【完結】死神探偵 紅の事件 ~シリアルキラーと探偵遊戯~

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第二幕 二 「私は闇に興味があるんです」

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     二

「何でおかしいの?」
 一人だけ理解できていない琉衣に、霧崎は榊原の後を引き取って教えるように続けた。
「事件の早期解決をしたいと思って、探偵を雇う。ここまでは理解できるだろう?」
 素直に頷く琉衣。
「だが、いくら早期解決を望んでも、いくら元手があっても、一つの事件に探偵が四人も必要だと思うか?」
 首を傾げる琉衣。
「その上、かなりの額の成功報酬をちらつかせて、探偵を煽る。これは焦っているようにも見える。」
 琉衣は頷く。
「確かに焦る理由は分かる。事件などスキャンダルの一つだからな、早く解決しないと、どんな噂が流されるかは分からない。商売上、イメージダウンは避けられない。だから、焦りたいんだろう。」
 そこで、霧崎は勿体つけるように間を置いた。
「しかし、警察の方も捜査はしているだろう?なのに、何故警察に協力させて探偵に事件を解決させるのか?それに、事件が起きて一ヶ月経ってからの依頼。このタイミングで、何故?何かがあると考えた方がいいかもしれない。」
「何か?」
「そうだ。警察に協力するのが探偵だ。探偵に警察が協力するほど、この国では探偵を重宝していないし警察を軽視してもいないはずだ。まあ、吉岡孝造本人の考えは分からないが。」
 そこで、霧崎は琉衣への説明を切り上げ、榊原へと振り返った。
「お前はどう思ってる?何故、依頼が持ち込まれたか?」
 榊原はしばらく眼鏡をクイッと上げながら考え込んだ後、自信なさげに答えた。
「警察の出しつつある結論や捜査方針に、何か気に入らないところでもあったんだと思います。そこで、別の視点から事件を解決してくれる人間を探している。複数の探偵がいれば、一人くらいは別のことを言いそうだから、ですか?」
「俺も同じ意見だ。」
「ふーん。そんなことがあるんだ。」
 同意する霧崎に、感心する琉衣。
 二人に囲まれた榊原は、神経質そうに眼鏡をクイッと上げながらも、自分の主張が受け入れられたことに満足しているようだった。
 三人の議論が一段落ついたところで、リンがテーブルの上のクッキーを取りに来ていた。
 餌を取るリスのように、リンはそっとクッキーをつまむと、ヒョウの下に駆け戻る。
 三人の目は、移動するリンに向けられ、立ち止まったリンの先の人物にも注意が注がれる。
 今まで室内にいて、一言も発せずに壁にもたれていたヒョウは、リンと二人で会話に加わる様子も見せていなかった。
「凍神、お前は今回の依頼、どうする?受けるのか?」
 思い出したように霧崎が、他の二人にした質問を繰り返す。
 ヒョウは口元に微笑を浮かべた。
「せっかくここまで来たことですし、受けようと思っていますよ。行雲流水という言葉もありますし、しばらくこちらに滞在するのもいいのではないでしょうか?」
 室内は空調が行き届き、外界とは別世界のように過ごし易い。窓から注がれる強い日差しも、窓ガラスに遮られ熱を届けることすら叶わない。暑さの中では耳に付く蝉の声も、風景の一部として受け入れられるものになっていた。
 空調から溢れる涼風のような口調。白熱した先程の探偵達の議論とは、決定的に温度が違っていた。関心を寄せているわけでもなく、興味を持っているわけでもなく、ただそこにいる。
「得体の知れない男だ。」
 榊原が視線を逸らせて思わず呟く。
 構わずに霧崎は質問を続ける。
「凍神、お前はこの事件どう思う?さっきの話を聞いていたんだろう?お前の意見が聞きたい。」
 小細工のない率直な霧崎の質問に、他の二人の好奇心と期待もヒョウへと集まる。
 だが、ヒョウの返した返事は見事に全員の期待を裏切るものだった。
「どうも思いませんね。今のところ、興味がないというところです。秘書の死も、事件の裏側も。」
 大袈裟に肩を竦めて見せるヒョウ。飽き飽きした表情は、今の言葉に嘘がないことを明確に物語っている。
「お前という奴は・・・。」
 ヒョウの言葉に呆れながらも、霧崎は笑っている。
 琉衣は呆れる以前に、驚いていた。
 だが、榊原は、ヒョウの発言に銀フレームの奥の視線を鋭くさせた。
「だったら、アンタは何故ここにいるんだよ。」
 食って掛かるわけではなく、あくまでも独り言のような口調で吐き捨てる。
「何故とは?呼ばれたからではいけませんか?」
 ヒョウの微笑は深くなり、いつの間にか笑みに変わっている。
 榊原は、鋭くした視線でヒョウの笑みを射抜くと、声に苛立ちを混じらせた。
「霧崎さんのような目的があるわけでもない。かといって、金目当てでもない。その上、事件に興味もない。だったら、ここにいる意味がないだろう?」
「では、貴方は何故ここに?乗り気ではないのでしょう?」
 苛立ちの混じる榊原の声音とは違い、ヒョウの声は涼しげで余裕すら感じさせる。
 榊原は舌打ちをすると黙り込んでしまった。
 しかし、ヒョウは黙り込んだ榊原に構うことなく続ける。まるで、今が好機と追い込んでいくかのように。嘲るような口調に、見下すような視線。口元には笑み。
「名探偵殿を尊敬されているのならば、真実や正義といったものがお好みですか?崇高な知的探究心が貴方の原動力というわけですか。」
 挑発だと分かってはいるだろうが、榊原の視線に怒りが混じる。
「素直な方だ。神聖な理想とやらをお持ちなのでしょうね。信念などというべきですか?」
 反対にヒョウの視線には、狂気の色が混じっていく。嬉々として生き生きとした口調は、更に温度を下げていく。
「くっくっくっ、特別にお教えすることにしましょう。私がここにいる理由。私が探偵をしている理由を。私は闇に興味があるんです。事件には潜んでいるものなのですよ、心の闇が。私の目的は、それだけです。」
「くだらない。」
 一言、榊原は吐き捨てる。だが、それは虚勢を張っているようにも見えた。
 ヒョウのサファイアの瞳の底の知れない恐怖。混沌とした深淵。
 凍りついたように静まり返った室内で、いつの間にかリンがクッキーの前に座り、クッキーを口いっぱいに頬張っていた。
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