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第十一話 仲直りのために・2
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部屋の扉が開き、リエーフさんが顔を出す。
「これはミオさん。どうかされましたか?」
「ちょっとお聞きしたいのですが。この屋敷に裁縫道具はありませんか?」
私の問いかけに、リエーフさんはふと柔らかな笑みを見せた。私の考えてること、なんとなく見透かされているような気がする。
だけどその後彼は、申し訳なさそうに眉尻を下げた。
「……あります。しかし、あるにはあるのですが……」
リエーフさんは一旦部屋の中に引っ込むと、戸棚の奥から古びた裁縫道具を出してきた。
「この通り、すっかり針が錆びてしまいまして。新調するにも外には魔法がありますから、裁縫道具などもう廃れて、今ではどこにもないのです」
ということは相当古いもなのだろう。それにしては綺麗に残っていると感じる。針もハサミも錆びてはいるけど、錆さえ落とせば充分に使える。
「リエーフさん、塩ってありますか?」
「塩……って、料理に使うあの塩ですか? それは勿論ございますが……、何故今塩なのです?」
顔いっぱいに疑問符を浮かべるリエーフさんに、とにかく塩を用意してほしいとお願いすると、私は小走りに部屋へと向かった。
昨日エドアルトさんから一つだけもらったあの果物。まだ半分、使わずに部屋に残してある。
それを持ってリエーフさんのところへとんぼ返りすると、彼は私に言われた通り塩の袋を用意して待っていてくれた。その塩を、錆びた針やハサミに振りかける。
「これは……何をしているのですか、ミオさん。まさか針やハサミを調理して食べようとでも言うのですか?」
よほど混乱しているのか、リエーフさんがあり得ないことを真顔で言ってくる。いくら上手に料理したって針とハサミが食べられようわけもない。
「まさか。塩と昨日の果実を使って錆を取るんです」
「塩と果実で、錆が……?」
リエーフさんの顔の疑問符は取れないままだったが、私は構わず塩のかかった器具に果汁をかけた。
このフルーツ、レモンよりたっぷり果汁を含んでいて、ありがたい。
「やはりわたくしには、調理しているようにしか見えないのですが……」
うん、まぁそう見えても仕方ない。
これは仕事とは直接関係ないけど、職場のパートさんに教えてもらった小技だ。皮を使って錆を擦り、布で拭き上げると、自分でもびっくりするほど綺麗に錆は落ち、針もハサミもピカピカになった。そしてそれを見るリエーフさんの目も、同じくらいピカピカと輝いていて。
「す、すごい……! すごいですミオさん!! まるで魔法を見ているようです」
「魔法ほど便利じゃないですよ。けどこんなに綺麗になるとは私も思ってませんでした」
この果実の成分が、よっぽど錆を落とすのに優れているのだろうか。とはいえ、果物切って果汁を絞って塩を用意して一生懸命擦り落として……という手間を考えれば、魔法の便利さには遥かに及ばないと思う。
まぁ、錆を落とす魔法なんていうのはさすがにないのかもしれないけど、魔法が使えればもっと効率の良い方法はいくらでもありそうだもんね。
「それでも……わたくしはもう、二度と使えないかと思っていました。ですからとても嬉しいです」
そう言って目を細めるリエーフさんはとても嬉しそうな顔をしていて、それを見て私は少し引っかかりを覚えた。どうして使えない裁縫道具を大事に取っておいたのだろう。
私のそんな疑問を察したのか、リエーフさんはニコリと微笑むと、その答えにあたるであろうことを話してくれた。
「この裁縫道具は姉の形見なのですよ」
なるほど、例え使えなくなってもリエーフさんにとっては大事なものだったわけだ。……とすると、借りるのはちょっと気が引ける。
「実はお借りしたいと思ってたんですけど、そんな大事なものなら……」
「いえいえ! こんなに綺麗にして頂いたんです。きっと姉も感謝しているはず。ミオさんに使って頂けるなら大歓迎ですよ。……それに」
