【完結】死神探偵 紅の事件 ~シリアルキラーと探偵遊戯~

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第一幕 四 「まさか実在するとは…」

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     四

 室内に出来た探偵の輪。霧崎がその場を取り仕切り始める。さすが名探偵の名声を持つだけあって、他の探偵も一目置いているのだろう。腹の探り合いというよりは、打ち解けた雰囲気になっている。
「そうだ。紹介が遅れたな。そちらの横山琉衣嬢とは話をしていたんだろ?だったら、後は彼だけだな。彼は榊原瑛介だ。お前ほどではないが、今売り出し中の若手探偵だ。かなり頭は切れるようだからな、俺もお前も油断しないほうがいいぞ。」
「どうも。榊原です。」
 素っ気ない榊原の挨拶。先程、霧崎を前にしていた時とは大違いだ。霧崎名探偵ほどの評価をヒョウには下していないのだろう。探るような窺うような目つきだ。
「それで、榊原。彼は凍神ヒョウ。お前も名前くらいは聞いたことあるだろう?凍神の横にいるのが助手のリンちゃんだ。」
 仰々しく一礼するヒョウ。リンもヒョウに合わせて頭を下げた。
「凍神ヒョウと申します。」
「凍神ヒョウ?」
 ヒョウの名を聞いた途端、榊原の鋭利な視線が更に刺々しさを増す。刺すように射るように、まじまじとヒョウの顔を見つめる。
 ヒョウは榊原の顔を見返すと、口元に微笑を浮かべた。
「それが何か?」
「まさか、アンタが悪名高い凍神ヒョウか?死神、悪魔、不吉の使者、悲劇を招く者、最低の中の最低、最凶の中の最狂。あの凍神ヒョウか?」
「えっ、それって・・・。」
 榊原の言葉に、琉衣の顔も青くなっていく。
 二人とは対照的に、ヒョウの微笑は深くなっていた。
「ええ。それは紛れもなく私のことです。」
「まさか実在するとは・・・・。都市伝説のようなものだと思っていたんだが・・・。」
 榊原は独り言のように呟き始め、忙しなく眼鏡をクイッと上げ続ける。どうやら、それが思考中の榊原の癖のようだ。
「しかし、あくまでも噂は噂。噂というのは、尾ひれがつくものだ・・・・。第一、目の前の、この男にそれだけの悪名を轟かせる何があるんだ?」
 そこで、榊原が眼鏡から手を外した。ヒョウを真っ直ぐに見据える。
「貴方の噂はいくつか聞いています。霧崎さんの活躍同様に。ですから、貴方に実力があることは認めましょう。ですが、いえ、ですから、後学のために貴方のお話を聞かせてください。噂では真実が分かりませんから。」
「遠慮します。」
 即答。今まで浮かんでいた微笑も消失し、ヒョウの視線は榊原を捉えてさえいない。
 思いがけない却下に、榊原は口をぽかんと開けていた。眼鏡も、心なしずれている。
「まあまあ、凍神はこういう奴だが、実力は確かだ。それは俺が保証する。」
 二人の間に割って入り、とりなそうとする霧崎。単独行動を得意とする個人主義の探偵が集ったのだから、団体行動などには向くはずもない。団体行動にあまり向いていない霧崎や琉衣でさえ、人当たりの言い分、他の二人よりはマシに見える。刺々しい榊原と、冷然としたヒョウは飛びぬけて輪を囲むことに適していない。協調性などという言葉すらこの場には存在していない。
 驚愕の後、湧き上がる静かな怒りを湛えながら、声も出さずに目を見開いている榊原。思いがけない却下は、榊原の自尊心を大いに傷つけたようだ。
 それを宥めている霧崎に、おろおろしている琉衣。
「先生、疲れた。」
 緊迫感の増した室内に緊迫感の欠けたリンの声が響く。
 ヒョウはリンに微笑を向けた。
「では、座りましょうか。」
 鈴の音が元気良く肯定する。
 険悪になってしまった探偵の輪をいち早く抜け出し、ヒョウとリンは革張りのソファに腰掛ける。この部屋は来客を迎えるための応接室なのだろう。人数分以上のソファセットが配置されている。
 優雅に長い足を組むヒョウ。隣では、ちょこんと腰掛けたリンが足をぶらぶらさせている。
「そろそろ待つことにも些か飽きが来ましたね。」
 リンの鈴の音は肯定だ。
 そこでようやく応接室の奥の扉が開いた。
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