幽霊屋敷の掃除婦

羽鳥紘

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番外編(三人称)

死者の会合

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 ――その屋敷には、非業の死を遂げた者たちの怨念が住まうという。

 闇空を雷光が裂く。昼過ぎから上空に鎮座した黒雲は、怨霊たちの嘆きに応えて泣き、怒りに応えて鳴いている。
 その勢いが強まるのに合わせて、死者たちも活動を始める。
 ひそひそと、さわさわと。
 ある者は徘徊し、ある者は同じ言葉を囁き続け。
 そしてある者は――その闇の中を、灯りもなく、徘徊する死者たちの間を擦り抜けて行く。稲光を銀髪が弾く。恐ろしいほどに整った容姿と、血のように紅い瞳を、宵闇に隠して。キィ、と扉を押し開ける。

「それでは――会合を始めましょう」

 カッ――
 と、ひときわ大きな稲妻が、ボロボロに引き裂かれたカーテンの向こうに走る。
 三人いる。
 長く美しい金髪と、蒼玉の瞳を持つ少女。
 同じく、金髪碧眼の、気弱そうな顔に不釣り合いな軍服を纏った青年。
 くせのある茶髪に、眼鏡の奥の表情が見えぬ白衣の青年。
 
 轟音。近くに落ちたらしい。そんなことは歯牙にもかけず、美しき銀髪の青年は、その形のよい唇を笑みの形にする。

「さぁ、今日の議題は――」

 誰を呪い殺すか。血祭に上げるか。そんなことでも言い出しそうな愉し気な表情を――、だが次の瞬間には情けなくへにゃりと歪ませて。



「どうしたら坊ちゃんとミオさんを進展させられるかですう!」



 静寂。
 それを割いたのは、少女の幼い溜息だった。

「無理でしょ」
「ライサ、そんなこと言わずに真面目に考えて下さい。女性の貴女が頼りです」
「でも、あたし子供だし」

 この悠久を生きる少女は、普段は子供扱いをするなと言う癖に、今は唇を尖らせている。女心というのはいつの世も複雑なものらしい。
 銀髪の青年は、それ以上の追及をひとまず諦め、顔の向きを変えた。

「エドアルトは何かないですか。あなた確か、生前妻がいたでしょう?」
「家同士が決めただけで、一言も話したことないし、顔も覚えてないけど」

 頼りにならない返事が返ってくる。よく考えなくともこの男は、色恋より花であった。

「アラムは? 何か妙案はないですか?」
「実にめんどくさいね。惚れ薬でも飲ませたら?」

 面倒そうな様子を隠しもせず、白衣の青年は投げやりに答えた。しかし、銀髪の青年はパァァと顔を輝かせ、白手袋をした両手を合わせる。

「素晴らしい! ではさっそく調合をお願いします!」
「リエーフ」

 場を駆け抜けた声に。

 ライサがさっと壁を抜け。
 エドアルトが窓を抜け。
 アラムが天井を抜けて場から消えた。

 その間、およそ一秒にも満たない。

 リエーフと呼ばれた銀髪の青年が、燕尾服の裾を翻し、優雅に振り向き一礼する。


「これはミハイル様。何か御用でしょうか」
「やかましいわクソ執事」


 ノータイムで頭を殴られ、リエーフは痛そうに頭をさすった。

「突然何をなさるのです」

 殴りつけた青年――ミハイルの手にした灯り、その蝋燭の炎に照らし出されるのは、闇色の髪、闇色の瞳、その表情、不機嫌。いや、不機嫌を通り越している。超絶不機嫌だ。

「夜な夜なお前に集められてはくだらない話に付き合わされて迷惑だと。他の奴らから苦情が酷い」
「おや、クレームを受けるようになるなど、坊ちゃんも当主として一人前になってきましたねぇ」
「他に誰がお前を止められる」
「お言葉ですが、坊ちゃんでもわたくしをお止めになるのは無理かと」
「……ほぅ?」

 スッ……と、ミハイルの瞳が細まる。その目を真っすぐに見返すリエーフは、全く怯まなかった。

「一人目は、縁談がまとまった夜発狂。二人目は、ライサにいびられ夜逃げ。三人目、ああ、彼女は賢く美しく、優しくあられましたね。ようやくと思いましたのに」
「待て、なんの話をしている」
「坊ちゃんの不甲斐ないお話ではありませんか」
「誰が坊ちゃんだ」
「新たな坊ちゃんが……いや、お嬢様でも構いません。お生まれになれば間違えることもなくなります。不肖このリエーフ、子守には少々自信が」

 スッ――と、取り出したガラガラごと、ミハイルはリエーフを殴り飛ばした。傷を負うことはないが、衝撃を受けない体ではない。ガラガラを鳴らしながら吹き飛んだ執事を後目に、ミハイルは踵を返すと、部屋の扉を乱暴に閉めた。


 ※


「……あのう」

 翌日、昼。ノックの後に入ってきたミオが、言い辛そうに声を上げる。

「なんだ」

 欠伸を噛み殺して、ミハイルが不機嫌な声を上げる。ますます言い辛そうに、ミオは続けた。

「リエーフさんを知りませんか?」
「知らん」

 さらに不機嫌になって、ミハイルが突っぱねる。

「ミハイルさんも、会ってないんですか?」
「朝からずっと見ていない」

 見たくもない――というのは辛うじて伏せる。そんなことを言えば、首を突っ込んできかねない相手だ。

「そうですか……、その……、お腹空きませんか?」

 リエーフを朝から見ていないということは、朝食が運ばれてきていないということになる。
 ミオが言いたいのはそういうことだろう。ミハイルは昨夜のこともあり催促もしなかったのだが、ミオまで朝食抜きというのは、相当拗ねさせてしまったか。……或いは。

「……すまん。昨夜俺が奴の機嫌を損ねたからかもしれん」
「リエーフさんの……? 何をしたんですか」
「待て。俺が悪い前提になってないか」
「気のせいですよ。少し被害妄想なのでは」
「相変わらず一言多い……」

 そもそも誰の為にと言いかけて口を噤む。あまり勘繰られたくはない内容ではある。

「すみません、そんなつもりでは。あの、キッチンを使っても構わなければ、私何か作りましょうか?」
「…………」

 なんとなく、リエーフの意図を察してミハイルは半眼になると、机の上に手を組み、顎を乗せた。
 断っても構わないのだが、そうすればこちらが折れるまで断食することになる。

「……頼む」
「はい! 頑張りますね」

 そう言って、ミオが笑う。もともと、不愛想というわけではないが、張り付けたような笑顔をよくしていた。その頃に比べると、随分自然な笑みを見せるようになったと思う。

「妙なものは飲むなよ」
「え?」
「……いや、何でもない」

 怪訝な顔をしながら、ミオが退室する。
 手伝おうか、という言葉を飲み込んだのは、これ以上リエーフの思惑に乗りたくないという微かな意地と。
 少し楽しみだと思ってしまったことを、誰にも気取られたくないからだった。
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