ふとリエーフさんが言葉を止めたので、私はその先を待った。だけどなかなか彼は言葉を継がず、やがて「いえ」と言ってその先を止める。
「なんでもありません。その裁縫道具はミオさんのお好きに使って下さい」
「じゃあ……お言葉に甘えて、お借りしますね。ありがとうございますリエーフさん」
私はリエーフさんから裁縫道具を受け取ると、深々と頭を下げてその場を後にした。
※
裁縫道具を片手に抱えたまま、私はライサと話をするべく彼女を探して歩いていた。彼女にとってあのぬいぐるみが特別なものであるのは確かだ。だけどさっきのライサは少し様子がおかしかった。
そもそもあの気位の高そうな彼女が、四六時中ぬいぐるみを抱えて離さないというのも少し違和感がある。
それにあのとき彼女は「ライサの大切な」と口にしていた。
自分の名前を一人称にするなんて、彼女にしてはだいぶ幼い。
それらが意味することが何なのか――、
でも結局、それを考えるには私はライサのことをあまりにも知らなさすぎる。
ミハイルさんやリエーフさんに聞けばわかるのかもしれない。でも自分で知ろうとしなければいけない気がした。
「ライサ、どこ? さっきのこと謝りたいの。出てきて欲しい」
そう声に出しながら私は回廊を歩いていた。
そうして気がついたことがある。
ライサを探そうと意識して歩いていたら、いつもよりもたくさんの幽霊達が目についた。それもチラチラとではなく、生きてる人間と同じようにハッキリと見える。
意を決して、その中の一人に話しかけてみる。
「あの、ライサをご存知ないですか?」
「ライサ……?」
「ドレスを着た十歳くらいの女の子です」
私が話しかけたその幽霊も、桜色の華やかなドレスを纏っていたから、あまり服装は特徴にならないのかもしれない。私より少し年上くらいの育ちの良さそうなその女性は、だが私の言葉を聞いて眉をひそめた。
「ライサって、アドロフ家の? あの子は小さい頃に亡くなっているはずだけど……」
「あっ……ごめんなさい、変なことを聞いてしまって」
彼女の返事に、私は慌てて謝罪を口にしながら頭を下げた。
ライサが亡くなっているのは知っている、だって幽霊だもの。でも、この人も……幽霊だよね? この屋敷にいる生身の人間はミハイルさんだけだって、リエーフさんは言ってた。
この人は、自分も死んでいるということに気が付いていないのだろうか。でも、だとしたら、部外者の私がそんな繊細な事情に突っ込むべきじゃない。お礼を言って立ち去りかけて、しかし思いなおして私は彼女に向き直った。
「あ、あの、申し遅れました。私はこの屋敷の掃除婦として雇われたミオと申します。宜しくお願いします」
「あら……そうだったの? 私はてっきり、プリヴィデーニ伯爵の奥方だと思っていたわ」
「プリヴィ……?」
「今のご当主は……お名前は何と言ったかしら」
「あっ、ち、違います!! 私はただの雇われ掃除婦です。この指輪は……仕事をするためにお借りしただけのもので」
彼女の視線が指輪に注がれているのを見て、私は急いで否定した。恐らくプリヴィデーニというのはの伯爵家のことで、彼女は私を伯爵夫人だと勘違いしているのだ。
「フフ、そうだったのね。ごきげんよう新しいメイドさん。お掃除頑張って」
「あ……はい」
そう言って、貴婦人の幽霊はスッと壁の中に消えた。……幽霊達の生活スタイル、よくわからない。
でも今まで曖昧にしか見えていなかったその姿が、その声が、今日は異様にはっきりしている。幽霊屋敷じゃなく、ちゃんとした大きな貴族のお屋敷に迷い込んだよう。
小指に嵌めた指輪に視線を落とす。嵌めたら見える、そんな単純な話じゃなく、私の見ようとする意志も、もしかしたら影響があるのかもしれない。……それにしても。
この指輪をしているせいで、幽霊たちから物凄い誤解を受けている気がする。
もしかして幽霊たちが私を歓迎していないのって、私の掃除が気に入らないんじゃなくて、私が外の人間だからじゃなくて、ここの当主婦人としてイマイチだから、なのでは……?
