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理想の婚約

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脇役の公爵令嬢ベアトリーチェ・グレンヴィルは、物静かで優しいが、いざというときは素晴らしい行動力を見せる女性だった。

ヒロインのエリザベスが、心から安心できる唯一の人物だ。
彼女が登場すると、エリザベスと読者に安らぎの時間をいつも提供してくれた。

ベアトリーチェもエリザベスを大事に思っており、二人は心が通じ合っていた。

だからか…エリザベスの事情は知らないものの、辛そうな彼女を見て、酷い目にあっているとベアトリーチェはすぐに気がついた。

それからベアトリーチェは、自分に出来る最大限でエリザベスを守っていた。

少しでも安心して過ごせる様にグレンヴィル公爵邸へ避難させたり、シリルの巻き込み事故からさりげなく助けたり、彼女へ悪意を向けてくる者がいたら間に入ったりと…エリザベスを支えていた。
本来、ヒーローがやらなければいけない事を、脇役のベアトリーチェがやっていたのだ。

…だが、いつも自分を心から心配してくれる尊い存在を、エリザベスは絶対に巻き込みたくなかった。

ベアトリーチェを強く思うがこそ、エリザベスは嫌がらせや陵辱を受けた事を決して相談しなかった。


ーーーしかし、現実は残酷である。


物語の中盤……数々の嫌がらせや陵辱を受けても、健気に耐えるエリザベスに、シリルの『ハーレム要員』の一人が痺れを切らした。

更に過激な行動に出たのは、気の強い男爵令嬢だった。
男爵令嬢は、ならず者に莫大な金を渡して、教会で奉仕活動をしているエリザベスを拐って陵辱しながら…激しい苦痛を与えながら殺害する様に依頼した。

そして……運が悪い事に、奉仕活動を手伝っていたベアトリーチェがならず者にエリザベスと勘違いされて、誘拐され、陵辱され、殺害されてしまった。

男爵令嬢はならず者にエリザベスの特徴を伝える際に、『ブロンド、碧眼、体が白く、胸が大きい、綺麗で扇情的な女』と大まかな説明しかしていなかった。

ならず者を仕事へ乗り気にするために、わざと欲情する様に言っていたからだ。
莫大な金を渡したと言って、ならず者がしっかり仕事をするとは思えない。
それを防ぐため『金をもらって、極上の女を犯せるのよ』と言い聞かせたのだった。

そちらに力を入れすぎて、本来伝えるべき情報を失念していたのだ。
だから、性欲の高まったならず者は『自分の価値観』で条件に当てはまる女性を選んでしまった訳だ。
要は、ベアトリーチェの方が好みだったのだ。

後日、ベアトリーチェの遺体は発見され、ならず者も捕まり、それから何の根回しもしていなかった男爵令嬢もならず者の証言をきっかけに捕まった。

二人とも高位貴族を殺害した罪で死刑宣告を受けたが、全く反省していなかった。
男爵令嬢は被害者の様に振る舞い続け、ならず者にいたってはエリザベスとグレンヴィル公爵一家に『良い女だったぜ』と下品に笑ったのだ。

なんて、お粗末で、残酷な事件だろう。

エリザベスたちはもちろんだが、小説の読者も怒りに震えた。

大事な親友を巻き込んでしまったと、エリザベスは酷い悲しみと後悔に襲われた。

エリザベスは思う。
自分という存在のせいで、ベアトリーチェは殺されてしまった。
ただ殺されたのではない……陵辱の果てに、四肢を切り落とされて亡くなったのだ。
そう…想像もできないくらい苦しんでなぶり殺された。

今までベアトリーチェのおかけで何とか維持できていたエリザベスの心が、ゆっくりと崩壊し始めたのだ。

自分が生きていると、自分のせいで大事な人がどんどん亡くなってしまうーーー。

後味も何もかも悪すぎる不幸から、更なる闇がエリザベスを追い詰めていた。

読者は、それでもエリザベスが幸福になると信じて読み続けたが……ベアトリーチェが亡くなってから彼女に光が差し込む事は一度もなかった。

……元を辿れば全てシリルが原因。

エリザベスが事情を説明して、婚約破棄したいとあんなに訴えたのに、シリルは『???あの女性たち?みんな良い人だよ?』と信じてくれなかったり、『ボクに構って欲しくて嘘を言っているんだね、可愛い』と斜め上に都合の良い解釈をしたりで話しにならなかった。

エリザベスの、恐怖と怒りと嫌悪で歪んだ、やつれた顔に気づかなかったのだろうか…。

いや…シリルに常識を問いたところで無意味だ。
彼は、自分に都合のいい生き方しかしてこなかった人だ…都合が悪い事なんて一つも頭に浮かばないだろう。

やはり、エリザベスとシリルの関係を断たせる事が一番の解決策だ。何にしても。


ーーーだから! 


