幽霊屋敷の掃除婦

羽鳥紘

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番外編(ミオ一人称)

少し苦い

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 焦げ臭さが鼻をついて、私は慌てて石窯に駆け寄った。
「あぁ……ちょっと焦げちゃったなぁ……」
 急いで取り出したものの、こんがりしすぎたパンを見て溜め息をつく。
 このお屋敷には魔法も電気もないから、調理をするときは基本的に直火。タイマーなどない。
 パン自体はリエーフさんが作ったもので、私は焼くだけなんだけど。焼き加減を間違えれば消し炭なので、その焼くだけが難しい。
「でも食べられないことはない、よね」
 捨てちゃうのは勿体ないので、良しとする。
 一応伯爵家のご当主様に出す食事がこんなのでいいのかなとは思うけど。まぁ、多分怒らないだろう。雇い主に対して随分な態度かとは思うけれども今更だ。そもそも、私は掃除婦である。
 ……といって、街へ買い出しに行くというリエーフさんにお昼の用意を申し出たのは自分自身なんだけど。
 とにかく、用意はした。と開き直ったところで、丁度ミハイルさんが顔を覗かせる。
「あ、ごめんなさい。お昼、いつもの時間より遅くなっちゃいました」
 リエーフさんは料理の腕も去ることながら、定時を1分足りとも過ぎたことがない。
「リエーフはどうした」
「買い出しに行くと言うので引き受けました」
「いつも作ってから出かけている。わざわざお前がしなくともいいだろう」
「すみません、出すぎたことをして。リエーフさんみたいに上手く作れないのに」
「そういう意味じゃない」
 不機嫌そうに言って、ミハイルさんが椅子を引く。
「ダイニングまで運びますよ」
 キッチンにもテーブルはあるけど、どちらかというと調理用のものであまり広くはない。が、「構わん」と一言で却下された。
「確かに、ダイニングに並べるような豪華なものじゃないですけど」
「だからそういう意味ではない」
「でもパン焦がしちゃいましたし……」
「これぐらいの方が俺は好きだが」
 言いながら、ぞんざいにパンを掴んで口に運ぶ。
「……優しいんですね」
「単に好みを言っただけだ」
「でも嬉しいです。私掃除は好きだけど料理はそんなに得意じゃなくて……、パンもろくに焼けないのかとよく言われましたね」
 オーブントースターを使っても、子供の頃はよく焦がした。タイマーの微妙な加減がうまくいかなくて……、タイマーあっても駄目だったんだから、石窯を使いこなせるわけもなかった。
「別に気を遣ったわけじゃないぞ」
「それでもです」
「……旨い」
 料理に口をつけてミハイルさんが呟く。それが例え気遣いでもお世辞でも、嬉しいことに変わりはない。
「何を笑ってる。お前も早く座って食え」
「あ……、ごめんなさい。つい調子に乗ってしまって」
 にやけてたかもしれない……恥ずかしい。慌てて顔を引き締め、椅子を引く。
 手を合わせて、フォークを取る。いつも通りの静かな食事が始まる。……と思ったのだけど。
「……乗ればいいんじゃないか。掃除なり料理なり、俺にはそこまでできんからな」
 珍しく、ミハイルさんが静寂を割く。
「それは、ミハイルさんと違って私は一般庶民ですから。家でも仕事でも、やらなきゃ生きていけないだけで……それに、こんなのその気になれば誰だってできます」
「そうでもないだろう。お前は他人のことには鋭いが自分のことには疎いんだな」
「そんなことないですよ。実際、今まで褒められたことなんてないですし」
「…………」
「あ……その。だから、お世辞でも嬉しいです。ありがとうございます」
 また沈黙が訪れる。そんなつもりじゃなかったけど、ネガティブな話をされたら気分良くないよね……。でも、自分で自分の評価をするのは難しい。過大評価してしまって口ほどにもないと思われるくらいなら、思ったよりマシだった、くらいの方が楽だし。
 ……こんな風に気を遣うから、会話は苦手だ。
「……何故」
 もう今日は黙っていようと密かに決めて食事に集中する。だから、シルバーと食器が触れる音で、それを聞き逃しそうになった。それほど小さな声だった。だけど多分気のせいじゃない。私が食事の手を止めたのを見てミハイルさんも手を止める。
「何故そこまでする?褒められもせず文句まで言われながら、他人のために」