だとしたら勘違いもいいところだし、ちょっと納得がいかない。
けど、少なくともライサはそれが誤解だと知っているはずだから……、それが原因じゃないハズだ。
やっぱりちゃんと彼女と話さなきゃ。
「出てきてくれないなら……いいわ。今のうちにお掃除すれば、きっとはかどるでしょうしね」
独り言めかして呟くと、ピシ、と窓が鳴る。ふっ、やっぱり子ども。私の勝ちね。
窓も空いてないのに、ブワーッとぼろぼろのカーテンが翻る。
「無駄よ! あたしがまた全部元通りに……!」
「見つけた、ライサ」
ぎゅっとその腕を掴むと、はためいていたカーテンが大人しくなる。代わりにライサは凄い顔で私を睨みつけてきた。怯みそうになるのを堪えて、私は正面からその目を見つめ返した。
「さっきはごめんなさい。それ、きっとものすごく大事なものなのよね? 勝手に触ったりして私が悪かったわ」
「……何よ。あたしに取り入ろうとしたって」
「無駄なんでしょ? それはそれでいいから、やっぱりそのぬいぐるみ、私に直させて欲しい。目や手が取れたままじゃかわいそうでしょ?」
「そんなことで恩を売ろうとしても、あたしは誤魔化されないわ」
「わかってる。でも、別にあなたにデメリットはないのだから、いいでしょう? リエーフさんに裁縫道具を借りてきたの」
「釈然としない。アンタにメリットがない」
「私の仕事……、ここに来る前にしていた仕事ね。家事代行だから、掃除だけじゃなくて、頼まれれば繕い物もするの。クライアントに喜んでもらえれば私もプロとして嬉しい。これが私のメリットよ」
「……変な人。そんなのメリットって言える?」
「他の人にとってはわからない。でも私にとっては、そうよ」
ライサはそこで私の手を振り払うと、再び私をじっと見た。
まるで私が嘘を言っているのかどうか探るような視線に、でも私が怯えることは何もない。だって今言ったことには、私の仕事に対するポリシーには、打算や嘘なんて一つもないから。
ふと目を逸らした彼女の表情は、相変わらず友好的とは言えなかったけど。少なくとも敵意は消えたように思える。
彼女は軽く溜息をついて、その大きな青い瞳を再び私へと向ける。
「大丈夫。私、仕事でテディベアの修復やったことあるの。本当はオプションにないことだったんだけど、どうしてもって頼まれて。我ながら上手くできて、とっても喜んでもらえたわ」
「何言ってるのかよくわからないけど、自信があるのはわかった。失敗したら呪い殺される覚悟があって言ってるのね?」
「失敗なんかしない」
失敗すると思いながら仕事なんかできない。
断言すると、ライサは抱きしめていたぬいぐるみを一瞥したあと、ためらいを見せながらも私に差し出してきた。
「……いい度胸ね。それに免じて一度だけアンタを信じてあげるわ」
「ありがとう。信頼と実績が我が社のモットーです」
営業成功。ぬいぐるみを受け取って、私は笑顔で頭を下げた。
「これはミオさん。どうかされましたか?」
「ちょっとお聞きしたいのですが。この屋敷に裁縫道具はありませんか?」
私の問いかけに、リエーフさんはふと柔らかな笑みを見せた。私の考えてること、なんとなく見透かされているような気がする。
だけどその後彼は、申し訳なさそうに眉尻を下げた。
「……あります。しかし、あるにはあるのですが……」
リエーフさんは一旦部屋の中に引っ込むと、戸棚の奥から古びた裁縫道具を出してきた。
「この通り、すっかり針が錆びてしまいまして。新調するにも外には魔法がありますから、裁縫道具などもう廃れて、今ではどこにもないのです」
ということは相当古いもなのだろう。それにしては綺麗に残っていると感じる。針もハサミも錆びてはいるけど、錆さえ落とせば充分に使える。
「リエーフさん、塩ってありますか?」
「塩……って、料理に使うあの塩ですか? それは勿論ございますが……、何故今塩なのです?」
顔いっぱいに疑問符を浮かべるリエーフさんに、とにかく塩を用意してほしいとお願いすると、私は小走りに部屋へと向かった。
昨日エドアルトさんから一つだけもらったあの果物。まだ半分、使わずに部屋に残してある。
それを持ってリエーフさんのところへとんぼ返りすると、彼は私に言われた通り塩の袋を用意して待っていてくれた。その塩を、錆びた針やハサミに振りかける。
「これは……何をしているのですか、ミオさん。まさか針やハサミを調理して食べようとでも言うのですか?」
よほど混乱しているのか、リエーフさんがあり得ないことを真顔で言ってくる。いくら上手に料理したって針とハサミが食べられようわけもない。
