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チュートリアル
第十二話
しおりを挟むまだ日も落ちていないのに、換金所の前にはモンスター狩りから帰ってきた冒険者であふれかえっていた。
「フカミ、集めた魔石袋をちょうだい」
「あ、うん」
言われて、魔石を入れていた袋をマルメロに渡してしまう。
手渡してから気づいた。
これって、このまま彼女に取り分を丸ごと奪われる可能性もあるんじゃ……?
はは、そうなったら、俺は今度こそおしまいかもしれない。
袋を受け取ったマルメロはじぃっと俺の顔を見つめていた。
「な、なに?」
「いやべつに? じゃあ、行ってくるね」
なんだろう。
はっ、まさか。心の中で考えていたのかもしれない。
このまま武器を持ち逃げして、取り分も全部自分のものにしてしまえば、明日からまともに稼げる冒険者になれるかもしれない、と。
「……」
よく考えたら、マルメロは武器があれば戦える冒険者だった。
俺なんかがいなくても、これからはモンスターを狩って生計を立てることができるだろう。
換金所に向かう彼女の背中を、俺が止める権利などあるだろうか?
いや、ない。
俺に、彼女と同じだけの報酬をもらう権利なんてあるだろうか?
いや、ない……。
スライムとの戦いを見守ることしかできなかったのと同じように、俺にできるのは彼女が戻ってくるのを祈ることだけだろう。
『お人よしもたいがいにした方がよろしいですよ。冒険者なんてのはごろつきや盗人の集まりみたいなものなんですから、安易に他人を信じてたらろくな目に会いません』
エマの言っていたセリフの重さが、今になってわかってきた。
お人よしが馬鹿を見るのは、きっとどこの世界でも変わらないのだろう。
「終わった……」
今更後悔してももう遅い……。
なんだかざまぁ系異世界ものみたいなセリフが予期せず飛び出したけど、これだと俺はざまぁする側じゃなくてされる側だな。
〇
マルメロは13の時に冒険者だった父を病で亡くし、天涯孤独の身となった。
以来、形見だった大剣だけを持って身一つで村を飛び出した。
発育が悪く、ちびで非力なせいで周囲からはよく舐められたけど、ウォーリアーのジョブ特性のおかげで武器を振り回すのだけは得意だった。
モンスターを狩って自分の力だけでお金を稼ぐ術を覚えるのに時間はかからなかった。
これこそが自分の天職だと疑わなかった。
でも――きまぐれに組んだ相手が最低のクズだったせいで、何もかも失ってしまった。
そのクズと知り合ったのはたしか一月前――居酒屋で気前よくごはんをおごってくれた時だ。
そのときはなんていいやつなんだと、マルメロは素直に喜んでいた。
武器の扱いがうまい。ほれぼれする戦いだった。今思えば調子のいいことばかり言ってた。
でも当時のマルメロは気分が良くなって、彼の提案を快く受け入れてしまった。
「武器の扱いはたいしたもんだが、その小さな体じゃ荷物を多くは持てないだろ? 俺が魔石を余さず拾ってやるよ」
たしかそんな感じのことを言って彼は、マルメロの代わりに荷物持ちを買って出てくれた。
パーティを組んだことはなかったけど、ものは試しとその提案を受け入れたのだ。
それが間違いのはじまりだった。
倒した敵のドロップを品を気にせず戦うのはやりやすかった。
でも、毎回どうしても倒したモンスターに対して手に入る魔石の量が合わない。
そりゃ戦いに熱中してたら、倒した数なんていちいち気にしてられないけど……計算ができないほどバカじゃない。
男に問いただしても、
「俺を盗人扱いかよ! ふざけやがって!」
自分を悪者扱いするなの一点張り。お前が数え間違えたんだろうなどと逆切れをする始末だ。
しまいには被害者面して酒場に訴えるなどと脅してきた。
だから、思わず手が出てしまった。
ケガを負わせてしまった。
大したケガじゃない。精々全治一週間程度だ。
それでも、冒険者としてのルールに反したことになった。
結果、冒険者カードのはく奪を天秤にかけ、彼の治療医や慰謝料などを払うはめになった。
長年使っていた武器も金のために手放さざる得なかった。
武器は村から持ち出した唯一の所持品で、生活の要だった。
それを取り戻すための金の稼ぎ方を、マルメロは知らなかった。
たったそれだけのことで、彼女の冒険者人生はその芽を枯らすことになったのだった。
「全部スライムの魔石で、数は18個ですね。36ゴールドになります」
だから、それを聞いたときは正直驚いた。
大金だったのもあるけど、計算通りだったのが何よりも意外だったのだ。
3時間ほどで9匹のスライムを狩ったことになる。
いや、手に入れた魔石は18匹分なのだが、あの男――フカミのジョブの特性のおかげで、スライムを倒したときに得られる魔石が二倍になっているらしい。
律儀に余剰分の魔石もすべて渡してきたようだ。
「まいどありがとうございます。次回もお願いしますね」
お金を受け取り、換金所を後にした。
「普通なら何個かちょろまかしててもおかしくないんだけど……」
だが袋の中には想定した数の魔石が入っていた。つまりあのおっさんは自分の懐に一切魔石を入れずにそのまますべて渡したということになる。
度し難いほどのお人よしだ。
「あるいはただの世間知らずかな?」
このまま持ち逃げしてやろうという気分には、なぜかならなかった。
どう利用してやろうかと思慮深く考えていたはずなのに、自分でも少し驚く。
おじさんのもとに戻ると、彼はマルメロを見て子供のように目を輝かせた。
「ほら、全部で36ゴールドだって。半分の18でいいよね?」
「あ、ありがとう。助かった……」
ほっとしたような顔しているところを見ると、やはり不安で仕方がなかったのだろう。
「ねえねえ」
だからってなんで自分がそんな気分になったのかは謎だ。
というより、あの酒場を出たあたりからなにかおかしいのだ。
おっさんを見ていると、今は亡き父にかつて向けていたような、親しみのようなものを抱いてしまう。
「このあとご飯でも食べに行こうよ。無事大金が手に入った成功祝いだよ」
いつもなら人と話しているだけでイライラするのに、おっさんが相手だとそんなことにならないのだ。
今朝まで自分以外の冒険者なんてくそだと思ってたのに。
「い、いいのか?」
「あ、もちろんあたしは一度宿を取ってくるよ。いい加減お風呂に入りたかったし、服も着替えたいしね」
「じゃあ荷物を置いて待ち合わせでもするか。場所はどうするんだ?」
そんな感じで、彼と晩飯を食べに行くことになった。
冒険者と一緒にご飯だって? ほんと、どうかしている。
まるで魔法にでもかかってしまったようだ。
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