「びーちぇ♡」

「………っ」

ひゃっ。

決意を新たにした瞬間、目の前に、可憐なまるい瞳を無防備に緩ませたエリザベス王女の可愛らしい顔のドアップが現れた。
一瞬…驚きと可愛いさで変な声が出そうになった。

か、かわいい…天使…。

エリザベス王女の是非にという手紙をもらい、今日もお城にお呼ばれしていた。

温室の休憩スペースで高級菓子とお茶を頂き、楽しくおしゃべりしていたのだが…。
エリザベス王女と兄のジェイクの会話が盛り上がっていたので、もっと親密になって欲しくて、こっそり離れて一人で温室の花壇をボーッと見詰めていた。

「どうしたのぉ?あっ!もしかして、青い薔薇が好きなの?」

「は…は、はいっ」

とろけるような絶世の美少女スマイルを食らって、推しに会えてキョドるオタクの様にどもった。

「じゃあ帰りに何株か用意させるねっ」

「え、えっ…ですが…」

確かに、綺麗だなーと思いながら見ていた。
前世の『夢叶う』という花言葉も好きだった。
だけど…青い薔薇は珍しく、手に入れるがとても困難で高値で取引される。

そんな貴重な花を、気軽にほいほい貰うわけにはいかない。

「いいの…♡ビーチェは、私の特別な女の子なんだものっ」

少女らしい甘く柔らかい声で言われ、ぎゅううっ…と抱き締められた。あっ…良い匂いが…。

「っ…で、では、一輪だけ…」

木登り強制暴力事件をきっかけにエリザベス王女と仲良くなり、何故か熱烈な好意を向けられていた。

小説でも仲が良く親友同士だったけど…こんなではなかった様な…名前も『ベアトリーチェ様』って呼んでいたし、話し方も敬語だったはずだけど…。

そして…兄と私は、王妃からの評価がかなり高くなりそれはそれは気に入られた。
王妃は、娘のピンチを冷静に紳士的に救った兄や、泣いてしまったがエリザベス王女を助けようとした私を、どちらも聡明で人間性が素晴らしいと褒めてくれた。

逆にシリルの評価は、ローレンス公爵一家ごとがた落ちで、王妃は『王家に仕える三大公爵家の一家門として自覚が足りないのではありませんか…?』と絶対零度の微笑みを浮かべながらローレンス公爵夫人に言っていた。

許しもなく王族を愛称で呼び捨てにし、タメ口で話し、嫌がっているのに危ない遊びを強制させようとして、しまいには怪我をさせたのだから、これは当然の評価だろう。

謝罪のため、すぐにローレンス公爵が飛んできて謁見を求めたが、王妃は取り合わなかったという。

王妃は、元々シリルを良く思っておらず、小説でもエリザベスとシリルの婚約に一人だけ反対していた。
大事な娘を任せられる訳ないと。

だが…ある舞踏会の夜、暗殺者からエリザベスを庇って亡くなってしまう。

案の定、この件もシリルが原因だ。
シリルが隣国の姫へ一部にささる天然タラシ発動させ、彼女も見事に『ハーレム要員』になった。
その隣国の姫が、エリザベスとシリルが婚約する可能性が高い事を聞きつけ、暗殺者を差し向けたのだ。

深い悲しみが国を包んだが、王家にとって暗殺者が差し向けられる事は珍しくない。
周りはシリルが原因とはつゆほどにも思わず、事件には通常の対応と処理が施された。

…皮肉な事に、婚約ストッパーの王妃が亡くなり、二人の婚約が決定してしまったのだ。

それを思うと、今の流れはかなり良い…!

だって、ローレンス公爵一家は、当主の公爵以外、お城への立ち入りが無期限で禁止されたのだから。
木登り強制暴力事件には、さすがの国王も眉をひそめたらしい。

だけど油断はできない。
ここは今世の私の、紛れもない現実だが…小説の過去描写シーンまんまの事が起こっている。
エリザベス王女とシリルの婚約が決まったのは彼女が十九歳の時だ。

なら…十八歳から婚約話が出るかもしれない。

しかも、私があるべき未来を変えた事で、何らかの影響が出て、小説ではなかった事が起きる可能性もある。


ーーーそう、だからっ…!!!


