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けものとであってしまいまして
2わ。
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瞬間、カナタは我に返った。
「(いやいや待って。何普通に話してるんだよ僕は。明らかにおかしいだろこの状況)」
ぶるぶると首を横に振るカナタを2人はいぶかしげに見つめていた。
「それでカナタはどこからやって来たんだ?
その身なりはどう見てもこの山の麓の街の奴らとは違うだろ?」
大学のことを話しても何も知らないといった様子のふたりを見ていたため、きっとここは自分の住んでいる世界とは違うと、カナタは認めたくなくても認めざるを得なかった。
だからこれ以上本当のことを話すのは止めて、ばれない程度の嘘をつくことに決めた。
「ここよりもっと南の、温かい国からやって来たんだ…
慣れない土地を歩いていたから迷っちゃって」
ばれない程度の嘘とは決めたものの、しどろもどろな話し方にこれじゃすぐばれてしまうだろうとカナタは心の中で自分を叱咤した。
「ほぉん、南の国か…」
「みなみのくに?遠い所から来たの?すごいね!!」
ガルフとカナタとの間の疑惑に満ちた気まずい空気をルウのひょうきんな声が切り裂いた。
「ぼくたち、山の下の街に行くときでも警戒しないといけないから遠くまで行けるなんてうらやましいなぁ、ね、兄ちゃん!」
「お?おぉ、そうだな。でもまあいつかどこにでも兄ちゃんが連れてってやるよ」
「わあい!」
カナタは助かった、と心の底から安堵した。
どうやらガルフは弟には相当甘い性格をしているようだ。
だけど、どうにかここから出ないと。
街へ行ってどんな場所かを確かめないことには元の世界に戻る手掛かりすらみつからないとカナタは自分の気を急かした。
「あの、それじゃ僕はもう街にもど…」
そうカナタが言いかけた途端にガルフが苦しそうな表情を見せた。
「兄ちゃん!もう、ムリしたらだめだよ、カナタも信じてくれたみたいだし、狼に戻ろうよ?」
「く、情けねえな。人の前でころころ姿を変えないとならねえなんて」
そう言うとガルフは徐々に狼の姿へと戻っていった。
「ガルフは、人の姿でいようとすると苦しくなるの?」
カナタもついガルフのことが心配になって聞いてみた。
「んと、さっきも言ったでしょ?人からもらっちゃった毒が兄ちゃんをずっと人でいることをできなくさせちゃったの」
ルウの説明でカナタは想像することができた。
きっと人狼の正体をはっきりとさせるために、時間経過とともに人でいることが困難になる毒を人間がガルフに盛ったのだ。
「そんな効果のある毒を、人が作って所持してるってことなの?」
「ああ。本当に厄介なもんもらっちまったぜ。のこのこと人間のいる所に行くもんじゃねえな」
狼になってしまったガルフからは表情は読み取れなかったが、カナタはガルフの青い瞳から自嘲と自分への情けなさ、そして悲しさを感じ取っていた。
親の期待に応えずに疎遠になってしまった家族。
魅力がない自分から離れて魅力的な先輩と付き合うことになった彼女。
僕は人から何かを与えてほしいと願ってばかりで、少しでも自分から相手の期待に応えようとしたことがあっただろうか。
そんな疑問を孕んだ感情がカナタの心の中で渦巻き、心を支配した。
僕がこの世界に飛ばされて、この2人に包まれて目覚めたのは…森で倒れて凍え死にそうになっていた僕を2人が助けてくれたからじゃないか。
情けないな、僕は。
自分のことだけ考えてた。
街に行って元の世界に戻ることだけ考えてた。
悔しそうに唇を噛むカナタは拳を握り2人を見つめた。
「その毒の後遺症は、治すことはできるの?」
「え?」
びっくりした表情でルウがカナタを見上げていた。
「治せる方法があるのなら、僕はガルフを助ける手伝いをしたい」
しばらく沈黙を保っていたガルフは口を開いた。
「生意気を言うな。俺に毒を盛った人間と同じ人間に助けられる筋合いなんて無えんだよ!」
「っ、それを謝ろうとした僕に、お前は何もしてないって言ったのはガルフじゃないか!」
「なっ…」
「山林の中で倒れて凍えそうになっていた僕を助けてくれたのも君なんでしょ?」
酔いでぼやけていたカナタの記憶が少しずつよみがえってくる。
突如、見知らぬ世界の雪山に飛ばされ眠っていたカナタを、ルウが見つけてガルフに知らせた。
そしてガルフは自分の背に乗せ、この洞窟までカナタを運んできた。
その時のあたたかさも、優しい毛触りもカナタは鮮明に思い出し始めた。
そして何より、そんなことをしたってガルフにとって良いことなんてなにもなかったはずなのに。
それでも助けてくれた。
そんな2人の心のあたたかさを今になってじわじわと感じ始めている。
「恩だけを売って突き放そうとしないでよ。僕も力になりたいよ」
そう泣きそうな声で悔しそうに告げるカナタの横へ、ガルフの隣りにいたルウも移り、並んだ。
「ねえ兄ちゃん…カナタに助けてもらお?
