単元ごとはショートショートなのですが(笑) 平民女性に転生して、下剋上をするという話も面白いかなぁと 気が向いたら書きますね

令嬢失格な私なので

あんど もあ
ファンタジー
貴族の令息令嬢が学ぶ王都学園。 そこのカースト最下位と思われている寮生の中でも、最も令嬢らしからぬディアナ。 しかしその正体は……。

遺産は一円も渡さない 〜強欲な夫と義実家に捨てられた私、真の相続人と手を組み全てを奪い返す~ (全10話)

スカッと文庫
恋愛
「お前の価値なんて、その遺産くらいしかないんだよ」 唯一の肉親だった祖父を亡くした夜、夫の健一と義母から放たれたのは、あまりにも無慈悲な言葉だった。 四十九日も待たず、祖父が遺した1億2000万円の遺産をアテに贅沢三昧を目論む夫。だが、彼には隠し通している「裏切り」があった――。 絶望の淵に立たされた由美の前に現れたのは、亡き祖父が差し向けた若き凄腕弁護士・蓮。 「おじい様は、すべてお見通しでしたよ」 明かされる衝撃の遺言内容。そして、強欲な夫たちを地獄へ叩き落とすための「相続条件」とは? 虐げられてきた妻による、一発逆転の遺産争奪&復讐劇がいま幕を開ける!

処理中です...