「まさか。塩と昨日の果実を使って錆を取るんです」
「塩と果実で、錆が……?」
リエーフさんの顔の疑問符は取れないままだったが、私は構わず塩のかかった器具に果汁をかけた。
このフルーツ、レモンよりたっぷり果汁を含んでいて、ありがたい。
「やはりわたくしには、調理しているようにしか見えないのですが……」
うん、まぁそう見えても仕方ない。
これは仕事とは直接関係ないけど、職場のパートさんに教えてもらった小技だ。皮を使って錆を擦り、布で拭き上げると、自分でもびっくりするほど綺麗に錆は落ち、針もハサミもピカピカになった。そしてそれを見るリエーフさんの目も、同じくらいピカピカと輝いていて。
「す、すごい……! すごいですミオさん!! まるで魔法を見ているようです」
「魔法ほど便利じゃないですよ。けどこんなに綺麗になるとは私も思ってませんでした」
この果実の成分が、よっぽど錆を落とすのに優れているのだろうか。とはいえ、果物切って果汁を絞って塩を用意して一生懸命擦り落として……という手間を考えれば、魔法の便利さには遥かに及ばないと思う。
まぁ、錆を落とす魔法なんていうのはさすがにないのかもしれないけど、魔法が使えればもっと効率の良い方法はいくらでもありそうだもんね。
「それでも……わたくしはもう、二度と使えないかと思っていました。ですからとても嬉しいです」
そう言って目を細めるリエーフさんはとても嬉しそうな顔をしていて、それを見て私は少し引っかかりを覚えた。どうして使えない裁縫道具を大事に取っておいたのだろう。
私のそんな疑問を察したのか、リエーフさんはニコリと微笑むと、その答えにあたるであろうことを話してくれた。
「この裁縫道具は姉の形見なのですよ」
なるほど、例え使えなくなってもリエーフさんにとっては大事なものだったわけだ。……とすると、借りるのはちょっと気が引ける。
「実はお借りしたいと思ってたんですけど、そんな大事なものなら……」
「いえいえ! こんなに綺麗にして頂いたんです。きっと姉も感謝しているはず。ミオさんに使って頂けるなら大歓迎ですよ。……それに」
ふとリエーフさんが言葉を止めたので、私はその先を待った。だけどなかなか彼は言葉を継がず、やがて「いえ」と言ってその先を止める。
「なんでもありません。その裁縫道具はミオさんのお好きに使って下さい」
「じゃあ……お言葉に甘えて、お借りしますね。ありがとうございますリエーフさん」
私はリエーフさんから裁縫道具を受け取ると、深々と頭を下げてその場を後にした。
※
裁縫道具を片手に抱えたまま、私はライサと話をするべく彼女を探して歩いていた。彼女にとってあのぬいぐるみが特別なものであるのは確かだ。だけどさっきのライサは少し様子がおかしかった。
そもそもあの気位の高そうな彼女が、四六時中ぬいぐるみを抱えて離さないというのも少し違和感がある。
それにあのとき彼女は「ライサの大切な」と口にしていた。
自分の名前を一人称にするなんて、彼女にしてはだいぶ幼い。
それらが意味することが何なのか――、
でも結局、それを考えるには私はライサのことをあまりにも知らなさすぎる。
ミハイルさんやリエーフさんに聞けばわかるのかもしれない。でも自分で知ろうとしなければいけない気がした。
「ライサ、どこ? さっきのこと謝りたいの。出てきて欲しい」
そう声に出しながら私は回廊を歩いていた。
そうして気がついたことがある。
ライサを探そうと意識して歩いていたら、いつもよりもたくさんの幽霊達が目についた。それもチラチラとではなく、生きてる人間と同じようにハッキリと見える。
意を決して、その中の一人に話しかけてみる。
「あの、ライサをご存知ないですか?」
「ライサ……?」
「ドレスを着た十歳くらいの女の子です」
私が話しかけたその幽霊も、桜色の華やかなドレスを纏っていたから、あまり服装は特徴にならないのかもしれない。私より少し年上くらいの育ちの良さそうなその女性は、だが私の言葉を聞いて眉をひそめた。
「ライサって、アドロフ家の? あの子は小さい頃に亡くなっているはずだけど……」
「あっ……ごめんなさい、変なことを聞いてしまって」
彼女の返事に、私は慌てて謝罪を口にしながら頭を下げた。
ライサが亡くなっているのは知っている、だって幽霊だもの。でも、この人も……幽霊だよね? この屋敷にいる生身の人間はミハイルさんだけだって、リエーフさんは言ってた。
この人は、自分も死んでいるということに気が付いていないのだろうか。でも、だとしたら、部外者の私がそんな繊細な事情に突っ込むべきじゃない。お礼を言って立ち去りかけて、しかし思いなおして私は彼女に向き直った。