私は、兄とエリザベス王女を今すぐにでも婚約させたい…!!

「お、王女でん、」

「ビーチェ、めっ」

「んっ…!」

エリザベス王女を呼ぼうとすると遮られ、彼女は拗ねたように人差し指を私の唇に優しく当てた。
…何故か可愛く怒られてしまった。

「エリーって呼んでと何回も言ってるのに…」

それかー。

「え、や、あのっ…不敬になりますので」

「昨日ね、お母様に聞いてみたら、私が『良い』って言えば不敬にならないって言ってたの♡」

そ、そうかな…?あれ…王妃、甘すぎない…?

「ねっ?ビーチェ、おねがいっ」

「……わ、わかりました…」

王妃公認ともなれば、断り続ける方が不敬だ。
しかも、トドメの『お願い』が可愛すぎてもう無理だった。
尊い、しゅき、推せる。

「えっと、エリー様…きゃっ」

「はぁい♡」

またしても、ぎゅううっ…と抱き締められてしまった。

幸せいっぱいという様子でエリザベス王女はニコニコしている。
小説で不幸ばかりの彼女を見てきた私は、その様子にギュッと胸を締め付けられた。

………エリザベス王女が幸せそうなら、いいか。

そう感慨深く思っていると、兄が落ち着いた笑みを浮かべてこちらに近づいてきた。

「エリー様は、本当にビーチェの事が大好きなのですね」

「うんっ!あっ…あ、あのねっ…ジェイクの事もビーチェと同じくらい大好きだよっ!」

「ふふっ、ありがとうございます。俺もエリー様が大好きですよ」


ーーー!!!こ、これはっ…!!!


エリザベス王女が頬をピンクに染めながら、それでもしっかり兄の目を見て言うと、兄も嬉しそうに優しい好意を返した。

このチャンスを逃す訳にはいかないっ…!

「では、あのっ…エリーさまぁ…」

失礼だとは思いつつ、精一杯甘えた声を出して、エリザベス王女の片手を両手で控え目に握った。

「えっ…まあっ♡なぁに?」

「びーちぇの、お姉様になってぇ」

「っ…!!」

わざと舌足らずに、年下女児の特権とも言える『甘える』攻撃を、自分が持つ全ての可愛いさを寄せ集めて頑張った。

「…こらっ、ビーチェ」

「ジェ、ジェイク、す、少し待って…?」

すかさず、しっかり者の兄から注意の言葉が飛んできたが、それをエリザベス王女が止めた。
良かった…とりあえず話を聞いてくれるみたい…!

「びーちぇ…エリー様とお兄様と、ずっと一緒にいたいのっ、お二人がだいしゅきなのっ♡」

内心冷や汗をかきながら、ハートマーク増し増しな気分で、そう言い切った。

「ひゃ…ビーチェ…♡」

「!……っ……っ………」

うるうるしながら上目遣いで二人を見詰めると、エリザベス王女は頬を紅潮させて表情をとろけさせ、兄もあからさまではないものの…頬を染めて目尻をゆるめていた。

えっ…なに、その、メロメロな感じは…?

…正直、予想以上…というか予想外の反応で戸惑っているが、都合が良いので良しとしよう。
二人は両サイドから私を抱き締めると、頭の上から囁く様な声が聞こえた。

「………あ、あのねっ………ジェ、ジェイク…いーい?」

「…はい。そうなれたら、大変嬉しゅうございます」

「ありがとう…私も嬉しいっ」

婚約という言葉を出さずに通じ合う二人……やっぱり、かなり相性がいい…!

「ビーチェ、ジェイク、私…今日お父様とお母様にお願いしてみるわ。本気でジェイクと婚約したいって…」

「はい、俺も両親に話しておきます。…誤解しないで頂きたいのですが、ビーチェのお願いが背を押したというだけで、俺はエリー様をお慕いし、心から婚約出来たらと思っております」

「っ!うんっ…私もそうだよ…♡」

兄が…クーデレの男前だ…凄い、細かい配慮が大人だ…本当に十一歳…?

「エリーさまっ、お兄さまっ、だいすきっ!」
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