カナタはきっとあの時の人間とは違うって、ぼくは思うから」
駄々を捏ねるようなお願いとは違う願いの言葉をルウは兄へと向けた。
「…まったく、バカな人間もいたもんだな」
「なっ、バカってひど…」
「ま!そんなバカな人間を助けた俺は大バカ者かもな!」
カナタの言葉を遮って、なぜかガルフは自慢げに言った。
「ふふ、もう、素直になればいいじゃないか…!」
そう言ってカナタは思わず狼の身体に抱きついた。
「おい!何してるんだバカ!」
「大バカ者に拒否権なんてないからね!」
「ああ!ずるい、ぼくも!」
毒を盛られたガルフと、それを心配してここ何日も静かに過ごしてきたルウ。
ちょっぴり寂しいと思っていたふたりの生活に別世界から飛び込んできたカナタという存在が久々のにぎやかさをもたらしたのだった。
(けものとであってしまいまして 完)
「(いやいや待って。何普通に話してるんだよ僕は。明らかにおかしいだろこの状況)」
ぶるぶると首を横に振るカナタを2人はいぶかしげに見つめていた。
「それでカナタはどこからやって来たんだ?
その身なりはどう見てもこの山の麓の街の奴らとは違うだろ?」
大学のことを話しても何も知らないといった様子のふたりを見ていたため、きっとここは自分の住んでいる世界とは違うと、カナタは認めたくなくても認めざるを得なかった。
だからこれ以上本当のことを話すのは止めて、ばれない程度の嘘をつくことに決めた。
「ここよりもっと南の、温かい国からやって来たんだ…
慣れない土地を歩いていたから迷っちゃって」
ばれない程度の嘘とは決めたものの、しどろもどろな話し方にこれじゃすぐばれてしまうだろうとカナタは心の中で自分を叱咤した。
「ほぉん、南の国か…」
「みなみのくに?遠い所から来たの?すごいね!!」
ガルフとカナタとの間の疑惑に満ちた気まずい空気をルウのひょうきんな声が切り裂いた。
「ぼくたち、山の下の街に行くときでも警戒しないといけないから遠くまで行けるなんてうらやましいなぁ、ね、兄ちゃん!」
「お?おぉ、そうだな。でもまあいつかどこにでも兄ちゃんが連れてってやるよ」
「わあい!」
カナタは助かった、と心の底から安堵した。
どうやらガルフは弟には相当甘い性格をしているようだ。
だけど、どうにかここから出ないと。
街へ行ってどんな場所かを確かめないことには元の世界に戻る手掛かりすらみつからないとカナタは自分の気を急かした。
「あの、それじゃ僕はもう街にもど…」
そうカナタが言いかけた途端にガルフが苦しそうな表情を見せた。
「兄ちゃん!もう、ムリしたらだめだよ、カナタも信じてくれたみたいだし、狼に戻ろうよ?」
「く、情けねえな。人の前でころころ姿を変えないとならねえなんて」
そう言うとガルフは徐々に狼の姿へと戻っていった。
「ガルフは、人の姿でいようとすると苦しくなるの?」
カナタもついガルフのことが心配になって聞いてみた。
「んと、さっきも言ったでしょ?人からもらっちゃった毒が兄ちゃんをずっと人でいることをできなくさせちゃったの」
ルウの説明でカナタは想像することができた。
きっと人狼の正体をはっきりとさせるために、時間経過とともに人でいることが困難になる毒を人間がガルフに盛ったのだ。
「そんな効果のある毒を、人が作って所持してるってことなの?」