「あ、あの、申し遅れました。私はこの屋敷の掃除婦として雇われたミオと申します。宜しくお願いします」
「あら……そうだったの? 私はてっきり、プリヴィデーニ伯爵の奥方だと思っていたわ」
「プリヴィ……?」
「今のご当主は……お名前は何と言ったかしら」
「あっ、ち、違います!! 私はただの雇われ掃除婦です。この指輪は……仕事をするためにお借りしただけのもので」
彼女の視線が指輪に注がれているのを見て、私は急いで否定した。恐らくプリヴィデーニというのはの伯爵家のことで、彼女は私を伯爵夫人だと勘違いしているのだ。
「フフ、そうだったのね。ごきげんよう新しいメイドさん。お掃除頑張って」
「あ……はい」
そう言って、貴婦人の幽霊はスッと壁の中に消えた。……幽霊達の生活スタイル、よくわからない。
でも今まで曖昧にしか見えていなかったその姿が、その声が、今日は異様にはっきりしている。幽霊屋敷じゃなく、ちゃんとした大きな貴族のお屋敷に迷い込んだよう。
小指に嵌めた指輪に視線を落とす。嵌めたら見える、そんな単純な話じゃなく、私の見ようとする意志も、もしかしたら影響があるのかもしれない。……それにしても。
この指輪をしているせいで、幽霊たちから物凄い誤解を受けている気がする。
もしかして幽霊たちが私を歓迎していないのって、私の掃除が気に入らないんじゃなくて、私が外の人間だからじゃなくて、ここの当主婦人としてイマイチだから、なのでは……?
だとしたら勘違いもいいところだし、ちょっと納得がいかない。
けど、少なくともライサはそれが誤解だと知っているはずだから……、それが原因じゃないハズだ。
やっぱりちゃんと彼女と話さなきゃ。
「出てきてくれないなら……いいわ。今のうちにお掃除すれば、きっとはかどるでしょうしね」
独り言めかして呟くと、ピシ、と窓が鳴る。ふっ、やっぱり子ども。私の勝ちね。
窓も空いてないのに、ブワーッとぼろぼろのカーテンが翻る。
「無駄よ! あたしがまた全部元通りに……!」
「見つけた、ライサ」
ぎゅっとその腕を掴むと、はためいていたカーテンが大人しくなる。代わりにライサは凄い顔で私を睨みつけてきた。怯みそうになるのを堪えて、私は正面からその目を見つめ返した。
「さっきはごめんなさい。それ、きっとものすごく大事なものなのよね? 勝手に触ったりして私が悪かったわ」
「……何よ。あたしに取り入ろうとしたって」
「無駄なんでしょ? それはそれでいいから、やっぱりそのぬいぐるみ、私に直させて欲しい。目や手が取れたままじゃかわいそうでしょ?」
「そんなことで恩を売ろうとしても、あたしは誤魔化されないわ」
「わかってる。でも、別にあなたにデメリットはないのだから、いいでしょう? リエーフさんに裁縫道具を借りてきたの」
「釈然としない。アンタにメリットがない」
「私の仕事……、ここに来る前にしていた仕事ね。家事代行だから、掃除だけじゃなくて、頼まれれば繕い物もするの。クライアントに喜んでもらえれば私もプロとして嬉しい。これが私のメリットよ」
「……変な人。そんなのメリットって言える?」
「他の人にとってはわからない。でも私にとっては、そうよ」
ライサはそこで私の手を振り払うと、再び私をじっと見た。
まるで私が嘘を言っているのかどうか探るような視線に、でも私が怯えることは何もない。だって今言ったことには、私の仕事に対するポリシーには、打算や嘘なんて一つもないから。
ふと目を逸らした彼女の表情は、相変わらず友好的とは言えなかったけど。少なくとも敵意は消えたように思える。
彼女は軽く溜息をついて、その大きな青い瞳を再び私へと向ける。
「大丈夫。私、仕事でテディベアの修復やったことあるの。本当はオプションにないことだったんだけど、どうしてもって頼まれて。我ながら上手くできて、とっても喜んでもらえたわ」
「何言ってるのかよくわからないけど、自信があるのはわかった。失敗したら呪い殺される覚悟があって言ってるのね?」
「失敗なんかしない」
失敗すると思いながら仕事なんかできない。
断言すると、ライサは抱きしめていたぬいぐるみを一瞥したあと、ためらいを見せながらも私に差し出してきた。
「……いい度胸ね。それに免じて一度だけアンタを信じてあげるわ」
「ありがとう。信頼と実績が我が社のモットーです」
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