 じっと見つめられて、少し戸惑う。そんなの考えたこともなかった。でも。
「他人じゃなくて、家族のため、だからでしょうか」
「……家族とは、そういうものか」
 短く答えて、ミハイルさんが視線を落とす。
 無神経なこと言っちゃったかもしれない。ミハイルさんの両親は亡くなっているのに。
「……ごめんなさい」
「謝らなくていい。生きていたところで、きっと俺には理解できん」
 私が謝った理由を、ミハイルさんは的確に察してくれたようだった。だけどつまらなそうに答えて、食事を再開する。
 ……今までの話を聞くに、ミハイルさんが両親に良い印象を持っていないのは、なんとなくわかるんだけど。
「ミハイルさんは……ご両親のこと、嫌いだったんですか?」
「いや、特にそんな感情もない。父親にとって俺は次期当主でしかなかったし、母親にとっては化物でしかなかった。話しかけようものなら『無駄話をするな、笑うな、常にプリヴィデーニ家嫡男として考え振る舞え』だったな」
 それは……不愛想に育ったのも仕方ないという気もするな。
「今何か失礼なことを考えただろう」
「い、いえ。その……笑うなは私も言われました。笑顔が可愛くないからと」
 相変わらず勘が鋭い。話を逸らすために、ふと思い出したことを口にする。同意されるかと思ったが、ミハイルさんは少し眉を顰めた。
「……そんなことは」
「気を遣わないで下さい。実際そうなんですよ。仕事にならないからすごく練習したんです」
「あぁ……だからたまに張り付けたような変な笑い方をするんだな」
「変……ですか?」
 どうしてだろう。
 貶されたのに、何故か私、嬉しい。
 かなり努力して身につけた営業スマイルなのに。お客さんにも職場の人にも変だなんて言われたことないのに。
「ああ、変だ。さっきのにやけ顔の方がずっといい」
「……酷いです……」
「ふっ」
「なんで笑うんですか……」
 言いながら自覚してる。顔、赤くなってるんだろうなぁ……
 確かに私、変だ。頑張った笑顔よりも、変なにやけ顔を持ち出されて嬉しいなんて。
「……ミハイルさんも、今みたいな顔の方がいいですよ」
 それが何か悔しくて言い返してみると、彼は笑顔を消してしまった。
「世辞は結構だ。どうせ見せる相手もない」
 ミハイルさんが立ち上がる。いつの間にか彼のお皿は空になっていて、片付けようとするのを止める。
「あ、私片付けますからそのままで」
「…………」
「あの、ミハイルさん」
 迷うようにこちらを見る目が。いつも表情のない黒い目が、どこか寂しそうに見えてしまった。でも呼びかけたのを後悔した。何を言おうとしたんだろう、私は。
 私が居ますとでも言うつもりだったんだろうか。おこがましいにも程がある。それに……私はいつかここを出ていくと公言してるのに。
 だけど呼びかけたのをなかったことにもできなくて。
「も、もし……もしもですよ。私がお屋敷を出て、それでも帰る方法が見つからなかったら……また、ここで雇ってくれませんか?」
 本当に、何を言っているんだろう。そんな保証のない、もしもの話を。だけど帰れるという保証もないのだ。だから、そう、最悪の場合を想定しておくことも必要だから。
「もしかしたらその頃には、使用人もいっぱいいるかもしれませんけど! できれば掃除婦の枠を一つ、開けておいてもらえないかなと……」
「……断る」
 う、うそ。断られた。
「じゃあ、こんな食事でよければ調理要員でも構わないので。とにかく使用人を一人分……」
「断る」
「……酷い。どうしてですか」
 からかわれているのだろうか。寂しそうに見えたのは私の気のせいだったのかな。食い下がるのを諦めて不満を表情に乗せると、彼も似たような顔をした。
「それ以外ならいつでも」
「それ以外?」
「いや。……帰れるさ、きっと」
 疑問の声を上げる私に近づくと、彼はそう言って私の頭に手を置いた。
「待っている家族がいるんだろう。帰れないかもなどと考えるな」
「……そう、ですね。ありがとうございます……」
 大きな手。今日は……手袋をしていなかった。
 笑おうとしたのにできなかった。それでも何とか練習した笑顔を張り付けると、ミハイルさんは私から手を離し、そのままキッチンを出ていった。
 まだ少し残っている、自分のお皿に視線を移す。
 少し焦げたパンは、少し苦かった。
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