けものとこいにおちまして

ゆきたな

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さいしゅうしょう

36わ。

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熱で倒れた時に見た長い夢は、それから何日、何か月と時間が過ぎてもカナタの記憶から消えることは無かった。
そもそもあれは本当に夢だったのだろうかと、カナタは深層心理を探っていくように日々を送っていた。

「そんでさ、ミサキは結局別れたんだとよ」

「へえ、今フリーなら俺狙ってみようかな」

大学の昼休み、カナタの横でパンを頬張りながら楽し気に笑う友人の会話はカナタの耳に入って来ず、意識だけがここにないような感じがしていた。

「…」

「…なあ、カナタ」

「おい、カナタ」

「…、あっ、ごめん…なに?」

何度も名前を呼ばれてようやく反応するカナタに、友人は聞きづらそうな表情で尋ねた。

「お前さ、あの時からやっぱりおかしいぞ?」

「あの時、って…いつ?」

「お前がミサキと別れて熱で倒れてから、と大学休んだ時に外ふらついて歩いてた時だよ」

「…、そうかな」

やっぱり友人の質問にも、どこかぼんやりとしか答えず…

「ごめん、僕、次の講義は休むよ」

「え。またかよ、先週も出てなかったろ?」

急に立ちあがって帰ろうとするカナタに2人は驚いた。

「出席しても、内容頭に入らなそうだから、さ…」

そう言ってカナタは、とぼとぼ…ふらふらと講義室から出て行った。

「マジでどうしたんだアイツ…」

「ただの失恋したってだけじゃなさそうだよな…」

友人の心配も届くことは無く、カナタは大学の外へと出た。

「休むなんて言っても、結局することがあるわけじゃない」

カナタは、欠勤が続いたことと仕事中もぼんやりすることが多くなってバイトも辞めた。
両親が心配して、カナタに休学して実家に戻ってこないかと提案したが、カナタは断った。
実家に帰っても、この忘れられない夢のことが解決するとは思えなかったからだ。

「たまには、普段行かない場所にでも、行こうかな」

時刻は2時を過ぎたころ、カナタは電車に乗って隣町に向かった。
行先を決めていたわけでもないのに、なぜか行く場所が決まっているかのような足取りだった。

「僕は、どこに行こうとしているんだろう」

疑問はあったけれど、不思議と恐怖はなかった。
そこが、自分の行くべき場所だと思っていたから。
隣町の小さな無人駅で降りたカナタは、駅から出て、人通りのほとんどない商店街に足を向けた。
商店街とは言っても、ほぼほぼシャッターがおりていて、寂れ…いや、廃れていた。
その中で見つけた店の前で、カナタは足を止めた。
数少ない開いている店の扉を押し開けた。
カランカランというベルの音と共に、眠っていたであろう店主がうとうとして目を覚ました。

「やあ、いらっしゃい。珍しいね、こんな若い子が来るなんて」

「こんにちは。なぜか、この店に来ようと思っていて、…変ですよね、初めて来た店なのにそんなこと思うなんて」

バツが悪そうに立ち尽くすカナタを見て、店主は微笑みを浮かべて首を横に振った。

「いや、そんなこともあるまいて。この店にはの、君みたいに初めて来るのに以前からここを知っていたというお客さんが少なからずくるものなのじゃよ」

カナタは、不思議と店主がそう答えることもわかっていたような表情で頷いた。
カーペットや壺と言った、異国情緒溢れる商品が並べられている店内。
そのどれにも目がくれることなく、カナタは店主の側に寄った。
店主はにこやかに、椅子を差し出して並んで座った。

「この店は、不思議な引力を持っておる」

「不思議な引力?」

「そう、引力。君のように色んな人が吸い寄せられるんじゃが、同じようにこの世界に生きている人のはずなのに、まるでそれぞれが違う世界からやって来たような感覚を持っている人が来ることが多いんじゃよ」

「違う世界…それって、夢とか、おとぎ話みたいな感じですか?」

「いいや、そんなことは本人にしかわからん。けど、たしかにそれは夢の中の出来事ではなくて、はっきりと経験をしたことじゃとわしは思う」

「なぜ、そう思うんですか?だって、こうして僕は日本語を話して、日本の大学に通って生きてる」

カナタは店主の言葉を認めたくなかった。
認めてしまったら、自分が異質な存在であることを認めてしまうことになると思ったから。

「大衆から見たらたしかに君は、大勢の日本の学生のなかのひとりにしかすぎん。けれどのう、ひとりひとりにそれぞれの人生があって、ひとりひとり全く違う考えや顔、生き方をしておる。全員が『異』なる存在じゃ。その中で君はちょっとだけ他の人よりも特別な経験をした。それだけの話じゃよ」

すべてを包み込んでくれるような店主の言葉に、カナタは震え、泣きそうになった。
自分が見て、忘れられなかった夢を知りたいのに知ってはいけないと抑えていた。
現実にあり得るはずがない、ただの妄言だと思われる、そんな自分の見ていたものを認めていいと思えたから。

「わしの想像に間違いがなければ君は、この本を探しに来たのじゃろう?」

店主は店の本棚から一冊の古びた本を持ってきた。

『INCANTATION TO DEFORMITY』とタイトルが書かれた本を受け取ったカナタに、今までで一番大きな頭痛が起こった。

「う!…ぐっ!…つ…」

頭痛で苦しむカナタに、店主は何も言わず、ただ黙っていた。
カナタもそれを望んでいた。
止められたり、心配されたくなかった。
向き合わなければならない真実が、この本の中にあると思ったから、絶対に見届けたいと思った。
そうすれば、ずっと靄がかかったようなここ数か月の苦しみや忘れられないのに思い出せない夢のことを知って、自分の納得のいく結果を知れると思ったから。
カナタは、頭の痛みに抗って本の表紙を開いた。
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