「ああ。本当に厄介なもんもらっちまったぜ。のこのこと人間のいる所に行くもんじゃねえな」
狼になってしまったガルフからは表情は読み取れなかったが、カナタはガルフの青い瞳から自嘲と自分への情けなさ、そして悲しさを感じ取っていた。
親の期待に応えずに疎遠になってしまった家族。
魅力がない自分から離れて魅力的な先輩と付き合うことになった彼女。
僕は人から何かを与えてほしいと願ってばかりで、少しでも自分から相手の期待に応えようとしたことがあっただろうか。
そんな疑問を孕んだ感情がカナタの心の中で渦巻き、心を支配した。
僕がこの世界に飛ばされて、この2人に包まれて目覚めたのは…森で倒れて凍え死にそうになっていた僕を2人が助けてくれたからじゃないか。
情けないな、僕は。
自分のことだけ考えてた。
街に行って元の世界に戻ることだけ考えてた。
悔しそうに唇を噛むカナタは拳を握り2人を見つめた。
「その毒の後遺症は、治すことはできるの?」
「え?」
びっくりした表情でルウがカナタを見上げていた。
「治せる方法があるのなら、僕はガルフを助ける手伝いをしたい」
しばらく沈黙を保っていたガルフは口を開いた。
「生意気を言うな。俺に毒を盛った人間と同じ人間に助けられる筋合いなんて無えんだよ!」
「っ、それを謝ろうとした僕に、お前は何もしてないって言ったのはガルフじゃないか!」
「なっ…」
「山林の中で倒れて凍えそうになっていた僕を助けてくれたのも君なんでしょ?」
酔いでぼやけていたカナタの記憶が少しずつよみがえってくる。
突如、見知らぬ世界の雪山に飛ばされ眠っていたカナタを、ルウが見つけてガルフに知らせた。
そしてガルフは自分の背に乗せ、この洞窟までカナタを運んできた。
その時のあたたかさも、優しい毛触りもカナタは鮮明に思い出し始めた。
そして何より、そんなことをしたってガルフにとって良いことなんてなにもなかったはずなのに。
それでも助けてくれた。
そんな2人の心のあたたかさを今になってじわじわと感じ始めている。
「恩だけを売って突き放そうとしないでよ。僕も力になりたいよ」
そう泣きそうな声で悔しそうに告げるカナタの横へ、ガルフの隣りにいたルウも移り、並んだ。
「ねえ兄ちゃん…カナタに助けてもらお?
カナタはきっとあの時の人間とは違うって、ぼくは思うから」
駄々を捏ねるようなお願いとは違う願いの言葉をルウは兄へと向けた。
「…まったく、バカな人間もいたもんだな」
「なっ、バカってひど…」
「ま!そんなバカな人間を助けた俺は大バカ者かもな!」
カナタの言葉を遮って、なぜかガルフは自慢げに言った。
「ふふ、もう、素直になればいいじゃないか…!」
そう言ってカナタは思わず狼の身体に抱きついた。
「おい!何してるんだバカ!」
「大バカ者に拒否権なんてないからね!」
「ああ!ずるい、ぼくも!」
毒を盛られたガルフと、それを心配してここ何日も静かに過ごしてきたルウ。
ちょっぴり寂しいと思っていたふたりの生活に別世界から飛び込んできたカナタという存在が久々のにぎやかさをもたらしたのだった。
(けものとであってしまいまして 完)
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